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[番外編] 最後の仕事(5)
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「本当に俺の店の跡になんて行きたいのか」
「うん、だってお前がずっと頑張ってきた店だろ。思い出じゃないか」
「……」
ろくな思い出ではないがな、とサギトは思う。
ただの隠れ蓑でしかなかった薬屋。埃を被る誰も救わなかった薬に、なんの意味があるのだろう。
「残っていた商品、処分したと言っていたがどうしたんだ?まさか全部廃棄したのか」
「いや、馴染みの商人にただでくれてやった。そうだお前も顔を見ているはずだ、尖り耳の男だ」
「おお、覚えてるぞ」
唯一の固定客であるフォスターには世話になったから、伝書鳩で連絡をつけて店仕舞いのことを知らせた。すぐに飛んできてくれたフォスターはサギトの薬屋の廃業を心から残念そうにしていた。だが在庫を好きなだけ持っていけと言ったら大喜びだった。わざわざ荷馬車を借りてまで全部の商品を積み込んで、棚を綺麗に空っぽにしてくれた。
迷路のような路地を縫い、ドルバ通りとは別の大通りへと出た。その大通りからひとつ入った袋小路に、サギトの元店舗がある。
角を曲がって見えた元薬屋の建物の前に、見知った男がいた。
異様に小柄で、黒い帽子に黒い服。尖った耳。
男は憔悴した様子で、空っぽの店舗の前に立ちすくんでいた。
「フォスターさん?」
サギトが驚いて声を掛けると、フォスターははっとした様子で顔をあげた。サギトを見て、瞳を輝かせて駆け寄ってきた。
「サギトさん!よかった駄目もとで来てみたんだ。まさか会えるなんてな、俺はついてる。あんたにどうしても頼みたいことがあんだ」
そこまで言って、サギトの格好に目をぱちくりさせた。そしてサギトの隣にいるグレアムを見上げ、口笛を吹く。
「あんた、この間来てた先客さん?よく見れば英雄グレアム様じゃないか!」
グレアムは、ははと笑って頭をかく。
「あ、いや、どうも先日は」
「驚いた、薬屋やめて騎士になったのかサギトさん。ただもんじゃない気はしてたが、さすがにこいつは想定外だったな。悪いな、もっとなんつうか、裏稼業の人なんじゃねえかと勘繰ってたよ。まあ俺も人のことは言えた義理じゃないが」
「私に頼みたいこと、というのはなんですか?」
サギトは気になって促した。フォスターに頼みごとなど一度もされたことがない。
フォスターは深刻な顔つきでため息をついた。
「俺も薬を扱って随分たつが、俺が見てきた調合師の中でも、間違いなくあんたの腕は最高だ。頼めるのはあんたしかいねえって思ってる」
「なんでしょう……?」
フォスターはチラとグレアムを見ると、愛想笑いを浮かべた。
「グレアム様ちょっと、サギトさんお借りしていいですかね?二人で話したいんだ」
「どうぞどうぞ」
フォスターはサギトの手を引いて、グレアムから距離を取ると、小声で伝えてきた。
「これから俺が言う事、絶対に他言無用で願えるか?あっちの英雄さんにも、誰にも言わないでくれるか?」
「はい、お約束します」
「よかった、俺はあんたを信じる。同じ忌人だから、俺はあんたを信じられる。実はな、俺の知り合いの集落で奇病が発生しちまってんだ。どの薬を飲ませても効きやしない。……感染る病気だ」
目を見開いたサギトに、うんとうなずくと、フォスターは言葉を続けた。
「昨日十人だった患者が今日は五十人に増えてる。最初に症状が出た数名はもう死んじまった。どんどん死人が増えそうだ。ありゃ絶対にやばい病気だ、だがなんだか分からねえ。サギトさん、あんたなら分かるんじゃないか?診てやってくんねえか」
予想もしていなかった依頼内容に、サギトは唾を飲み込んだ。
サギトは医者ではないし人を診たことなどない。役に立てるか分からない。だが調合を学ぶ上で身についた、病に関する知識はある。
自分が救える可能性が少しでもあるのならば。
気がつけばうなずいていた。
「分かりました。薬屋としての最後の仕事、させてください。その集落まで案内願います」
サギトはグレアムの方に振り向く。
「……悪いなグレアム、ここでお別れだ。俺はもう、デート出来ない」
「おいおい、俺に協力させない気か?」
見ればグレアムの顔つきが騎士団長のそれになっていた。
「すみませんフォスターさん、俺は地獄耳なんで聞こえてしまいました。俺にも手伝わせてください。戦うだけが騎士じゃない、困ってる民を助けるのが騎士の仕事です」
だがフォスターは、不快感あらわに首を横に振った。
「聞こえちまったのか!俺は騎士とか国に助けを求めてるんじゃない。サギトさん個人に頼んでるんだ。国に頼るのなんてごめんだ!」
「うん、だってお前がずっと頑張ってきた店だろ。思い出じゃないか」
「……」
ろくな思い出ではないがな、とサギトは思う。
ただの隠れ蓑でしかなかった薬屋。埃を被る誰も救わなかった薬に、なんの意味があるのだろう。
「残っていた商品、処分したと言っていたがどうしたんだ?まさか全部廃棄したのか」
「いや、馴染みの商人にただでくれてやった。そうだお前も顔を見ているはずだ、尖り耳の男だ」
「おお、覚えてるぞ」
唯一の固定客であるフォスターには世話になったから、伝書鳩で連絡をつけて店仕舞いのことを知らせた。すぐに飛んできてくれたフォスターはサギトの薬屋の廃業を心から残念そうにしていた。だが在庫を好きなだけ持っていけと言ったら大喜びだった。わざわざ荷馬車を借りてまで全部の商品を積み込んで、棚を綺麗に空っぽにしてくれた。
迷路のような路地を縫い、ドルバ通りとは別の大通りへと出た。その大通りからひとつ入った袋小路に、サギトの元店舗がある。
角を曲がって見えた元薬屋の建物の前に、見知った男がいた。
異様に小柄で、黒い帽子に黒い服。尖った耳。
男は憔悴した様子で、空っぽの店舗の前に立ちすくんでいた。
「フォスターさん?」
サギトが驚いて声を掛けると、フォスターははっとした様子で顔をあげた。サギトを見て、瞳を輝かせて駆け寄ってきた。
「サギトさん!よかった駄目もとで来てみたんだ。まさか会えるなんてな、俺はついてる。あんたにどうしても頼みたいことがあんだ」
そこまで言って、サギトの格好に目をぱちくりさせた。そしてサギトの隣にいるグレアムを見上げ、口笛を吹く。
「あんた、この間来てた先客さん?よく見れば英雄グレアム様じゃないか!」
グレアムは、ははと笑って頭をかく。
「あ、いや、どうも先日は」
「驚いた、薬屋やめて騎士になったのかサギトさん。ただもんじゃない気はしてたが、さすがにこいつは想定外だったな。悪いな、もっとなんつうか、裏稼業の人なんじゃねえかと勘繰ってたよ。まあ俺も人のことは言えた義理じゃないが」
「私に頼みたいこと、というのはなんですか?」
サギトは気になって促した。フォスターに頼みごとなど一度もされたことがない。
フォスターは深刻な顔つきでため息をついた。
「俺も薬を扱って随分たつが、俺が見てきた調合師の中でも、間違いなくあんたの腕は最高だ。頼めるのはあんたしかいねえって思ってる」
「なんでしょう……?」
フォスターはチラとグレアムを見ると、愛想笑いを浮かべた。
「グレアム様ちょっと、サギトさんお借りしていいですかね?二人で話したいんだ」
「どうぞどうぞ」
フォスターはサギトの手を引いて、グレアムから距離を取ると、小声で伝えてきた。
「これから俺が言う事、絶対に他言無用で願えるか?あっちの英雄さんにも、誰にも言わないでくれるか?」
「はい、お約束します」
「よかった、俺はあんたを信じる。同じ忌人だから、俺はあんたを信じられる。実はな、俺の知り合いの集落で奇病が発生しちまってんだ。どの薬を飲ませても効きやしない。……感染る病気だ」
目を見開いたサギトに、うんとうなずくと、フォスターは言葉を続けた。
「昨日十人だった患者が今日は五十人に増えてる。最初に症状が出た数名はもう死んじまった。どんどん死人が増えそうだ。ありゃ絶対にやばい病気だ、だがなんだか分からねえ。サギトさん、あんたなら分かるんじゃないか?診てやってくんねえか」
予想もしていなかった依頼内容に、サギトは唾を飲み込んだ。
サギトは医者ではないし人を診たことなどない。役に立てるか分からない。だが調合を学ぶ上で身についた、病に関する知識はある。
自分が救える可能性が少しでもあるのならば。
気がつけばうなずいていた。
「分かりました。薬屋としての最後の仕事、させてください。その集落まで案内願います」
サギトはグレアムの方に振り向く。
「……悪いなグレアム、ここでお別れだ。俺はもう、デート出来ない」
「おいおい、俺に協力させない気か?」
見ればグレアムの顔つきが騎士団長のそれになっていた。
「すみませんフォスターさん、俺は地獄耳なんで聞こえてしまいました。俺にも手伝わせてください。戦うだけが騎士じゃない、困ってる民を助けるのが騎士の仕事です」
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