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第9話 興行師の椅子 (2)
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アルキバは侮蔑を込めた瞳でバルヌーイを見下ろす。
「貴様はいつから売春宿の旦那になったんだ、バルヌーイ?」
「呼び捨てにすんな、親方って呼べ。投資主がアレなんだから仕方ないだろ。アレだけど金払いはいいんだ。最近、飯がうまくなったと思わんか?老朽化した施設の建て替えだって検討中だ。このご時世にあんな金払いのいい投資主は滅多に見つかるもんじゃない。……新人の代わりはいくらでもいるけどな」
「腐りやがって!かつての名剣闘士が聞いて呆れる!」
バルヌーイの現役時代は、今のアルキバを彷彿とさせるような非常に強い剣闘士だった。攻守のバランスの取れた勇猛な戦いぶりは、今も古くからの闘技会マニア達の間では語り継がれている。
「おめーもいっぺんこの椅子座ってみろって。違う景色が見えてくるからよ」
悪びれない様子にアルキバはいきり立った。思い切り机をどんと叩く。
「ふざけるな!お前みたいなクズにだけは成り下がりたくない!新人に売春なんてさせやがって!」
「運営するってのはそういうことだ、興行師は俺だぞ!」
「札束積まれて剣闘士の魂売り飛ばすような男に、剣闘士団を率いる資格なんてあるか!」
アルキバの剣幕に、バルヌーイはイライラとタバコを灰皿に押し付けた。
「言っておくがな、サイルは最初にお前を指名してきたんだぞ!」
突然の暴露に、アルキバは面食らう。バルヌーイは続けてまくしたてた。
「それだけは勘弁してくれと俺が断ってやったんだ!アルキバは絶対に無理だから諦めてくれって。今日だってサイルの護衛がアルキバを夜伽に寄越せってうるさいのなんの!もちろん断ってやったさ!お前のために新人で我慢してもらってんだ!」
アルキバは黙した。内部で何かが激しく沸騰を始めた。義憤が、より直接的で原始的な感情に変化する。
恥辱、屈辱、憤怒。
(この俺に……伽をしろだと……?)
(俺の身代わりに新人を差し出していた……?)
名状しがたい激烈な怒りがぐつぐつと身のうちに沸き立ってくる。
アルキバの沈黙に、バルヌーイは「しまった」という顔をした。手で己の額を抑える。
やべえ、言っちまった、失敗した。……とでも言いそうなその顔。
今すぐ殴打してやりたい衝動を懸命に抑えた。低い声で、アルキバは尋ねる。
「今夜、サイルが男娼用の剣闘士を要求してるんだったな」
「ま、まあ、そうだが。いいよ、あれは、今日は適当に断る」
「グリンダス通りと言ったな」
「ちょっと待てお前、何考えてる」
アルキバは質問に答えず、踵を返した。バルヌーイは慌てて席を立って、出て行こうとするアルキバの前に立ちはだかった。
「待てって落ち着けよ!行ってどうする!」
「俺を呼んでるんだろ奴は?だから俺が行ってやるんだよ」
「で掘られて来るってか?んなわきゃねーよな。頼むから頭冷やせって!サイルは素性を隠してるが、おそらく相当 に位が高い貴族だ」
「だからどうした」
「いくらお前でも法には勝てねえだろ!奴隷が私情で貴族に手ぇ出したら即処刑だ!一発ぶん殴っただけでもな!サイルをぶちのめしたらお前は斬首刑だ!」
アルキバはバルヌーイを睨め付けた。暗く研ぎ澄まされた目で。
「どけよ。法なんて知ったことか」
バルヌーイは顔をしかめると、説得しても無駄だと悟った様子でクソッと呟く。
「ああもう馬鹿野郎が!どうなっても知らねえからな!」
吐き捨てるバルヌーイを乱暴に押しのけ、アルキバは無言で事務室を後にした。
◇ ◇ ◇
「貴様はいつから売春宿の旦那になったんだ、バルヌーイ?」
「呼び捨てにすんな、親方って呼べ。投資主がアレなんだから仕方ないだろ。アレだけど金払いはいいんだ。最近、飯がうまくなったと思わんか?老朽化した施設の建て替えだって検討中だ。このご時世にあんな金払いのいい投資主は滅多に見つかるもんじゃない。……新人の代わりはいくらでもいるけどな」
「腐りやがって!かつての名剣闘士が聞いて呆れる!」
バルヌーイの現役時代は、今のアルキバを彷彿とさせるような非常に強い剣闘士だった。攻守のバランスの取れた勇猛な戦いぶりは、今も古くからの闘技会マニア達の間では語り継がれている。
「おめーもいっぺんこの椅子座ってみろって。違う景色が見えてくるからよ」
悪びれない様子にアルキバはいきり立った。思い切り机をどんと叩く。
「ふざけるな!お前みたいなクズにだけは成り下がりたくない!新人に売春なんてさせやがって!」
「運営するってのはそういうことだ、興行師は俺だぞ!」
「札束積まれて剣闘士の魂売り飛ばすような男に、剣闘士団を率いる資格なんてあるか!」
アルキバの剣幕に、バルヌーイはイライラとタバコを灰皿に押し付けた。
「言っておくがな、サイルは最初にお前を指名してきたんだぞ!」
突然の暴露に、アルキバは面食らう。バルヌーイは続けてまくしたてた。
「それだけは勘弁してくれと俺が断ってやったんだ!アルキバは絶対に無理だから諦めてくれって。今日だってサイルの護衛がアルキバを夜伽に寄越せってうるさいのなんの!もちろん断ってやったさ!お前のために新人で我慢してもらってんだ!」
アルキバは黙した。内部で何かが激しく沸騰を始めた。義憤が、より直接的で原始的な感情に変化する。
恥辱、屈辱、憤怒。
(この俺に……伽をしろだと……?)
(俺の身代わりに新人を差し出していた……?)
名状しがたい激烈な怒りがぐつぐつと身のうちに沸き立ってくる。
アルキバの沈黙に、バルヌーイは「しまった」という顔をした。手で己の額を抑える。
やべえ、言っちまった、失敗した。……とでも言いそうなその顔。
今すぐ殴打してやりたい衝動を懸命に抑えた。低い声で、アルキバは尋ねる。
「今夜、サイルが男娼用の剣闘士を要求してるんだったな」
「ま、まあ、そうだが。いいよ、あれは、今日は適当に断る」
「グリンダス通りと言ったな」
「ちょっと待てお前、何考えてる」
アルキバは質問に答えず、踵を返した。バルヌーイは慌てて席を立って、出て行こうとするアルキバの前に立ちはだかった。
「待てって落ち着けよ!行ってどうする!」
「俺を呼んでるんだろ奴は?だから俺が行ってやるんだよ」
「で掘られて来るってか?んなわきゃねーよな。頼むから頭冷やせって!サイルは素性を隠してるが、おそらく相当 に位が高い貴族だ」
「だからどうした」
「いくらお前でも法には勝てねえだろ!奴隷が私情で貴族に手ぇ出したら即処刑だ!一発ぶん殴っただけでもな!サイルをぶちのめしたらお前は斬首刑だ!」
アルキバはバルヌーイを睨め付けた。暗く研ぎ澄まされた目で。
「どけよ。法なんて知ったことか」
バルヌーイは顔をしかめると、説得しても無駄だと悟った様子でクソッと呟く。
「ああもう馬鹿野郎が!どうなっても知らねえからな!」
吐き捨てるバルヌーイを乱暴に押しのけ、アルキバは無言で事務室を後にした。
◇ ◇ ◇
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