魔道暗殺者と救国の騎士

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
59 / 71

[番外編] 最後の仕事(12)

しおりを挟む
 尖り耳の集落に戻って来た。
 調合部屋に使っていいと言われた小屋に入ると、住民が貸してくれた鍋が大量に積まれていた。
 さらに猿の使い魔たちが集めた原料も。どの原料も丁寧に壺に入れられている。

「壺、綺麗に仕分けされて原料の名前まで書いてある!このきっちり感がサギトにそっくりというかなんというか……」

「何が言いたいんだ」

「有能な猿たち」

「それはどうも。じゃあ早速、取り掛かろう」

「おう!」

 この小屋に来る前に、患者たちの状態も確認して来た。水疱がかなり膨らんでしまっている者が数名いた。その者たちの猶予はあと半日か、悪ければ十時間ほどと思われた。
 水疱が破れる前に、薔薇がただれる前に、特効薬を完成させねば。

「……全員、救いたい」

 ささやき声のサギトの独り言を、グレアムは聞き漏らさなかった。気合を入れるように笑みを浮かべた。

「そうだな」

※※※

 時間は夜の八時を回っていた。調合を始めて既に九時間が経過していた。
 倉庫だったはずの場所は今、熱気と冷気と、異臭と異音と、光と闇の入り乱れる、異様な空間と化していた。

「蒸留水をあと30、頼む!」

 汗だくのサギトが、鍋の中の青緑色の液体をかき混ぜながら焦燥に駆られた声を出す。
 かまどなどない場所だ、全て魔法で温度調節している。

「これだ!」

 グレアムから追加の水を受け取り、鍋に差し入れながら、サギトは別の鍋に視線を走らせた。

「瑠璃カビの培養速度はもう少し早まらないか?」

「ど、どうすれば……」

「温度を一度上げてくれ。あと成長促進魔法を通常の四倍の強さで二回かけてくれ。それから濾過した培養液にまた背脂を加えておいてくれ」

「了解!」

 患者はおよそ五十人。それに潜伏期間中の隠れ感染者を加えれば、その三倍以上分の特効薬が必要だろう。できれば住人全員分を作りたい。
 グレアムに任せているのは、特効薬の土台となる瑠璃カビの抽出液だ。瑠璃カビの抽出液は他にも多くの特効薬の土台となっている。いわば基本の下ごしらえだ。下ごしらえ分はいくらあっても足りないくらいだ。

 ともあれ先ずは、一人分を完成させなければ。

 サギトはなかなかうまくいかない、目の前の鍋の中身を見てかつてない焦りを感じていた。

(だめだ、また失敗だ……)

 一人分どころか、最初の一滴がまだ出来ない。
 その一滴さえできれば、あとはそれを量産するだけなのに。

 花爛病の特効薬の色は、紫色。
 それは多くの書物に共通して書かれていることで、絵も残されている。
 だからそれは、間違いない情報だろう。

 特効薬は紫色でなければならない。

 なのになぜ、目の前の液体は青緑色なのだ。
 既に何度も作り直している。でも何度やっても失敗する。
 
 医術書の記載の調合法は完璧に暗記していた。その通りに調合したはずなのに、モノが出来上がらない。
 サギトは当初、自分のやり方がまずいのだと思っていた。だから何度もやり直した。加える熱、与える冷気、かざす光、攪拌かくはんの強さ、分離のバランス、結合のタイミング。少しづつ微修正を繰り返した。でもうまくいかない。
 そして事ここに至りようやく、恐るべき可能性に思い当たった。

 調合法の記述が、間違っているのだ。

 三百年も前の記録だ。転写魔法が開発される以前の書物は、手書きで写すことによって次代に伝えられた。その書き写しの過程で誤記が生じたのだろう。

(なんてことだ)

 刻一刻と期限は迫っていた。
 グレンデルを狩る前にグレアムに緩和魔法をかけられた、「手遅れ」の患者は既に死んでしまった。
 脳裏に、亡き人の恐ろしいうめき声と、おぞましく爛れた薔薇が思い浮かぶ。

 他の患者の水疱も、今、どんどん大きく膨らみつつある。

(……救えないのか)

(全員、死なせるのか) 

「クソっ!」

 サギトは吐き捨てるように悪態をつくと、鍋をかき混ぜる棒を床に叩きつけた。
 そのまま床にうずくまり、頭をかかえる。

「サギト!」

 グレアムが飛んできてサギトの肩に腕を回した。そして大きな手でサギトの頭を撫でる。

「疲れたか?そうだよな、ずっと根を詰めてるからな、少し休め」

 最初の一滴が出来ないのだ、ということを知っているグレアムは、しかしそのことには触れない。ただ、いたわりの言葉をかけてくれる。
しおりを挟む
↓第9回BL小説大賞奨励賞いただけました
忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
感想 92

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている

いちみやりょう
BL
彼が負傷した隊員を庇って敵から剣で斬られそうになった時、自然と体が動いた。 「ジル!!!」 俺の体から血飛沫が出るのと、隊長が俺の名前を叫んだのは同時だった。 隊長はすぐさま敵をなぎ倒して、俺の体を抱き寄せてくれた。 「ジル!」 「……隊長……お怪我は……?」 「……ない。ジルが庇ってくれたからな」 隊長は俺の傷の具合でもう助からないのだと、悟ってしまったようだ。 目を細めて俺を見て、涙を耐えるように不器用に笑った。 ーーーー 『愛してる、ジル』 前の世界の隊長の声を思い出す。 この世界の貴方は俺にそんなことを言わない。 だけど俺は、前の世界にいた時の貴方の優しさが忘れられない。 俺のことを憎んで、俺に冷たく当たっても俺は貴方を信じたい。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

騎士団長の秘密

さねうずる
BL
「俺は、ポラール殿を好いている」 「「「 なんて!?!?!?」」 無口無表情の騎士団長が好きなのは別騎士団のシロクマ獣人副団長 チャラシロクマ×イケメン騎士団長

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

処理中です...