魔道暗殺者と救国の騎士

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
50 / 71

[番外編] 最後の仕事(3)

しおりを挟む
 人混みの中を早足で縫い、先ほどのエリアからだいぶ離れたところでふうと息をついた。もう「目撃者」はいないだろう。
 
「まったくお前という奴は!」

 文句を言おうとしたら、グレアムは既に別のものに興味がうつっていた。
 雑多な土産物を所狭しと並べている敷物のそばにしゃがみこみ、

「いろんなものがいっぱいあるなぁ!」

 と眼を輝かせている。サギトはため息をついた。

「少しは反省をしろ……」

 額を抑えながら、グレアムの隣に並ぶ。

「見ろこの鹿の置物!細かいビーズびっしりだ、どうやって埋め込んでるんだ?器用なもんだな」

「え?あ、うん、そうだな」

 それはこの街で生活していれば飽きるほどよく見かける工芸品だった。
 そうか、こんな些細なものすらグレアムにとっては喜びとなるのか、とサギトはふと気づかされた。
 本当にずっとこの男は、国の防衛にばかりその身を捧げているのだ。

 グレアムがはっとしたような顔をする。

「わ、悪い、さっきから俺ばっかり楽しんでないか?えっと、向こうのほうの路面店に行こう。高級店が並んでるところ。サギトの欲しいものを買う!」

「だから欲しいものなどない。お前が自分の買い物をしたらいいじゃないか。そっちの象の置物もなかなかいい造りだぞ」

「おお、ほんとだ!こいつは牙がいいな」

 そう言いながら、小さな牙を指でつんつんと触る。
 幼子のようにはしゃぐグレアムの姿に、サギトはつい、目を細めた。
 これが「デート」か、悪くないな。などと思った時。

 どこかから、ひそひそと囁きあう女性達の声が耳に入ってきた。

「グレアム様の隣にいるあの紫眼はなんなのかしら」

「どうして護国騎士団の制服を着ているの」

「まさか紫眼が騎士に?」

「いやだ冗談じゃないわ、紫眼が騎士なんて。この間、グレアム様を殺そうとした狂人も紫眼だって言うじゃない。紫眼なんてみんな頭がおかしいに決まってるわよ」

 サギトの口元に皮肉めいた笑みが浮かんだ。その狂人がここにいるぞ、と。
 予想していた反応であり特に驚きはなかった。別に傷つきもしない。
 そんなサギトの隣、グレアムがかたり、と手にしていた象の置物を敷物に戻し、立ち上がった。
 噂話をしていた女性二人のほうにくるりと振り向くと、つかつかと近づいていく。

「お、おい」

 焦るサギトを尻目に、グレアムはびっくりして固まっている女性達の前に立ちはだかる。

「マダム、今、とても彼に失礼なことをおっしゃいましたよね。彼に謝罪してくれませんか」

「やめろグレアム、俺は別に気にしてない」

 サギトはグレアムと女性達の間に入ってグレアムをいさめる。

「俺は大いに気にする!」

 グレアムのよく通る声が響き、周囲のざわめきが途絶えた。
 大勢の人々がこの突然の事態を固唾を呑んで見守り始めた。この女性達だけではない、ここらにいる皆が「グレアムと親しげな紫眼の騎士」の存在に、心中、疑義を抱いていたのだろう。

 答えを待ちわびるかのごとく静かになった、青空市の一角。グレアムは女性達を見据えて話す。

「あなた方は今までずっと、紫眼である彼の力に守られてきた。俺の力は全て彼から授かったものです」

 サギトは苦笑しながら、女性達ににじりよるグレアムの体を両手で抑えた。

「いきなりそんなこと言ってどうする。人を混乱させるな」

 グレアムは凄味ある真剣な表情を崩さず、女性達に語り続ける。周囲はますます静まり返り、グレアムの声だけが響いていた。

「さらに彼はこれから、自らこの国を守ると約束してくれた。この国で差別され辛酸を舐めてきた彼が、それでも命を張ってあなた方を守ろうとしてくれているんです。どうか彼への失礼を詫びて下さい。そして彼に感謝して下さい」

 女性達は戸惑い、怯えたような表情で物も言えずにいる。サギトはやれやれとため息をつく。その腕をとって引っ張った。

「ほら怖がってるじゃないか、英雄が民に凄むな」

「でも!」

 サギトは聞き分けの無い子どもを制するように、ちょっと怖い顔をしてみせる。

「いいから、来い」

 グレアムはサギトに睨まれ、うろたえた顔をする。悲しげにうつむくと、いからせていた肩を落とす。サギトはふっと笑うと、その腕を引いて困惑の人混みを抜けていった。グレアムはうなだれた様子でサギトに手を引かれて行く。

 建物の隙間の路地に入ると、大通りの喧騒は遠のいた。
 気落ちした様子のグレアムが口を開く。

「すまないサギト、俺が誘ったせいで不愉快な思いをさせた」

「ちっとも不愉快じゃないが?俺はなかなか楽しんでいるぞ、お前とのデートを」

「ほ、ほんとか?」

「ああ。それになグレアム、俺は誰かに感謝されたいなんて思わない。俺は本当に、今こうやって生きているだけでありがたいと思っている。俺が騎士団に入ったのは、罪をつぐなうためだ。見返りなんて求めていいわけがない」
 
「それはお前の罪じゃない、俺の罪だ」

 辛そうに言われる予想通りの言葉に、微笑と共に首を横に振った、その時。
 大通りに見覚えのある顔を見つけて、サギトの顔色が変わった。

 癖のあるブロンドの髪の優男。狡猾そうな眼光と、作り物のような笑顔。

 サギトにリーサ・ルイス殺しを依頼した貴族、サーネス・ドルトリーだ。
しおりを挟む
↓第9回BL小説大賞奨励賞いただけました
忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
感想 92

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている

いちみやりょう
BL
彼が負傷した隊員を庇って敵から剣で斬られそうになった時、自然と体が動いた。 「ジル!!!」 俺の体から血飛沫が出るのと、隊長が俺の名前を叫んだのは同時だった。 隊長はすぐさま敵をなぎ倒して、俺の体を抱き寄せてくれた。 「ジル!」 「……隊長……お怪我は……?」 「……ない。ジルが庇ってくれたからな」 隊長は俺の傷の具合でもう助からないのだと、悟ってしまったようだ。 目を細めて俺を見て、涙を耐えるように不器用に笑った。 ーーーー 『愛してる、ジル』 前の世界の隊長の声を思い出す。 この世界の貴方は俺にそんなことを言わない。 だけど俺は、前の世界にいた時の貴方の優しさが忘れられない。 俺のことを憎んで、俺に冷たく当たっても俺は貴方を信じたい。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

騎士団長の秘密

さねうずる
BL
「俺は、ポラール殿を好いている」 「「「 なんて!?!?!?」」 無口無表情の騎士団長が好きなのは別騎士団のシロクマ獣人副団長 チャラシロクマ×イケメン騎士団長

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

処理中です...