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[番外編] 最後の仕事(3)
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人混みの中を早足で縫い、先ほどのエリアからだいぶ離れたところでふうと息をついた。もう「目撃者」はいないだろう。
「まったくお前という奴は!」
文句を言おうとしたら、グレアムは既に別のものに興味がうつっていた。
雑多な土産物を所狭しと並べている敷物のそばにしゃがみこみ、
「いろんなものがいっぱいあるなぁ!」
と眼を輝かせている。サギトはため息をついた。
「少しは反省をしろ……」
額を抑えながら、グレアムの隣に並ぶ。
「見ろこの鹿の置物!細かいビーズびっしりだ、どうやって埋め込んでるんだ?器用なもんだな」
「え?あ、うん、そうだな」
それはこの街で生活していれば飽きるほどよく見かける工芸品だった。
そうか、こんな些細なものすらグレアムにとっては喜びとなるのか、とサギトはふと気づかされた。
本当にずっとこの男は、国の防衛にばかりその身を捧げているのだ。
グレアムがはっとしたような顔をする。
「わ、悪い、さっきから俺ばっかり楽しんでないか?えっと、向こうのほうの路面店に行こう。高級店が並んでるところ。サギトの欲しいものを買う!」
「だから欲しいものなどない。お前が自分の買い物をしたらいいじゃないか。そっちの象の置物もなかなかいい造りだぞ」
「おお、ほんとだ!こいつは牙がいいな」
そう言いながら、小さな牙を指でつんつんと触る。
幼子のようにはしゃぐグレアムの姿に、サギトはつい、目を細めた。
これが「デート」か、悪くないな。などと思った時。
どこかから、ひそひそと囁きあう女性達の声が耳に入ってきた。
「グレアム様の隣にいるあの紫眼はなんなのかしら」
「どうして護国騎士団の制服を着ているの」
「まさか紫眼が騎士に?」
「いやだ冗談じゃないわ、紫眼が騎士なんて。この間、グレアム様を殺そうとした狂人も紫眼だって言うじゃない。紫眼なんてみんな頭がおかしいに決まってるわよ」
サギトの口元に皮肉めいた笑みが浮かんだ。その狂人がここにいるぞ、と。
予想していた反応であり特に驚きはなかった。別に傷つきもしない。
そんなサギトの隣、グレアムがかたり、と手にしていた象の置物を敷物に戻し、立ち上がった。
噂話をしていた女性二人のほうにくるりと振り向くと、つかつかと近づいていく。
「お、おい」
焦るサギトを尻目に、グレアムはびっくりして固まっている女性達の前に立ちはだかる。
「マダム、今、とても彼に失礼なことをおっしゃいましたよね。彼に謝罪してくれませんか」
「やめろグレアム、俺は別に気にしてない」
サギトはグレアムと女性達の間に入ってグレアムをいさめる。
「俺は大いに気にする!」
グレアムのよく通る声が響き、周囲のざわめきが途絶えた。
大勢の人々がこの突然の事態を固唾を呑んで見守り始めた。この女性達だけではない、ここらにいる皆が「グレアムと親しげな紫眼の騎士」の存在に、心中、疑義を抱いていたのだろう。
答えを待ちわびるかのごとく静かになった、青空市の一角。グレアムは女性達を見据えて話す。
「あなた方は今までずっと、紫眼である彼の力に守られてきた。俺の力は全て彼から授かったものです」
サギトは苦笑しながら、女性達ににじりよるグレアムの体を両手で抑えた。
「いきなりそんなこと言ってどうする。人を混乱させるな」
グレアムは凄味ある真剣な表情を崩さず、女性達に語り続ける。周囲はますます静まり返り、グレアムの声だけが響いていた。
「さらに彼はこれから、自らこの国を守ると約束してくれた。この国で差別され辛酸を舐めてきた彼が、それでも命を張ってあなた方を守ろうとしてくれているんです。どうか彼への失礼を詫びて下さい。そして彼に感謝して下さい」
女性達は戸惑い、怯えたような表情で物も言えずにいる。サギトはやれやれとため息をつく。その腕をとって引っ張った。
「ほら怖がってるじゃないか、英雄が民に凄むな」
「でも!」
サギトは聞き分けの無い子どもを制するように、ちょっと怖い顔をしてみせる。
「いいから、来い」
グレアムはサギトに睨まれ、うろたえた顔をする。悲しげにうつむくと、いからせていた肩を落とす。サギトはふっと笑うと、その腕を引いて困惑の人混みを抜けていった。グレアムはうなだれた様子でサギトに手を引かれて行く。
建物の隙間の路地に入ると、大通りの喧騒は遠のいた。
気落ちした様子のグレアムが口を開く。
「すまないサギト、俺が誘ったせいで不愉快な思いをさせた」
「ちっとも不愉快じゃないが?俺はなかなか楽しんでいるぞ、お前とのデートを」
「ほ、ほんとか?」
「ああ。それになグレアム、俺は誰かに感謝されたいなんて思わない。俺は本当に、今こうやって生きているだけでありがたいと思っている。俺が騎士団に入ったのは、罪をつぐなうためだ。見返りなんて求めていいわけがない」
「それはお前の罪じゃない、俺の罪だ」
辛そうに言われる予想通りの言葉に、微笑と共に首を横に振った、その時。
大通りに見覚えのある顔を見つけて、サギトの顔色が変わった。
癖のあるブロンドの髪の優男。狡猾そうな眼光と、作り物のような笑顔。
サギトにリーサ・ルイス殺しを依頼した貴族、サーネス・ドルトリーだ。
「まったくお前という奴は!」
文句を言おうとしたら、グレアムは既に別のものに興味がうつっていた。
雑多な土産物を所狭しと並べている敷物のそばにしゃがみこみ、
「いろんなものがいっぱいあるなぁ!」
と眼を輝かせている。サギトはため息をついた。
「少しは反省をしろ……」
額を抑えながら、グレアムの隣に並ぶ。
「見ろこの鹿の置物!細かいビーズびっしりだ、どうやって埋め込んでるんだ?器用なもんだな」
「え?あ、うん、そうだな」
それはこの街で生活していれば飽きるほどよく見かける工芸品だった。
そうか、こんな些細なものすらグレアムにとっては喜びとなるのか、とサギトはふと気づかされた。
本当にずっとこの男は、国の防衛にばかりその身を捧げているのだ。
グレアムがはっとしたような顔をする。
「わ、悪い、さっきから俺ばっかり楽しんでないか?えっと、向こうのほうの路面店に行こう。高級店が並んでるところ。サギトの欲しいものを買う!」
「だから欲しいものなどない。お前が自分の買い物をしたらいいじゃないか。そっちの象の置物もなかなかいい造りだぞ」
「おお、ほんとだ!こいつは牙がいいな」
そう言いながら、小さな牙を指でつんつんと触る。
幼子のようにはしゃぐグレアムの姿に、サギトはつい、目を細めた。
これが「デート」か、悪くないな。などと思った時。
どこかから、ひそひそと囁きあう女性達の声が耳に入ってきた。
「グレアム様の隣にいるあの紫眼はなんなのかしら」
「どうして護国騎士団の制服を着ているの」
「まさか紫眼が騎士に?」
「いやだ冗談じゃないわ、紫眼が騎士なんて。この間、グレアム様を殺そうとした狂人も紫眼だって言うじゃない。紫眼なんてみんな頭がおかしいに決まってるわよ」
サギトの口元に皮肉めいた笑みが浮かんだ。その狂人がここにいるぞ、と。
予想していた反応であり特に驚きはなかった。別に傷つきもしない。
そんなサギトの隣、グレアムがかたり、と手にしていた象の置物を敷物に戻し、立ち上がった。
噂話をしていた女性二人のほうにくるりと振り向くと、つかつかと近づいていく。
「お、おい」
焦るサギトを尻目に、グレアムはびっくりして固まっている女性達の前に立ちはだかる。
「マダム、今、とても彼に失礼なことをおっしゃいましたよね。彼に謝罪してくれませんか」
「やめろグレアム、俺は別に気にしてない」
サギトはグレアムと女性達の間に入ってグレアムをいさめる。
「俺は大いに気にする!」
グレアムのよく通る声が響き、周囲のざわめきが途絶えた。
大勢の人々がこの突然の事態を固唾を呑んで見守り始めた。この女性達だけではない、ここらにいる皆が「グレアムと親しげな紫眼の騎士」の存在に、心中、疑義を抱いていたのだろう。
答えを待ちわびるかのごとく静かになった、青空市の一角。グレアムは女性達を見据えて話す。
「あなた方は今までずっと、紫眼である彼の力に守られてきた。俺の力は全て彼から授かったものです」
サギトは苦笑しながら、女性達ににじりよるグレアムの体を両手で抑えた。
「いきなりそんなこと言ってどうする。人を混乱させるな」
グレアムは凄味ある真剣な表情を崩さず、女性達に語り続ける。周囲はますます静まり返り、グレアムの声だけが響いていた。
「さらに彼はこれから、自らこの国を守ると約束してくれた。この国で差別され辛酸を舐めてきた彼が、それでも命を張ってあなた方を守ろうとしてくれているんです。どうか彼への失礼を詫びて下さい。そして彼に感謝して下さい」
女性達は戸惑い、怯えたような表情で物も言えずにいる。サギトはやれやれとため息をつく。その腕をとって引っ張った。
「ほら怖がってるじゃないか、英雄が民に凄むな」
「でも!」
サギトは聞き分けの無い子どもを制するように、ちょっと怖い顔をしてみせる。
「いいから、来い」
グレアムはサギトに睨まれ、うろたえた顔をする。悲しげにうつむくと、いからせていた肩を落とす。サギトはふっと笑うと、その腕を引いて困惑の人混みを抜けていった。グレアムはうなだれた様子でサギトに手を引かれて行く。
建物の隙間の路地に入ると、大通りの喧騒は遠のいた。
気落ちした様子のグレアムが口を開く。
「すまないサギト、俺が誘ったせいで不愉快な思いをさせた」
「ちっとも不愉快じゃないが?俺はなかなか楽しんでいるぞ、お前とのデートを」
「ほ、ほんとか?」
「ああ。それになグレアム、俺は誰かに感謝されたいなんて思わない。俺は本当に、今こうやって生きているだけでありがたいと思っている。俺が騎士団に入ったのは、罪をつぐなうためだ。見返りなんて求めていいわけがない」
「それはお前の罪じゃない、俺の罪だ」
辛そうに言われる予想通りの言葉に、微笑と共に首を横に振った、その時。
大通りに見覚えのある顔を見つけて、サギトの顔色が変わった。
癖のあるブロンドの髪の優男。狡猾そうな眼光と、作り物のような笑顔。
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