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第3話 秘め事、その後

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 まどろみの中、誰かの声が聞こえる。

「……様、サイル様……。殿下、リチェル殿下!」

 はっ、とリチェルは目を覚ました。
 覆面を付けたまま、白装束姿で褥に横たわる自分に気づく。
 リチェルは上半身を起こし、ベッドの脇に立つ長身の男を見上げる。こげ茶色の髪をオールバックになでつけた、実直そうな男。
 咎める口調で言う。

「ヴィルター。その名で呼ぶな、私はここでは」

「申し訳ございません、サイル様。起きて下さらないようなので。そのようなお姿ではお風邪を召しますよ」

 言われて気づく。下半身はむき出しで、精液と媚薬にまみれたままだ。


「失礼いたします」

「っ……、すまぬ」

 リチェルは褥に投げ出した足をゆるく開いた。ヴィルターが清潔な布で、リチェルの股を清めていく。
 護衛騎士に下男のようなことをさせている後ろめたさ。だがヴィルターは気にする風でもなく尋ねてくる。

「良い夢を見てらっしゃったのですか?穏やかな表情をなさってました」

「ああ、そうだな。昔の夢だ。アルキバと最初に会ったときの。まだ私が……」

 狂っていなかった頃の。
 二度と取り返せないだろうあの頃の自分。

「サイル様はどうしてアルキバ殿をご所望にならないのですか?」

 ヴィルターがさらりと際どいことを聞いてきて、心臓が跳ねた。

「しょ、所望とは」

「今日のお相手も無名の新人剣闘士ではないですか。あなたにふさわしい相手とは思えません。サイル様はアルキバの所属するバルヌーイ剣闘士団の投資主。興行師にしつこく頼み込めばアルキバとて夜伽に参らせるのでは」

「だからそれは誤解だ!以前お前が勝手にバルヌーイにそんな話をしたと聞いて肝が冷えた!私はアルキバに対してそのような感情を抱いてはいない」

「その節は申し訳ございませんでした。しかしサイル様は、本当にアルキバ殿を望んではいらっしゃらないのですか」

 核心を突く質問にリチェルは目を泳がせる。小さな声で言った。

「わ、私は女役はできぬ……」

「いかにも、女役のアルキバ殿は想像できませんが。でも、あの男に惹かれてはいらっしゃるでしょう。想像してみて下さい、もし……」

 ヴィルターはリチェルの萎えた竿を布で包み、上下させる。

「今ここにいて、このように殿下の体に触れているのが私ではなく、アルキバ殿だったら?」

 萎えたものに芯が通った。
 リチェルの顔がかっと熱くなる。
 ヴィルターは口角を上げ、リチェルにその固さを教えるように布越しにぎゅっと握った。

「くっ……」

「アルキバ殿の名を出すだけでこうなるのですね。私には一切反応なさらないのに」

 リチェルはヴィルターの頬を平手で打ちつけた。

「いい加減にしろ!私を愚弄する気か!たとえそなたとて容赦はせぬぞ!」

 ぱっとリチェルから手を離したヴィルターは、己の愚行に今気づいた、という様子でベッド脇にかしずいた。

「愚弄などとんでもありません、戯れが過ぎました。どんな処罰でも受け入れます、お望みとあらば今この場で処刑して下さい」

 処刑、と言われてリチェルはうろたえた。ヴィルターを打った右手がじんじんと痛む。

「な、何を言うのだ。処刑などできるわけない、私にはそなたしかいない、そなたを失ったら私は一人ぼっちだ!」

 その言葉を予想していたように、ヴィルターはすくと立ち上がる。
 優しく微笑みかけられて、リチェルはその胸にすがりついた。

「ヴィルター、どうか死なないでくれ。私にはお前だけだ。お前だけがそばにいてくれる、どうかいつまでもいてくれ。私をあの地下室に戻さないでくれ」

 あの地下室、と言ったとたんに忌まわしい記憶がよみがえり、リチェルは苦し気に髪をかきむしった。

「ああヴィルター、ヴィルター、助けてくれ!どうかそばに!あの地下室、あの地下室だけは……!」

「大丈夫、もちろんそばにおります。私はあなただけの騎士です」

 慣れた様子でヴィルターが、狂乱状態に陥りだしたリチェルの背中をさする。

 あの地下室は、リチェルの全てを醜く塗りつぶしてしまった。
 狂った頭、病んだ心、汚れた体。
 こんなリチェルを愛する者など、一人もいないだろう。
 リチェルはいつだって自分に問いかける。

 これほど醜い自分が、なぜまだ、生きているのかと。

◇  ◇  ◇
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