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第22話 罪と罰(1)
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十年の歳月を埋めるように、グレアムはその後もサギトを何度も求めた。サギトは溶かされ焦がされ、乱れた。自分自身を解き放つように。
ようやく精が尽きて二人は眠った。根のように強く互いの体を絡ませ合って。
どれだけの時間が経過しただろう。サギトのほうが先に目覚めた。体を持ち上げる。サギトに巻きついていたグレアムの腕がだらりと落ちた。サギトは微笑し、その髪を撫でた。
安らかな寝顔を見つめ、愛しさと苦しさが胸を刺した。もう一緒にはいられない。サギトは大量殺人鬼のお尋ね者だ。
これからどうするか。
監獄に戻って処刑されても良いのだが、それではきっとグレアムが悲しむだろう。だから、ただいなくなろうと思った。
どこか遠い国に行き、グレアムにばれないようにひっそりと自害しよう。
重ねた罪をつぐなうために。
野営地の道具箱の中をあさった。適当な服を見つけ、身につける。フード付きの灰色のマントもあったので身を包んだ。
さあ、行こう。
洞窟の出口へと歩もうとした時。
「どこへ行く?」
サギトの背中にグレアムが声を掛ける。サギトは参ったな、と苦笑する。起きてしまったか。グレアムが立ち上がりサギトに近づく。サギトの腕をとって振り向かせた。
「まさか、いなくなろうとしてるんじゃないだろうな」
「脱獄させてくれてありがとう、助かったよ。俺は外国に逃亡させてもらう。お前は早く城に戻れ。国を守るという大事な役目があるだろう?国の英雄のお前なら、脱獄幇助罪も罰金刑くらいで済むんじゃないか?」
「行かせない。サギトは俺のそばにいろ」
サギトはため息をついて笑いかけた。
「そんなわけには、いかないじゃないか。生きていればいつかまた、会うこともあるさ」
「じゃあ俺も一緒に逃げる」
「は?」
「俺もサギトと高飛びする」
「な、何を言ってるんだ!」
「駄目と言ってもついていくからな」
「お前は護国騎士団長なんだろ!」
「もう騎士はやめる」
「何を無責任なことを!」
そこに、別の誰かの声が降ってきた。
「サギトさんのおっしゃるとおりですよ」
穏やかで上品な男の声。かつかつという足音と共に。
二人ははっと振り向いた。
「ノエル……」
グレアムがつぶやく。それは護国騎士団の副長と名乗った、あの長い金髪の男だった。
ノエルは声を張った。洞窟にその声音が響く。
「脱獄囚『影の目』と、幇助の騎士団長グレアム=クランクを発見した!集合せよ!」
大勢の足音が洞窟内を揺るがした。やがて百名は下らないだろう、騎士服を着た男達がわらわらと集って来る。
ノエルはグレアムを見据えて言う。
「お迎えにあがりました、団長。王都にお戻り下さい」
「断る。俺はもう騎士をやめる」
ノエルの緑色の瞳が鋭利に光る。
「国を、いえ聖教圏全てを見捨てるのですか」
グレアムは肩をすくめた。
「俺がいなくても、なんとかなるだろー」
「なりません。貴方が一番よくご存知でしょう?六年前、帝国は妖獣という凶悪な生体兵器を戦に投入するようになった。この六年で妖獣の脅威の前に帝国周辺国の多くが敗北し地図から消えていった。この国には貴方がいるから、かろうじて踏みとどまれている。貴方を失ったらムジャヒールに落ちる」
そこでグレアムの口元が皮肉めいて歪んだ。
「ムジャヒールの統治も悪くないかもしれないぞ。ムジャヒールは頭のおかしい変態侵略国家だが、一つだけいいところがある。この国みたいに人種で差別しない。有能な人材を恵まれない境遇に追いやって、犯罪へと駆り立てたりしない」
「何が言いたいんです?」
「うちも一回征服されて、文明化してもらったらいいんじゃねえ?」
ノエルは頬をぴくぴくとひきつらせた。
「舐めたことをおっしゃ仰いますねえ。本気で仰ってるなら、今かなり、ムカつきましたよ?帝国に征服されたユゴール公国では、ジャヒン教への改宗を拒んだ数万の良民が皆殺しにされた。ジャヒン教に帰依したところで、聖なる儀式の為と言われ、幼子は妖獣の餌にされ、生娘は妖獣を産むため犯される。しかもいかがわしい薬草で洗脳されたジャヒン教徒たちは、嬉々としてわが子を差し出すんです。生き地獄に住みながら、彼らは自分たちは幸せだと思い込まされている。あのおぞましい邪教帝国が、文明であるわけがない!」
珍しく声を荒げ、ムジャヒールへの怒りあらわに語るノエル。その恐ろしい内容に、そうだったのか、とサギトは思う。街の表面を見学しただけでは分からない、そんな闇を抱えていたか。ユートピアなど存在しなかったわけか。
グレアムは皮肉めいた物言いを続ける。
「それを言ったらランバルトだって忌人にとっちゃ生き地獄だぞ?こんな碌でもない国が文明であるわけもない」
「それ以上、祖国を侮辱するのはたとえ団長であっても許せません!」
苛立ちをぶつけるノエルに、グレアムはにっと笑った。
「お前のその意外に熱血で愛国野郎なとこ、すごく好きだぜ。さすが貴族なのにわざわざ士官学校に入って選抜騎士になるだけのことはあるな。お前の方が向いてるって騎士団長」
ノエルは呆れ切ったという顔で首を振った。
「私に貴方のようなバケモノの代わりが務まるわけないでしょう!」
「バケモノ言うな。てか、なんでお前たち護国騎士団が捜索してんだ?脱獄囚の捜索なんて警察の仕事だろ」
「警察の皆さんの手に負えますか、貴方が。でも貴方はお優しいから、自ら鍛えた我々には手加減して下さるかと」
グレアムはふっと鼻で笑う。
「ずるいな」
ようやく精が尽きて二人は眠った。根のように強く互いの体を絡ませ合って。
どれだけの時間が経過しただろう。サギトのほうが先に目覚めた。体を持ち上げる。サギトに巻きついていたグレアムの腕がだらりと落ちた。サギトは微笑し、その髪を撫でた。
安らかな寝顔を見つめ、愛しさと苦しさが胸を刺した。もう一緒にはいられない。サギトは大量殺人鬼のお尋ね者だ。
これからどうするか。
監獄に戻って処刑されても良いのだが、それではきっとグレアムが悲しむだろう。だから、ただいなくなろうと思った。
どこか遠い国に行き、グレアムにばれないようにひっそりと自害しよう。
重ねた罪をつぐなうために。
野営地の道具箱の中をあさった。適当な服を見つけ、身につける。フード付きの灰色のマントもあったので身を包んだ。
さあ、行こう。
洞窟の出口へと歩もうとした時。
「どこへ行く?」
サギトの背中にグレアムが声を掛ける。サギトは参ったな、と苦笑する。起きてしまったか。グレアムが立ち上がりサギトに近づく。サギトの腕をとって振り向かせた。
「まさか、いなくなろうとしてるんじゃないだろうな」
「脱獄させてくれてありがとう、助かったよ。俺は外国に逃亡させてもらう。お前は早く城に戻れ。国を守るという大事な役目があるだろう?国の英雄のお前なら、脱獄幇助罪も罰金刑くらいで済むんじゃないか?」
「行かせない。サギトは俺のそばにいろ」
サギトはため息をついて笑いかけた。
「そんなわけには、いかないじゃないか。生きていればいつかまた、会うこともあるさ」
「じゃあ俺も一緒に逃げる」
「は?」
「俺もサギトと高飛びする」
「な、何を言ってるんだ!」
「駄目と言ってもついていくからな」
「お前は護国騎士団長なんだろ!」
「もう騎士はやめる」
「何を無責任なことを!」
そこに、別の誰かの声が降ってきた。
「サギトさんのおっしゃるとおりですよ」
穏やかで上品な男の声。かつかつという足音と共に。
二人ははっと振り向いた。
「ノエル……」
グレアムがつぶやく。それは護国騎士団の副長と名乗った、あの長い金髪の男だった。
ノエルは声を張った。洞窟にその声音が響く。
「脱獄囚『影の目』と、幇助の騎士団長グレアム=クランクを発見した!集合せよ!」
大勢の足音が洞窟内を揺るがした。やがて百名は下らないだろう、騎士服を着た男達がわらわらと集って来る。
ノエルはグレアムを見据えて言う。
「お迎えにあがりました、団長。王都にお戻り下さい」
「断る。俺はもう騎士をやめる」
ノエルの緑色の瞳が鋭利に光る。
「国を、いえ聖教圏全てを見捨てるのですか」
グレアムは肩をすくめた。
「俺がいなくても、なんとかなるだろー」
「なりません。貴方が一番よくご存知でしょう?六年前、帝国は妖獣という凶悪な生体兵器を戦に投入するようになった。この六年で妖獣の脅威の前に帝国周辺国の多くが敗北し地図から消えていった。この国には貴方がいるから、かろうじて踏みとどまれている。貴方を失ったらムジャヒールに落ちる」
そこでグレアムの口元が皮肉めいて歪んだ。
「ムジャヒールの統治も悪くないかもしれないぞ。ムジャヒールは頭のおかしい変態侵略国家だが、一つだけいいところがある。この国みたいに人種で差別しない。有能な人材を恵まれない境遇に追いやって、犯罪へと駆り立てたりしない」
「何が言いたいんです?」
「うちも一回征服されて、文明化してもらったらいいんじゃねえ?」
ノエルは頬をぴくぴくとひきつらせた。
「舐めたことをおっしゃ仰いますねえ。本気で仰ってるなら、今かなり、ムカつきましたよ?帝国に征服されたユゴール公国では、ジャヒン教への改宗を拒んだ数万の良民が皆殺しにされた。ジャヒン教に帰依したところで、聖なる儀式の為と言われ、幼子は妖獣の餌にされ、生娘は妖獣を産むため犯される。しかもいかがわしい薬草で洗脳されたジャヒン教徒たちは、嬉々としてわが子を差し出すんです。生き地獄に住みながら、彼らは自分たちは幸せだと思い込まされている。あのおぞましい邪教帝国が、文明であるわけがない!」
珍しく声を荒げ、ムジャヒールへの怒りあらわに語るノエル。その恐ろしい内容に、そうだったのか、とサギトは思う。街の表面を見学しただけでは分からない、そんな闇を抱えていたか。ユートピアなど存在しなかったわけか。
グレアムは皮肉めいた物言いを続ける。
「それを言ったらランバルトだって忌人にとっちゃ生き地獄だぞ?こんな碌でもない国が文明であるわけもない」
「それ以上、祖国を侮辱するのはたとえ団長であっても許せません!」
苛立ちをぶつけるノエルに、グレアムはにっと笑った。
「お前のその意外に熱血で愛国野郎なとこ、すごく好きだぜ。さすが貴族なのにわざわざ士官学校に入って選抜騎士になるだけのことはあるな。お前の方が向いてるって騎士団長」
ノエルは呆れ切ったという顔で首を振った。
「私に貴方のようなバケモノの代わりが務まるわけないでしょう!」
「バケモノ言うな。てか、なんでお前たち護国騎士団が捜索してんだ?脱獄囚の捜索なんて警察の仕事だろ」
「警察の皆さんの手に負えますか、貴方が。でも貴方はお優しいから、自ら鍛えた我々には手加減して下さるかと」
グレアムはふっと鼻で笑う。
「ずるいな」
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