魔道暗殺者と救国の騎士

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
45 / 71

第22話 罪と罰(3)

しおりを挟む
 緑色の煙の中から、木彫りの人形が現れた。身の丈二メートルはあるだろう。
 四角い帽子に赤い外套、まん丸の目に口ひげを生やしたふざけた顔。手に大鉈を持っている。

 人形は騎士たちの真ん中に、大鉈を振り下ろした。洞窟内に土ぼこりがもうもうと舞う。グレアムの声掛けが一歩遅ければ、大きな犠牲が出ていただろう。

 ノエルが剣を降りぬき、飛び掛る。一太刀でその人形を両断した。分断されてもかたかたと動く人形に、グレアムが炎弾を浴びせ焼失させる。

 どこからともなく、しわがれた老人の声が洞窟内に反響した。

『なりませぬなあ、サギト様。裏切りはなりませぬ』

 それはサギトにグレアムの殺しを依頼した、ムジャヒールの妖術使いの声だった。

『魔王の末裔たるお方がランバルトごとき小国の手駒になると?笑止千万でございます。サギト様は我が皇帝陛下の右腕となるべきお方。この老体に鞭打ってでも、帝国に連れ帰らせていただきます』

 そして洞窟のあちこちから、緑色の煙が立ち上った。煙の中から、先ほどとそっくりの、でもちょっとづつ顔つきの違う大人形が続々と出現した。それぞれが、斧や剣や棍棒などを手にしている。

 人形たちはサギトめがけて一斉に飛び掛ってきた。サギトは咄嗟に自分の周囲に防護球を展開した。防護球が振り下ろされた武器をはじきかえした。
 サギトは周囲に闇を呼び出す。闇はドーナツのようにサギトを取り巻いた。闇の中から、黒い蝶が無数に出現した。
 蝶たちが鱗粉をばらまく。鱗粉に触れた人形たちが、一瞬で腐って崩れ落ちた。

 騎士たちが息を呑んだ。

「な、なんて魔術だ……」

 だが騎士たちの背後から、また緑色の煙がたなびいた。ぞくぞくと人形が召還され、騎士たちにも襲いかかる。
 グレアムがふっと笑いながらどやしつける。

「ほら働けお前ら、まだいるぞ!新入りに感心してる場合か!?」

 騎士たちは、はっとしたように、大人形たちに向かっていった。怯むことなく。さすが歴戦のグレアム護国騎士団といったところか。
 グレアムとノエルの手から、炎弾が乱れ打たれ、あちこちで人形が燃え上がった。

 サギトにもまだまだ人形が襲い掛かってきた。サギトは防御球と使い魔の「腐死蝶」でやり過ごしながら、考える。
 妖術使いはどこにいるのか。先程の妖術使いの声質は本体のものではなかった。本体はおそらくムジャヒール帝国にいる。
 生霊だ、と思った。どこかに妖術使いの生霊がいる。そいつが人形を操作しているのだ。

「ぐあああっ」

 騎士の一人が肩から鮮血を流して倒れた。

「くそっ、何体出てくるんだこいつらは!」

 既に数十体の人形を火炎魔術で消し炭にしているグレアムが苛立ちの色を見せた。
 グレアムは術者が魔力切れするまで全部の人形を倒すつもりなのだろうか。
 いつもそうやって力押しでやってきたのか?
 こいつにはそれが可能なのだろうが、随分と効率の悪い戦い方だ、とサギトは思った。
 
 サギトは左手の人差し指に力をいれた。かぎ爪が伸びてくる。その一本のかぎ爪で右の手のひらに傷をつけた。血が滲み出す。サギトは血に呪をこめて、ふうと息をはく。
 サギトの手のひらから、赤いしゃぼん玉が大量に、洞窟の中に放出された。

「な、なんだ!?」

 騎士たちが突然現れた謎のしゃぼん玉に狼狽している。

「サギト、これは……!」

「隠されたものをあぶり出す術だ」

 しゃぼんが当たってはじけたところ、赤い線が出現した。人形達から伸びる糸。見えない糸が、赤く色づく。
 全ての人形たちの糸が、洞窟の高い天井に向かって伸びていた。
 そこにいるコウモリに。

 サギトは天井のコウモリを指差した。

「あいつだ」

 グレアムはおお、と感心したように目を見開くと、サギトにウィンクする。

「ありがとな、さすがだぜお前!」

 言ってグレアムは手の中に黒い球体を作った。コウモリに向かって放り投げる。コウモリがバタバタと飛翔して球体を交わした。

『気づかれましたかぁ』

 羽を広げこちらに晒されたコウモリの顔は、人面だった。長いあごひげを生やした、例の妖術使い。 

『どうかお考え直し下さいサギト様。ランバルトのごとき野蛮国ではなくムジャヒール帝国こそがサギト様の……』

 その顔面に今度こそ、グレアムの黒い球体は直撃した。
 人面コウモリは影となって霧散する。
 人形達が一斉に停止した。そしてその全てが、緑の煙と共に消え去った。

 敵のいきなりの全消失に、騎士たちは虚をつかれたような顔をしていた。
 だが、一瞬後。
 うおおおおお、とどよめく歓声が洞窟内に響き渡った。
 グレアムが自慢げに言う。

「お前らサギトに感謝しろ、サギトが術者を見つけてくれた!」

 騎士たちが沸き立った。

「すごすぎるぞこの魔道は!」

「さすが団長が探し続けていた男だ!」

「我らはとてつもない味方を得たぞ!」

 えっ、とサギトは困惑する。まさかそんな反応が来るとは思わなかった。
 グレアムがサギトの肩に腕を回した。

「だろう、すごいだろ、こいつ!こいつがいれば妖術使いも怖くない!」

 ノエルがふっと微笑みながら言った。

「触れただけで腐らせるえぐい蝶々もなかなかでしたよ」

 グレアムが悪党のような笑みを浮かべてサギトに耳打ちする。

「言っておくが俺たちは、ムジャヒール軍すら泣いて逃げ出す、世界一の殺戮集団を自負してんだ。暗殺稼業なんて目じゃないくらいの血まみれの日々が待ってるから、覚悟しておけよ」

 サギトは苦笑する。その日々は一体、罪をつぐなうことになるのだろうか。まあいい、深くは考えるまい。

「上等だ。きっちり仕事せてもらおう」

「よしじゃあ、王都に帰還だ。王に要求全部飲ませてやるぞ。俺とサギトに守られたいなら、守るに値する国になれと言ってやる!」

 グレアムの大層な物言いに、騎士たちは陶酔するような歓声を上げた。
 皆の中心にいる英雄としてのグレアムを、サギトは何故か、誇らしく思った。
 サギトはこれからの日々に思いを巡らし、胸に手を当てた。

(俺が人々を救う、か)

 なぜか目頭が熱くなり、自分で自分に驚いた。もしかして自分はずっと、誰かを救うような仕事がしたかったのか。

 サギトはなぜ、薬屋になりたいと思ったのだったか。

――魔人の力で誰かを救えればいい

 もうずっと昔に、漠然と、そのように考えたような気がした。
 すっかり忘れていたそんな青い感情が、サギトの胸を熱くさせた。

 サギトの心の底で、熾火のようにくすぶっていた、小さな願い。
 それはサギト自身すら知らない場所で、消えることなく確かにずっと、存在し続けた願いだった。




-----------------------------------------------------------------------
エンディングまであと2話!

・サギトが薬屋になりたいと思った理由振り返り:

 第8話 回想/魔力を与える(1)
→「それに薬屋ならば、おぞましい魔人の力を誰かを救うために役立てることができる。
 疎ましい魔力でも人の命を救えれば、サギトの何かが満たされるような気がした」
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

アリスと魔法の薬箱~何もかも奪われ国を追われた薬師の令嬢ですが、ここからが始まりです!~

有沢真尋
ファンタジー
 アリスは、代々癒やしの魔法を持つ子爵家の令嬢。しかし、父と兄の不慮の死により、家名や財産を叔父一家に奪われ、平民となる。  それでもアリスは、一族の中で唯一となった高度な魔法の使い手。家名を冠した魔法薬草の販売事業になくなてはならぬ存在であり、叔父一家が実権を握る事業に協力を続けていた。  ある時、叔父が不正をしていることに気づく。「信頼を損ない、家名にも傷がつく」と反発するが、逆に身辺を脅かされてしまう。  そんなアリスに手を貸してくれたのは、訳ありの騎士。アリスの癒やし手としての腕に惚れ込み、隣国までの護衛を申し出てくれた。  行き場のないアリスは、彼の誘いにのって、旅に出ることに。 ※「その婚約破棄、巻き込まないでください」と同一世界観です。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま・他サイトにも公開あり

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

処理中です...