62 / 71
[番外編] 最後の仕事(15)
しおりを挟む
二人の作業は明け方まで続いた。
調合し、完成したら最も重症な患者に投与し、の繰り返し。そうして一人、また一人、と患者の薔薇の水疱は消えていった。
ちょうど夜が明ける頃、ついに全員に特効薬が行き渡った。
最後の一人に薬を飲ませ、サギトは立ち上がる。
澄んだ早朝の光の中、夜を徹して病と戦い続けた二人は無言で見つめあった。
どちらも騎士服は着崩れて、汚れて、すっかりくたびれ果てた姿だ。
ひとつの戦いを終えた二人の騎士は、しかと抱き合った。
互いを抱擁し、互いを称える。
「お疲れさん。やっぱりサギトは世界一の薬屋さんだ」
「お前こそ、いい助手だった。……いや、いい騎士団長だった。やはりお前は、人の上に立つ男だな」
自分一人ではとても成し遂げられなかったろう、とサギトは思う。この頼もしい男がそばにいてくれてよかった。弱い自分を導いてくれてよかった。
よき友だと改めて思う。
サギトは何度目かの涙を流しながら、深い呼吸と共に言葉を漏らす。
「子供の頃に夢見た光景だ……」
「そうだったんだな、これがサギトの夢だったんだな……」
グレアムの目尻にも雫が光る。グレアムはサギトの頭をなでつけ、濡れた頬に口付けをした。サギトはくすぐったそうに微笑んだ。
二人は隔離小屋から調合小屋に戻り、最後の仕事に取り掛かった。
住人全員分の特効薬の作り置きだ。万一、この集落の住人が全員感染しても皆に行き渡るように。花爛病は一度感染して治癒すれば、二度と感染することはない。住人の数だけ作ればもう安全なはずだ。
さらに数時間をかけて三百人分の特効薬を作り終え、二人は調合小屋から外に出た。
外では小さな体の住人たちが、大きな拍手で迎えてくれた。
村長が進み出て、その体を深々と折り曲げた。サギトは恐縮する。
「い、いや、もう昨日十分、感謝はいただきましたから。小屋の中にある特効薬、また発症者が出たら役立ててください」
「本当に、なんと礼を言ったら良いのか。御代もちゃんと支払いますので。一括で、とはいかないが、月々少しづつ払わせてください」
「御代……?」
とサギトは一瞬きょとんとし、ああ薬の代金のことを言っているのか、と気づいた。サギトは首を振る。
「まさか、お金なんていりません」
村長は驚いた顔をする。
「え?な、なぜですかい」
なぜ、と言われてサギトは考え、グレアムを見て答えを思いついた。
「私は今は騎士ですから。民の税で食っていて、民を守るのが仕事ですから。……だろ?騎士団長」
突然話を振られて、グレアムが吹き出した。
「おお、その通りだ新米騎士!完璧な答えだ!」
「そんな、でも……」
「いや、本当に、結構ですから」
サギトが言い、グレアムもうんうんと首を縦に振った。
「そうです、公僕は存分にこきつかってください!働かない騎士はただの税金泥棒ですから!」
一瞬の間をおいて尖り耳たちは声を立てて笑った。
「国のお偉いさんなんていけ好かないと思ってたが、あんたは面白いなグレアムさん!あんただけは好きになったよ、さすが英雄だ!」
一人からそんな風に評されグレアムは照れたように頬を指でかく。
「あ、ど、どうも」
サギトはくすりと笑う。
「相変わらず人たらしだな」
「ははは……」
調合し、完成したら最も重症な患者に投与し、の繰り返し。そうして一人、また一人、と患者の薔薇の水疱は消えていった。
ちょうど夜が明ける頃、ついに全員に特効薬が行き渡った。
最後の一人に薬を飲ませ、サギトは立ち上がる。
澄んだ早朝の光の中、夜を徹して病と戦い続けた二人は無言で見つめあった。
どちらも騎士服は着崩れて、汚れて、すっかりくたびれ果てた姿だ。
ひとつの戦いを終えた二人の騎士は、しかと抱き合った。
互いを抱擁し、互いを称える。
「お疲れさん。やっぱりサギトは世界一の薬屋さんだ」
「お前こそ、いい助手だった。……いや、いい騎士団長だった。やはりお前は、人の上に立つ男だな」
自分一人ではとても成し遂げられなかったろう、とサギトは思う。この頼もしい男がそばにいてくれてよかった。弱い自分を導いてくれてよかった。
よき友だと改めて思う。
サギトは何度目かの涙を流しながら、深い呼吸と共に言葉を漏らす。
「子供の頃に夢見た光景だ……」
「そうだったんだな、これがサギトの夢だったんだな……」
グレアムの目尻にも雫が光る。グレアムはサギトの頭をなでつけ、濡れた頬に口付けをした。サギトはくすぐったそうに微笑んだ。
二人は隔離小屋から調合小屋に戻り、最後の仕事に取り掛かった。
住人全員分の特効薬の作り置きだ。万一、この集落の住人が全員感染しても皆に行き渡るように。花爛病は一度感染して治癒すれば、二度と感染することはない。住人の数だけ作ればもう安全なはずだ。
さらに数時間をかけて三百人分の特効薬を作り終え、二人は調合小屋から外に出た。
外では小さな体の住人たちが、大きな拍手で迎えてくれた。
村長が進み出て、その体を深々と折り曲げた。サギトは恐縮する。
「い、いや、もう昨日十分、感謝はいただきましたから。小屋の中にある特効薬、また発症者が出たら役立ててください」
「本当に、なんと礼を言ったら良いのか。御代もちゃんと支払いますので。一括で、とはいかないが、月々少しづつ払わせてください」
「御代……?」
とサギトは一瞬きょとんとし、ああ薬の代金のことを言っているのか、と気づいた。サギトは首を振る。
「まさか、お金なんていりません」
村長は驚いた顔をする。
「え?な、なぜですかい」
なぜ、と言われてサギトは考え、グレアムを見て答えを思いついた。
「私は今は騎士ですから。民の税で食っていて、民を守るのが仕事ですから。……だろ?騎士団長」
突然話を振られて、グレアムが吹き出した。
「おお、その通りだ新米騎士!完璧な答えだ!」
「そんな、でも……」
「いや、本当に、結構ですから」
サギトが言い、グレアムもうんうんと首を縦に振った。
「そうです、公僕は存分にこきつかってください!働かない騎士はただの税金泥棒ですから!」
一瞬の間をおいて尖り耳たちは声を立てて笑った。
「国のお偉いさんなんていけ好かないと思ってたが、あんたは面白いなグレアムさん!あんただけは好きになったよ、さすが英雄だ!」
一人からそんな風に評されグレアムは照れたように頬を指でかく。
「あ、ど、どうも」
サギトはくすりと笑う。
「相変わらず人たらしだな」
「ははは……」
5
↓第9回BL小説大賞奨励賞いただけました
忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
お気に入りに追加
1,226
あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。


もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている
いちみやりょう
BL
彼が負傷した隊員を庇って敵から剣で斬られそうになった時、自然と体が動いた。
「ジル!!!」
俺の体から血飛沫が出るのと、隊長が俺の名前を叫んだのは同時だった。
隊長はすぐさま敵をなぎ倒して、俺の体を抱き寄せてくれた。
「ジル!」
「……隊長……お怪我は……?」
「……ない。ジルが庇ってくれたからな」
隊長は俺の傷の具合でもう助からないのだと、悟ってしまったようだ。
目を細めて俺を見て、涙を耐えるように不器用に笑った。
ーーーー
『愛してる、ジル』
前の世界の隊長の声を思い出す。
この世界の貴方は俺にそんなことを言わない。
だけど俺は、前の世界にいた時の貴方の優しさが忘れられない。
俺のことを憎んで、俺に冷たく当たっても俺は貴方を信じたい。

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる