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[番外編] 最後の仕事(13)
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グレアムに頭を撫でられ、張り詰めていた糸が切れた。
サギトの目から涙がこぼれた。泣きながら声を震わせる。
「……っかく……」
「ん?」
「せっかく、頼ってもらえたのに……!」
「……うん」
グレアムはサギトを引き寄せ、抱き締めた。
サギトはグレアムの胸にすがりつく。
「俺は救えないんだ。目の前に俺を頼る人がいるのに……。俺なんかに助けを求めてくれる人がいるのに!俺は何もできない!役立たずなんだ!」
「サギトが役立たずのわけがないだろ」
「だって薬が出来ないんだ!俺はやっぱり、何も……誰も……救えない……!」
サギトの目から沢山の涙が零れ落ちる。
頭を撫でる動作に、背中をさする動作が加わった。
その優しさに、サギトの乱れた息がだんだんと落ち着いてくる。
グレアムはサギトの無様な錯乱を、どっしりと受け止めてくれる。
「まあ、落ち着け。患者はまだ生きている。材料も揃ってる。でも何かが違うんだよな。何が違うのか、考えよう。ギリギリまで考え続けるんだ。民が生きている限り、俺たちは絶対に諦めちゃいけない。最後まで戦うのが騎士だ」
「諦めない……」
「そうだ。サギトはずっと薬を作ってきたじゃないか。たくさんの本を読んできたじゃないか。その知識と経験は伊達じゃない。サギトはきっと世界一の調合師だ。サギトに作れなかったら、他の誰にも作れないぞ」
世界一。
そんな言葉に、サギトはちょっと眉をひそめる。顔を上げてグレアムを見た。
「その言い方はちょっと……。俺は別に、ただの街の薬屋であって……。お前はいつも、大袈裟だ」
グレアムがにっと笑った。
「よし、元気出てきたな」
「うっ」
確かにもう涙は引っ込んでいた。泣いて、弱音を吐いて、無様を晒して。でもそうしたらちょっと、スッキリした。
頭が冷静さを取り戻してきた。
グレアムがポンポンとサギトの頭を優しく叩いた。
「ものすごく困ってる事に限って、答えは案外、簡単な事だったりするもんだぜ」
サギトはうつむいて思考を巡らした。泣く前よりだいぶ頭が冴えてきた。
もしかしたらグレアムの言う通りかもしれない、と思った。何か見落としている、ごく簡単な事。
落ち着いてもう一度、問題を整理してみた。
本来の特効薬の色は、紫色。
でも出来上がったのは青緑色。
この青緑は、なんの色だ。
材料は、瑠璃カビ20、ワーヴガエルの背脂2、ウィルシの実の成熟前の果汁2、グレンデルの髄液3、カズラの根3。
背脂も髄液も、カズラの根の煮出し汁も、透明だ。
だからこの色は、瑠璃カビの青色と、ウィルシの実の成熟前の果汁の緑色。
その二つを合わせた色だ。
これを紫色にするためには?
「赤……」
サギトが、あっ、と言う顔をした。目を輝かせて、グレアムの腕を掴む。
「分かったぞ、何が誤記だったのか!ウィルシの実の成熟前の果汁じゃない、成熟後の果汁だ!ウィルシの実は、成熟すると果肉が真っ赤に色づくんだ!」
グレアムが嬉しそうに目を細めた。
「そうか、分かったか」
「ああ、なんて単純な事だ、こんな下らない間違いに気づかなかったなんて自分が心底恥ずかしい!いや反省は後だ、急がなければ。使い魔達が持ってきたウィルシの青い実、成長促進魔法をかければ赤く色づくはずだ!」
サギトはりんごほどの大きさの、青い実を手に取り、術をかけた。手の中で見る間に赤くなる。固かった果肉は熟れて、ブヨブヨになった。
「よし……」
サギトは新たな鍋で、また一から、調合工程をやり直した。その過程で今度は、赤い果汁を加える。
何度も何度も作り直しをしたので、すっかり手慣れた動きになっていた。
サギトは何十回目かの最終工程を終えた鍋の前で、大きくため息をついた。
そして小さくつぶやく。
「できた……」
鍋は今度こそ、紫色の液体を湛えていた。
サギトの目から涙がこぼれた。泣きながら声を震わせる。
「……っかく……」
「ん?」
「せっかく、頼ってもらえたのに……!」
「……うん」
グレアムはサギトを引き寄せ、抱き締めた。
サギトはグレアムの胸にすがりつく。
「俺は救えないんだ。目の前に俺を頼る人がいるのに……。俺なんかに助けを求めてくれる人がいるのに!俺は何もできない!役立たずなんだ!」
「サギトが役立たずのわけがないだろ」
「だって薬が出来ないんだ!俺はやっぱり、何も……誰も……救えない……!」
サギトの目から沢山の涙が零れ落ちる。
頭を撫でる動作に、背中をさする動作が加わった。
その優しさに、サギトの乱れた息がだんだんと落ち着いてくる。
グレアムはサギトの無様な錯乱を、どっしりと受け止めてくれる。
「まあ、落ち着け。患者はまだ生きている。材料も揃ってる。でも何かが違うんだよな。何が違うのか、考えよう。ギリギリまで考え続けるんだ。民が生きている限り、俺たちは絶対に諦めちゃいけない。最後まで戦うのが騎士だ」
「諦めない……」
「そうだ。サギトはずっと薬を作ってきたじゃないか。たくさんの本を読んできたじゃないか。その知識と経験は伊達じゃない。サギトはきっと世界一の調合師だ。サギトに作れなかったら、他の誰にも作れないぞ」
世界一。
そんな言葉に、サギトはちょっと眉をひそめる。顔を上げてグレアムを見た。
「その言い方はちょっと……。俺は別に、ただの街の薬屋であって……。お前はいつも、大袈裟だ」
グレアムがにっと笑った。
「よし、元気出てきたな」
「うっ」
確かにもう涙は引っ込んでいた。泣いて、弱音を吐いて、無様を晒して。でもそうしたらちょっと、スッキリした。
頭が冷静さを取り戻してきた。
グレアムがポンポンとサギトの頭を優しく叩いた。
「ものすごく困ってる事に限って、答えは案外、簡単な事だったりするもんだぜ」
サギトはうつむいて思考を巡らした。泣く前よりだいぶ頭が冴えてきた。
もしかしたらグレアムの言う通りかもしれない、と思った。何か見落としている、ごく簡単な事。
落ち着いてもう一度、問題を整理してみた。
本来の特効薬の色は、紫色。
でも出来上がったのは青緑色。
この青緑は、なんの色だ。
材料は、瑠璃カビ20、ワーヴガエルの背脂2、ウィルシの実の成熟前の果汁2、グレンデルの髄液3、カズラの根3。
背脂も髄液も、カズラの根の煮出し汁も、透明だ。
だからこの色は、瑠璃カビの青色と、ウィルシの実の成熟前の果汁の緑色。
その二つを合わせた色だ。
これを紫色にするためには?
「赤……」
サギトが、あっ、と言う顔をした。目を輝かせて、グレアムの腕を掴む。
「分かったぞ、何が誤記だったのか!ウィルシの実の成熟前の果汁じゃない、成熟後の果汁だ!ウィルシの実は、成熟すると果肉が真っ赤に色づくんだ!」
グレアムが嬉しそうに目を細めた。
「そうか、分かったか」
「ああ、なんて単純な事だ、こんな下らない間違いに気づかなかったなんて自分が心底恥ずかしい!いや反省は後だ、急がなければ。使い魔達が持ってきたウィルシの青い実、成長促進魔法をかければ赤く色づくはずだ!」
サギトはりんごほどの大きさの、青い実を手に取り、術をかけた。手の中で見る間に赤くなる。固かった果肉は熟れて、ブヨブヨになった。
「よし……」
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何度も何度も作り直しをしたので、すっかり手慣れた動きになっていた。
サギトは何十回目かの最終工程を終えた鍋の前で、大きくため息をついた。
そして小さくつぶやく。
「できた……」
鍋は今度こそ、紫色の液体を湛えていた。
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