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第6話 矛盾と誇り (1)
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試合を終えたアルキバは、薄暗い控え室を通り抜け、詰め所に戻った。
大勢の筋骨逞しい男達が、剣闘士団の養成所に戻る支度をしていた。
アルキバは仲間の一人のねぎらいを受けた。
「お疲れさま。強敵だったのに危なげないな」
そう声をかけた仲間は、ルシスという名の剣闘士である。
この剣闘士団では、アルキバに次ぐ二番人気を誇っていた。強いのも勿論だが、その「貴族風」の容姿が特に女性ファンから熱狂的支持を受けていた。
白い肌に青灰色の瞳、ゆるやかに波打つ亜麻色の髪を背中まで垂らした美人剣闘士だ。
「あんな筋肉豚、俺の敵じゃないっての」
手ぬぐいで返り血を拭いながらアルキバは答える。
「謙遜だな。ガルドは武闘派好みの評価急上昇中の優良株だ。今期は今日、お前に当たるまで負け無しだった」
「へーえ」
生返事をしながら、アルキバはちらと詰め所の片隅に設けられた遺体置き場に視線を走らせた。
そこに横たわるのは、今日の試合で死んだ剣闘士の遺体だ。
あと三十分もすれば荷台に乗せられ馬車に詰め込まれ、共同墓地へと運ばれて行くだろう。そして共同墓地の大穴にゴミのごとく投げ込まれる。
どんなに死闘をくぐり抜けても、いつ何時自分がその遺体置き場に横たえられるか分からない。全ての剣闘士にとって、明日は我が身の末路だった。
既にベテランの一級剣闘士であるアルキバやルシスにとっては見慣れてしまったものでもある。
だがアルキバの表情がいつになく暗く曇っていた。ルシスが怪訝そうに尋ねた。
「どうかしたか」
「死んじまったなと思って。コルベル君」
「コルベル?目をかけていた後輩がいたのか」
「いや、今朝たまたま会ってね、ちょっと話したんだよ」
アルキバはコルベルの試合を見ていた。
新人同士の試合。大舞台と殺戮の恐怖に堪え兼ねて逃げ出す者も少なくない。敵前逃亡を図った者は必ず処刑される。係員達に両腕両足を押さえつけられ、金槌でその頭をかち割られるのだ。
死んだコルベルは少なくとも、泣いて逃げ出す事はなかった。まっすぐ相手にぶつかっていった。
だが、コルベルが散った。
農奴という地獄から逃げたと思ったら、剣闘士もまた地獄だったということだ。
地獄から地獄に渡り歩くことしかできない。それが奴隷の宿命だ。
今アルキバがこの場にいるのは、何人もの剣闘士を共同墓地送りにしてきたからだ。
試合相手の夢も希望も打ち砕き、その屍の上に今の自分がいる。
アルキバは試合中、できるだけ殺さないように気をつけているが、真剣試合だから気遣いにも限界がある。いままでに殺した数が両手の指で足りないのはもちろんだ。
アルキバは普段なるべく考えないようにしている。剣闘士として生きるということについて。この理不尽な生について。
だが目を逸らそうとしても、常に頭の片隅について回る鬱屈、やるせなさ。
同じ剣闘士仲間を、自由民の娯楽のために殺す日々。
殺せば殺すほど祭り上げられて、いつの間にか英雄になっていた。
一方で矛盾かもしれないが、アルキバは、剣闘士であることに誇りも持っていた。
血のにじむ鍛錬を経て、己の肉体と精神を磨き上げ、大舞台で勝ち進むこと。それは並大抵の人間にできることではない。
――なあ自由民共よ、お前らはこの舞台に立つことができるのか?死と隣り合わせの極限の状態で、鍛錬に鍛錬を重ねて生き抜くことができるのか?
剣闘士が賞賛されるのは当然のことだ、とアルキバは思う。
弱い人間が強い人間に憧れる、それは自然の摂理だ。
剣闘士は本来、全ての人間の頂点に位置する存在だ。
王者たるべき存在だ。
なのに奴隷なのだ。この現実は永遠に変わることはない。
大勢の筋骨逞しい男達が、剣闘士団の養成所に戻る支度をしていた。
アルキバは仲間の一人のねぎらいを受けた。
「お疲れさま。強敵だったのに危なげないな」
そう声をかけた仲間は、ルシスという名の剣闘士である。
この剣闘士団では、アルキバに次ぐ二番人気を誇っていた。強いのも勿論だが、その「貴族風」の容姿が特に女性ファンから熱狂的支持を受けていた。
白い肌に青灰色の瞳、ゆるやかに波打つ亜麻色の髪を背中まで垂らした美人剣闘士だ。
「あんな筋肉豚、俺の敵じゃないっての」
手ぬぐいで返り血を拭いながらアルキバは答える。
「謙遜だな。ガルドは武闘派好みの評価急上昇中の優良株だ。今期は今日、お前に当たるまで負け無しだった」
「へーえ」
生返事をしながら、アルキバはちらと詰め所の片隅に設けられた遺体置き場に視線を走らせた。
そこに横たわるのは、今日の試合で死んだ剣闘士の遺体だ。
あと三十分もすれば荷台に乗せられ馬車に詰め込まれ、共同墓地へと運ばれて行くだろう。そして共同墓地の大穴にゴミのごとく投げ込まれる。
どんなに死闘をくぐり抜けても、いつ何時自分がその遺体置き場に横たえられるか分からない。全ての剣闘士にとって、明日は我が身の末路だった。
既にベテランの一級剣闘士であるアルキバやルシスにとっては見慣れてしまったものでもある。
だがアルキバの表情がいつになく暗く曇っていた。ルシスが怪訝そうに尋ねた。
「どうかしたか」
「死んじまったなと思って。コルベル君」
「コルベル?目をかけていた後輩がいたのか」
「いや、今朝たまたま会ってね、ちょっと話したんだよ」
アルキバはコルベルの試合を見ていた。
新人同士の試合。大舞台と殺戮の恐怖に堪え兼ねて逃げ出す者も少なくない。敵前逃亡を図った者は必ず処刑される。係員達に両腕両足を押さえつけられ、金槌でその頭をかち割られるのだ。
死んだコルベルは少なくとも、泣いて逃げ出す事はなかった。まっすぐ相手にぶつかっていった。
だが、コルベルが散った。
農奴という地獄から逃げたと思ったら、剣闘士もまた地獄だったということだ。
地獄から地獄に渡り歩くことしかできない。それが奴隷の宿命だ。
今アルキバがこの場にいるのは、何人もの剣闘士を共同墓地送りにしてきたからだ。
試合相手の夢も希望も打ち砕き、その屍の上に今の自分がいる。
アルキバは試合中、できるだけ殺さないように気をつけているが、真剣試合だから気遣いにも限界がある。いままでに殺した数が両手の指で足りないのはもちろんだ。
アルキバは普段なるべく考えないようにしている。剣闘士として生きるということについて。この理不尽な生について。
だが目を逸らそうとしても、常に頭の片隅について回る鬱屈、やるせなさ。
同じ剣闘士仲間を、自由民の娯楽のために殺す日々。
殺せば殺すほど祭り上げられて、いつの間にか英雄になっていた。
一方で矛盾かもしれないが、アルキバは、剣闘士であることに誇りも持っていた。
血のにじむ鍛錬を経て、己の肉体と精神を磨き上げ、大舞台で勝ち進むこと。それは並大抵の人間にできることではない。
――なあ自由民共よ、お前らはこの舞台に立つことができるのか?死と隣り合わせの極限の状態で、鍛錬に鍛錬を重ねて生き抜くことができるのか?
剣闘士が賞賛されるのは当然のことだ、とアルキバは思う。
弱い人間が強い人間に憧れる、それは自然の摂理だ。
剣闘士は本来、全ての人間の頂点に位置する存在だ。
王者たるべき存在だ。
なのに奴隷なのだ。この現実は永遠に変わることはない。
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