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第20話 夜を駆ける
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サギトは浅い眠りに落ちていた。
短い夢を見た。
孤児院でサギトが泣いていて、グレアムがどこからともなくやって来てサギトの頭を撫でてくれた。サギトは気恥ずかしくなる。
なんでお前はいつも、来てくれるのだろう、と。
目覚めてサギトは、どっと憂鬱な気分に見舞われる。
ひどい夢を見た。神の罰かとすら思った。
キイイイイ、という金属音がした。牢の扉が開く音。はっとして振り向き、サギトは固まる。
グレアムがいた。
グレアムが牢の扉を開けて入ってくる。手に鍵の束を持って。
驚き物も言えないサギトのそばに、グレアムは身を屈めた。サギトの手かせと足かせの鍵穴に鍵をさし、手際よく解錠した。
その不可解すぎる行動に、サギトの目が点になる。グレアムは、よしとつぶやき、解放されたサギトの手を取った。
まっすぐな瞳でサギトを見つめて言った。
「逃げるぞ」
「は!?」
全然、意味が分からなかった。
面食らうサギトの服を見て、グレアムは眉をひそめた。鞭で打たれて破れたところがそのままで、ぼろぼろの状態だった。
「すまん、ちょっといいか」
グレアムがサギトのぼろぼろの服をめくり、顔を強張らせた。サギトの体には鞭の傷跡がミミズ腫れとなって沢山のたくっていた。
グレアムは下唇を噛んで囁く。
「なんてひどいことを」
「な、何を言っているんだ、俺はお前を殺そうとした罪人だ。鞭を打たれて当然だ」
サギトの体に、グレアムは手をかざした。
「待て、何を、まさか」
その手から暖かい光が照らされ、サギトの体の傷が綺麗に消えていく。素晴らしい治癒魔術だった。
「どうして!」
サギトはグレアムの行動が全然理解できなかった。なぜサギトの傷を治すのか。
「背中も見せてくれ」
グレアムはサギトを抱きよせて背中をめくった。
「っ!」
サギトは息を飲む。背中の鞭傷を見て、グレアムはまた「ひどい」と憎憎しげにつぶやいた。そしてグレアムはサギトを抱き、背中に手をかざし治癒していく。
グレアムの胸に顔を埋め、背中を優しく治癒される。
なんだこれは、なんだこの状況は。
わけがわからな過ぎて、ただ心臓が早鐘を打った。
背中を治癒し終わり、グレアムはサギトの両肩を持って頭から足先まで確認するように見回す。
「他にはないか、足や腕は」
「だ、大丈夫だ!もう鞭傷はない!」
「本当か?」
「ああ!」
グレアムは安心したように微笑んだ。
「じゃあ逃げるか」
「なっ」
グレアムはサギトの手を引いて立たせた。そのままサギトをひっぱり、牢から出ようとする。サギトは抗った。
「待て!何を考えてるんだお前は!」
「大丈夫、看守は全員眠らせた」
「はあ!?」
(一体、何をしてるんだお前は!)
「さあ、早く」
背を向けたグレアムは、後ろ手でサギトの腕を掴んだまま無理矢理、前に進もうとする。サギトは足を踏ん張って必死に抵抗した。
つまりグレアムはサギトを脱走させようとしているのか?そんなことしたらグレアムが罪人になってしまうじゃないか。
「嫌だ、逃げない!俺は処刑されたいんだ!もう楽にさせてくれ!」
グレアムはサギトを引く手を止めた。こちらに振り向いた。サギトの顔をまじまじと見つめた。サギトはほっとする。よかったこれで馬鹿な考えをやめてくれる。
と、思ったら。
体が突然、宙に浮かんだ。
「えっ……」
サギトはグレアムの左肩に抱きかかえられていた。
「なっ!ちょっ、離せっ!」
「処刑なんて絶対にさせない」
グレアムはサギトを抱えたまま牢を出て、地下室の階段を昇っていく。
「ふざけるな、離せと言ってる!」
暴れたがびくともしなかった。これが武人の肉体か。グレアムは一階に上がると堂々と正面玄関を目指した。見ればそこかしこで看守が気絶していた。
監獄の両開きの重厚な鉄扉を押し開けて、外に出る。
月のない真っ暗な夜だった。高い堅牢な壁がぐるりと取り巻いていた。その上空に星がまたたいている。
壁の門番がこちらに振り向いた。
「グレアム様?いかがされ……」
言い終わらないうちに、グレアムの右手から発せられた小さな電流の玉に当たって気絶してしまった。
(なんてことを!完全に悪人じゃないかお前は!)
呆れ返るサギトを尻目に、グレアムは目の前に腕を突き出した。空間に巨大な闇の穴が生じる。闇からドラゴンに似た生き物が出現した。だがドラゴンと違って、二本足だ。両腕が巨大な翼と化した形態。
「ワイ……バーン……」
サギトはつぶやいた。なかなか立派な使い魔をこしらえてる、などとあさってなことを思ってしまった。
グレアムはサギトを抱えたまま、ワイバーンの背中に飛び乗った。そのコウモリのような巨大な翼をはためかせ、ワイバーンは上空へと舞い上がる。
空の上でやっと、グレアムはサギトを肩から下ろした。サギトを自分の前に置き、ワイバーンにまたがらせる。風に煽られながらサギトは叫んだ。
「英雄のお前が殺人者を助けてどうする!」
「俺も戦場でたくさんの人を殺した。俺の殺した人数はお前よりずっと多い」
「それは全然、話が違うだろう!だいたい俺はお前を殺そうとしたんだぞ!」
「してない。俺は生きてる」
「それは俺が失敗しただけで!」
「失敗じゃない。『影の目』が失敗するわけがない。サギトは俺を殺せなかったんだ」
「……」
サギトは言葉に詰まる。もしかしたらそれは図星かもしれなかった。あの時サギトは、致死量の毒の呪をちゃんと注いだのだろうか。よく覚えていない。
この後グレアムは極めて不可解なことを言った。
「次は手加減するな。ちゃんと殺せ」
「……は?」
「ムジャヒールの宮廷魔道士になるんだろ。俺の首を帝国に持っていけ」
「な、何を言い出すんだ!」
その時、突然の衝撃がワイバーンの巨体をがくんと揺らした。
ワイバーンが甲高い声で叫んだ。
グレアムがちっと舌打ちをした。
「矢が当たった、追っ手だ!まくぞワイバーン!しっかりつかまってろサギト!」
ワイバーンは大きく咆哮すると、とてつもないスピードで飛び退った。
眼下の街の光が流星のように後ろに流れていく。
空間を切り裂き、風よりも速く、ワイバーンは夜空を突き抜けて行った。
短い夢を見た。
孤児院でサギトが泣いていて、グレアムがどこからともなくやって来てサギトの頭を撫でてくれた。サギトは気恥ずかしくなる。
なんでお前はいつも、来てくれるのだろう、と。
目覚めてサギトは、どっと憂鬱な気分に見舞われる。
ひどい夢を見た。神の罰かとすら思った。
キイイイイ、という金属音がした。牢の扉が開く音。はっとして振り向き、サギトは固まる。
グレアムがいた。
グレアムが牢の扉を開けて入ってくる。手に鍵の束を持って。
驚き物も言えないサギトのそばに、グレアムは身を屈めた。サギトの手かせと足かせの鍵穴に鍵をさし、手際よく解錠した。
その不可解すぎる行動に、サギトの目が点になる。グレアムは、よしとつぶやき、解放されたサギトの手を取った。
まっすぐな瞳でサギトを見つめて言った。
「逃げるぞ」
「は!?」
全然、意味が分からなかった。
面食らうサギトの服を見て、グレアムは眉をひそめた。鞭で打たれて破れたところがそのままで、ぼろぼろの状態だった。
「すまん、ちょっといいか」
グレアムがサギトのぼろぼろの服をめくり、顔を強張らせた。サギトの体には鞭の傷跡がミミズ腫れとなって沢山のたくっていた。
グレアムは下唇を噛んで囁く。
「なんてひどいことを」
「な、何を言っているんだ、俺はお前を殺そうとした罪人だ。鞭を打たれて当然だ」
サギトの体に、グレアムは手をかざした。
「待て、何を、まさか」
その手から暖かい光が照らされ、サギトの体の傷が綺麗に消えていく。素晴らしい治癒魔術だった。
「どうして!」
サギトはグレアムの行動が全然理解できなかった。なぜサギトの傷を治すのか。
「背中も見せてくれ」
グレアムはサギトを抱きよせて背中をめくった。
「っ!」
サギトは息を飲む。背中の鞭傷を見て、グレアムはまた「ひどい」と憎憎しげにつぶやいた。そしてグレアムはサギトを抱き、背中に手をかざし治癒していく。
グレアムの胸に顔を埋め、背中を優しく治癒される。
なんだこれは、なんだこの状況は。
わけがわからな過ぎて、ただ心臓が早鐘を打った。
背中を治癒し終わり、グレアムはサギトの両肩を持って頭から足先まで確認するように見回す。
「他にはないか、足や腕は」
「だ、大丈夫だ!もう鞭傷はない!」
「本当か?」
「ああ!」
グレアムは安心したように微笑んだ。
「じゃあ逃げるか」
「なっ」
グレアムはサギトの手を引いて立たせた。そのままサギトをひっぱり、牢から出ようとする。サギトは抗った。
「待て!何を考えてるんだお前は!」
「大丈夫、看守は全員眠らせた」
「はあ!?」
(一体、何をしてるんだお前は!)
「さあ、早く」
背を向けたグレアムは、後ろ手でサギトの腕を掴んだまま無理矢理、前に進もうとする。サギトは足を踏ん張って必死に抵抗した。
つまりグレアムはサギトを脱走させようとしているのか?そんなことしたらグレアムが罪人になってしまうじゃないか。
「嫌だ、逃げない!俺は処刑されたいんだ!もう楽にさせてくれ!」
グレアムはサギトを引く手を止めた。こちらに振り向いた。サギトの顔をまじまじと見つめた。サギトはほっとする。よかったこれで馬鹿な考えをやめてくれる。
と、思ったら。
体が突然、宙に浮かんだ。
「えっ……」
サギトはグレアムの左肩に抱きかかえられていた。
「なっ!ちょっ、離せっ!」
「処刑なんて絶対にさせない」
グレアムはサギトを抱えたまま牢を出て、地下室の階段を昇っていく。
「ふざけるな、離せと言ってる!」
暴れたがびくともしなかった。これが武人の肉体か。グレアムは一階に上がると堂々と正面玄関を目指した。見ればそこかしこで看守が気絶していた。
監獄の両開きの重厚な鉄扉を押し開けて、外に出る。
月のない真っ暗な夜だった。高い堅牢な壁がぐるりと取り巻いていた。その上空に星がまたたいている。
壁の門番がこちらに振り向いた。
「グレアム様?いかがされ……」
言い終わらないうちに、グレアムの右手から発せられた小さな電流の玉に当たって気絶してしまった。
(なんてことを!完全に悪人じゃないかお前は!)
呆れ返るサギトを尻目に、グレアムは目の前に腕を突き出した。空間に巨大な闇の穴が生じる。闇からドラゴンに似た生き物が出現した。だがドラゴンと違って、二本足だ。両腕が巨大な翼と化した形態。
「ワイ……バーン……」
サギトはつぶやいた。なかなか立派な使い魔をこしらえてる、などとあさってなことを思ってしまった。
グレアムはサギトを抱えたまま、ワイバーンの背中に飛び乗った。そのコウモリのような巨大な翼をはためかせ、ワイバーンは上空へと舞い上がる。
空の上でやっと、グレアムはサギトを肩から下ろした。サギトを自分の前に置き、ワイバーンにまたがらせる。風に煽られながらサギトは叫んだ。
「英雄のお前が殺人者を助けてどうする!」
「俺も戦場でたくさんの人を殺した。俺の殺した人数はお前よりずっと多い」
「それは全然、話が違うだろう!だいたい俺はお前を殺そうとしたんだぞ!」
「してない。俺は生きてる」
「それは俺が失敗しただけで!」
「失敗じゃない。『影の目』が失敗するわけがない。サギトは俺を殺せなかったんだ」
「……」
サギトは言葉に詰まる。もしかしたらそれは図星かもしれなかった。あの時サギトは、致死量の毒の呪をちゃんと注いだのだろうか。よく覚えていない。
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「次は手加減するな。ちゃんと殺せ」
「……は?」
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「な、何を言い出すんだ!」
その時、突然の衝撃がワイバーンの巨体をがくんと揺らした。
ワイバーンが甲高い声で叫んだ。
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