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第12話 夜伽 (2)

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 無駄に広い部屋だった。
 緻密な模様を描く青タイルの床を、輝くシャンデリアがキラキラ照らしている。女貴族の部屋みたいな白基調の家具や調度品に、目がちかちかする。中央に長椅子やテーブルがあり、左奥に豪奢なベッドがある。

 白いクッションを置く長椅子の前、サイルが佇んでいた。

 初めて至近距離でサイルを見た。
 すらりと伸びた長身痩躯で、一般的には決して小柄というわけではないが、剣闘士アルキバと比べれば体格差は歴然だ。

 最も目を引くのは水晶のような輝く金髪。
 その金髪に合わせたような、金糸のナイトガウンを着ている。前合わせの柔らかな衣を腰紐で結んだ、貴族に流行している寝巻きだ。

 サイルは覆面の上の青い瞳を見開き、アルキバを凝視して固まっていた。

 まるで怯えたようなその所作に、アルキバは面食らう。

(呼び出しておいて、なんだそれは)

 なぜ怯えてるんだ?と考え、それが典型的な「信奉者ファン」の態度だと思い至った。

 己の信奉者からそのような態度をとられることは、珍しいことではなかった。
 信奉者、特に女の信奉者には二種類いる。
 一つは試合終了後、闘技場の外で待ち構えてはアルキバを宿に連れ込み、獣のように股間にしゃぶりついてくる女。
 そしてもう一つは、目が合っただけで硬直し、あるいは泣き出し、下手したら失神する女。

 アルキバを指名してくるということは、ようするにアルキバの信奉者だ。こいつは後者の信奉者か。

 そう理解した途端、アルキバの内に嗜虐的な気持ちが芽生えた。
 すぐにでもぶん殴ろうかと思っていたが、もうちょっとじわじわ虐めたくなった。

 とりあえず少し、男娼のふりをしてみるか?

 サイルが覆面の下から掠れた声を出す。

「よく……来てくれた」


 アルキバは微笑を浮かべると、進み出てサイルの足元にかしずいた。
 その女のように白く細い手を取り、口付けをした。

「っ……!」

 サイルはびくっと肩を揺らした。アルキバはおかしくてしかたない。こいつは虐めがいがありそうだ。おもてを上げてサイルを見つめた。

「閨にお招きいただき光栄です、サイル様」

 サイルは恐れるように、アルキバの手を振りほどき、後ずさりした。

「そ、そうか」

 アルキバは笑みをたたえながら立ち上がり、羽織っていた灰色のローブを脱いで長椅子にぽんと掛けた。

「長い装束をお召しと聞いていましたが、今宵は随分と、無防備な寝巻姿ですね。いったい、なぜ?」

 サイルはうろたえた。急に隠すように両腕を前でクロスさせた。

「き、着替え忘れてしまった、そなたが来たと言われて、頭が真っ白になってしまった」

「着替え忘れた?単に相手が私だから、肌を晒したくなったのではないですか?」

 サイルは自分を抱く格好のまま、答えに窮しうつむいた。
 その眉は下げられ、恥じ入るように目を潤ませている。

 アルキバは苦笑する。
 なんだ、なんだ、このかわいげは。想像していた「人形のような気味の悪い男」とは大分違うじゃないか。

 ついほだされて、救いの手を差し伸べてしまう。

「いじめてるわけじゃない、私は嬉しいですよ」

 サイルは、はっと顔を上げた。
 その目がぱちぱちと瞬かれる。濡れた瞳でじっとアルキバを見つめた。
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