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[番外編] 最後の仕事(4)
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サーネスは隣にうら若いレディを伴っている。見るからに高級な薄紫のドレスを身にまとう、茶色の髪の、あどけなさと垢抜けなさを残す少女。
サーネスが気色悪いほどの優しい声音でレディに問いかける。
「いかがですか、ランバルトの王都の様子は」
「とても賑わっていて素敵なところですのね。道行く女性たちもとても綺麗でお洒落で、ルアンナのような田舎とは大違い。わたくし気後れをしてしまいますわ」
ルアンナ、それは聖教圏の東端にある小国の名前だ。山がちだが鉱山収入で潤う国。
二人の後ろには護衛らしき兵が数名付き従っている。見慣れぬ異国の兵服を着た護衛だ。
(なるほど、あれが婚約者の第三王女か)
お忍びで街を案内中といったところか。
サギトの目が冷たくすがめられる。
一つの心残りを見つけた。
「影の目」最後の仕事をする気になった。
(最後の依頼人は俺自身だ)
これは無論、つぐないなどではない。意味なんて何もない。
(ただ俺自身の、ゴミのような欲望のためだ)
「グレアム、一つ頼みがある」
「な、なんだ?」
急に黙りこくって大通りを睨みつけているサギトに、グレアムは当惑する様子だった。
「最後の悪事を働きたいんだ。見逃してくれないか」
グレアムは目を瞬かせた。そして一秒後に頷いた。
「もちろん、見逃す。サギトがそう言うからには、悪事を働くべき道理があるんだろう」
少しは俺を疑え、とサギトは苦笑する。道理なんてあるものか。だが、まあ。
「助かるよ」
拳を握りしめ、開いた。開いた手の平にはシジミチョウ程の小さな闇色の蝶がいた。
蝶は静かに、サギトの手の平からサーネスの方に飛んでいく。
(あまり楽には死なせない)
蝶はサーネスの耳元に止まった。止まった瞬間、闇色の毛虫に変化した。
闇色の毛虫は、サーネスの耳の穴の中にするりと入り込んだ。
サギトは暗い目で、サーネスの横顔をしばらく見つめた。ひとつ息をつく。
こみ上げてくる淀んだ痛みに、内側から焼かれるような自己嫌悪に、耐える。
「もう、済んだ」
グレアムは悪童のようにニヤリと笑った。
「そっか」
「では行こう」
「じゃあ焼き菓子食べ歩きだ!あ、でもそうだ、その前にお前の薬屋に立ち寄りたいな」
「なんだ、もう空っぽだぞ」
「分かってるけど、でもなんとなく、見ておきたいんだ」
「ふうん?では行ってみるか」
二人は再び青空市の中を通り、サギトの薬屋があった方へと歩き出した。
※※※
サーネスはさりげなく婚約者の腰に手を沿えて、路面店のほうを示した。
「あそこに宝飾店の看板が見えますでしょう?実は貴女のためにネックレスをあつらえておきました。貴女の瞳によく似合うサファイアの……」
さぞ感激しているだろう、と思いながら婚約者の顔を見たサーネスの表情が固まる。
サーネスは、ドレスを着た茶色い髪の第三王女ではなく、金髪のウェイトレスの腰に手を回していた。
左胸にぽっかり穴を開けたウェイトレス。
ひっ、とサーネスは息を飲む。
ウェイトレスは虚ろな瞳でサーネスを見上げながら、ゆっくりと口を開いた。
「貴方を……愛して……おりましたのに……」
その口の端からこぽりと血があふれ出す。
サーネスはうわっと身を離した。
「リ、リーサ!なぜだ、お前は死んだはずだ!」
「なぜ逃げるのです、ドルトリー卿……。もう一度抱きしめては下さらないの……」
寄りすがってきた異形のウェイトレスを、サーネスは突き飛ばした。
「寄るなリーサ!死にぞこないめ!もう一度地獄に送り返してやる!」
サーネスは顔を醜悪に歪め、突き飛ばしたウェイトレスの首に手をかけようと腕を伸ばした。
だが護衛の兵たちに取り押さえられた。
「王女に何を!」
「狂ったかドルトリー卿!」
「離せ、俺はあの女を殺すんだ!」
叫んでもがきながら護衛兵たちの顔を見て、サーネスは青ざめる。
どの兵も両目が靄のような影で覆われていた。
「かっ、かっ、かげの……」
サーネスは腰を抜かして地面にへたりこんだ。そのまま地面に押し付けられて兵達に拘束される。街の野次馬たちが、サーネスの周囲に円を作り、覗き込んできた。
野次馬のうち、男の目は全て影で覆われていた。女の顔は全て、リーサだった。
「うわああああああっ!寄るなっ!近づくな!向こうへ行け!あああああああ」
狂乱するサーネスの傍ら、小国の王女はかたかたと震えて涙を流していた。
※※※
サーネスの荒廃した精神は、二度と元に戻ることはなかった。
当然のごとく婚約は解消となった。
手に負えない凶暴な獣と化した彼は、さる精神病院に収容されることになった。病院とは名ばかりの監獄と言う人もいる、悪名高き収容施設に。
サーネスはこの三ヶ月後に原因不明の病で死ぬまで、ずっと謎の幻覚に恐慌をきたし、暴れ叫んでばかりいたという。
サーネスが気色悪いほどの優しい声音でレディに問いかける。
「いかがですか、ランバルトの王都の様子は」
「とても賑わっていて素敵なところですのね。道行く女性たちもとても綺麗でお洒落で、ルアンナのような田舎とは大違い。わたくし気後れをしてしまいますわ」
ルアンナ、それは聖教圏の東端にある小国の名前だ。山がちだが鉱山収入で潤う国。
二人の後ろには護衛らしき兵が数名付き従っている。見慣れぬ異国の兵服を着た護衛だ。
(なるほど、あれが婚約者の第三王女か)
お忍びで街を案内中といったところか。
サギトの目が冷たくすがめられる。
一つの心残りを見つけた。
「影の目」最後の仕事をする気になった。
(最後の依頼人は俺自身だ)
これは無論、つぐないなどではない。意味なんて何もない。
(ただ俺自身の、ゴミのような欲望のためだ)
「グレアム、一つ頼みがある」
「な、なんだ?」
急に黙りこくって大通りを睨みつけているサギトに、グレアムは当惑する様子だった。
「最後の悪事を働きたいんだ。見逃してくれないか」
グレアムは目を瞬かせた。そして一秒後に頷いた。
「もちろん、見逃す。サギトがそう言うからには、悪事を働くべき道理があるんだろう」
少しは俺を疑え、とサギトは苦笑する。道理なんてあるものか。だが、まあ。
「助かるよ」
拳を握りしめ、開いた。開いた手の平にはシジミチョウ程の小さな闇色の蝶がいた。
蝶は静かに、サギトの手の平からサーネスの方に飛んでいく。
(あまり楽には死なせない)
蝶はサーネスの耳元に止まった。止まった瞬間、闇色の毛虫に変化した。
闇色の毛虫は、サーネスの耳の穴の中にするりと入り込んだ。
サギトは暗い目で、サーネスの横顔をしばらく見つめた。ひとつ息をつく。
こみ上げてくる淀んだ痛みに、内側から焼かれるような自己嫌悪に、耐える。
「もう、済んだ」
グレアムは悪童のようにニヤリと笑った。
「そっか」
「では行こう」
「じゃあ焼き菓子食べ歩きだ!あ、でもそうだ、その前にお前の薬屋に立ち寄りたいな」
「なんだ、もう空っぽだぞ」
「分かってるけど、でもなんとなく、見ておきたいんだ」
「ふうん?では行ってみるか」
二人は再び青空市の中を通り、サギトの薬屋があった方へと歩き出した。
※※※
サーネスはさりげなく婚約者の腰に手を沿えて、路面店のほうを示した。
「あそこに宝飾店の看板が見えますでしょう?実は貴女のためにネックレスをあつらえておきました。貴女の瞳によく似合うサファイアの……」
さぞ感激しているだろう、と思いながら婚約者の顔を見たサーネスの表情が固まる。
サーネスは、ドレスを着た茶色い髪の第三王女ではなく、金髪のウェイトレスの腰に手を回していた。
左胸にぽっかり穴を開けたウェイトレス。
ひっ、とサーネスは息を飲む。
ウェイトレスは虚ろな瞳でサーネスを見上げながら、ゆっくりと口を開いた。
「貴方を……愛して……おりましたのに……」
その口の端からこぽりと血があふれ出す。
サーネスはうわっと身を離した。
「リ、リーサ!なぜだ、お前は死んだはずだ!」
「なぜ逃げるのです、ドルトリー卿……。もう一度抱きしめては下さらないの……」
寄りすがってきた異形のウェイトレスを、サーネスは突き飛ばした。
「寄るなリーサ!死にぞこないめ!もう一度地獄に送り返してやる!」
サーネスは顔を醜悪に歪め、突き飛ばしたウェイトレスの首に手をかけようと腕を伸ばした。
だが護衛の兵たちに取り押さえられた。
「王女に何を!」
「狂ったかドルトリー卿!」
「離せ、俺はあの女を殺すんだ!」
叫んでもがきながら護衛兵たちの顔を見て、サーネスは青ざめる。
どの兵も両目が靄のような影で覆われていた。
「かっ、かっ、かげの……」
サーネスは腰を抜かして地面にへたりこんだ。そのまま地面に押し付けられて兵達に拘束される。街の野次馬たちが、サーネスの周囲に円を作り、覗き込んできた。
野次馬のうち、男の目は全て影で覆われていた。女の顔は全て、リーサだった。
「うわああああああっ!寄るなっ!近づくな!向こうへ行け!あああああああ」
狂乱するサーネスの傍ら、小国の王女はかたかたと震えて涙を流していた。
※※※
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