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第16話 悔い
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グレアムはまた、執務室の机に突っ伏していた。前回以上に落ち込んでいた。
副長がやってきた。ノックをしてドアを開けながら、
「当騎士団の運営費、王宮への増額請求の件なんですが……。おや、どうしました?」
グレアムは突っ伏したまま、
「断られた」
ノエルはため息をつきつつ、近づいてくる。
「今度は何したんです?」
グレアムは、がばと頭を上げた。
「こ、今回は何もしてない!ただ買い物しただけで!お前が相手が薬屋なら薬の一つも買ってから話すのが礼儀とか言ってただろ、ちゃんとそれも守った!」
「確かに言いましたが、ちゃんと自然な感じで買い物できました?何を買ったんです?」
グレアムがぐっと答えに詰まる。まさか買った品物を尋ねられるとは思わなかった。
グレアムは目をそらした。
「べ、別になんでもいいじゃないか」
副長の視線がピリッとした。鋭いやつだちくしょう、とグレアムは思う。
「何、買ったんです?」
逃がしてくれなさそうな圧だった。
グレアムはしぶしぶ、騎士服の上着の内ポケットから小瓶を出した。副長はそれをもぎ取り、説明書きを眺める。
そのまま無言で固まってしまった。
「……」
「な、なんか言え!」
毒舌でもいいから言葉を発して欲しかった。ノエルは苦笑い一つ浮かべずに、
「お相手、どんなご様子でした?」
「すごく不快そうな仏頂面……」
「……」
また無言。
「分かってるよまずかったよな、俺も買った後で気づいた!だからちゃんと言い訳もしておいた!」
「なんて?」
「使用の為じゃなく妄想の為だから警戒するなと!」
ノエルは無表情のまま、その小瓶を机に置いた。
「断言します。1000パーセント嫌われました」
「えっ」
桁がおかしくないか?
「もうその方に近づかないであげてください、お可哀想すぎますから!」
呆れを通り越し完全に軽蔑した冷たい顔で、持っていた書類をドンと置く。背を向けさっさと出て行ってしまった。輝く長い金髪が扉の向こうにバタンと消える。
「うう……」
グレアムはますます落ち込んだ。
だが今回断られた原因はこの小瓶ではないだろう。もっとずっと根深いものだ。
忌人を蔑む国民の為に、忌人が命を張れるのか。
グレアムはその問いを何度も頭の中で反芻した。サギトの言葉はもっともであるように思われた。
サギトはグレアムが考えていた以上に、紫眼であることに苦しんでいたのだ。
グレアムは、この十年サギトは一体どのように過ごしてきたのだろうと気になった。自分が想像する以上に、壮絶な辛酸をなめて来たのではないかと。
購入した小瓶を手に取る。文字はすすけ、ガラス瓶も黄ばんでいる。今日店内をよく見てみたが、どの商品もこんな感じだった。商売はうまくいっていないのだろう。
――哀れみのつもりか、施しなんていらない
サギトのあの言葉には、蓄積された痛みの吐露のようなものが感じられた。グレアムの知らない沢山の傷を、サギトは抱えているのではないか。
胸がきしんだ。サギトはたった一人で、何に傷つき、何に苦しんできたのか。
グレアムはこの十年のサギトを何も知らない。
知らねばならないと思った。
そばにいて守ってやれなかったことを悔やんだ。もしかしたら俺は騎士になんてなるべきじゃなかったのでは、とすら。騎士になんてならず、サギトのそばにいればよかった。
どうしてあの繊細な少年を、この残酷な世の中で一人ぼっちにしてしまったのだろう。
今からでも間に合うだろうか。
今からでもグレアムは、サギトを傷つける全てのものから彼を守ることはできるだろうか。
沢山話をしたいと思った。この十年の全てを知りたいと。でも今のサギトは、グレアムに固く心を閉ざしている。
果たしてまた会ってくれるだろうか。と、思い悩んだとき。
窓をコツコツと叩く音がした。
振り向くと、地味なキジバトが窓枠に止まり、窓ガラスを叩いている。足に手紙を入れる筒を括り付けて。
(伝書鳩?)
だがこの執務室に伝書鳩が来たことなど一度もなかった。訝しみながらも窓を開け、鳩の足の筒の蓋を開けた。そこに丸められた手紙を取り出し、開く。
グレアムは目を見張る。サギトからだった。
『グレアムへ。サギトだ。先ほどは感情的になって悪かった。落ち着いて話をしたい。今日の夕刻五時にルービン川のオルド橋東岸側で待っている』
なんてことだろう、まさかサギトの方から呼び出してくれるとは!グレアムはよし、と拳を固める。
急ぎ、机の上のメモ帳を引きちぎり、了解の文字をしたためた。鳩の足の筒の中に入れて蓋を閉める。鳩はバタバタと飛び去っていく。
喜びに胸が華やいだ。
そして思った。まだ間に合う、と。
グレアムは心に誓う。
サギトを救い、守る。
もう何にも、彼を傷つけさせはしない。
必ずサギトを幸せにする。
副長がやってきた。ノックをしてドアを開けながら、
「当騎士団の運営費、王宮への増額請求の件なんですが……。おや、どうしました?」
グレアムは突っ伏したまま、
「断られた」
ノエルはため息をつきつつ、近づいてくる。
「今度は何したんです?」
グレアムは、がばと頭を上げた。
「こ、今回は何もしてない!ただ買い物しただけで!お前が相手が薬屋なら薬の一つも買ってから話すのが礼儀とか言ってただろ、ちゃんとそれも守った!」
「確かに言いましたが、ちゃんと自然な感じで買い物できました?何を買ったんです?」
グレアムがぐっと答えに詰まる。まさか買った品物を尋ねられるとは思わなかった。
グレアムは目をそらした。
「べ、別になんでもいいじゃないか」
副長の視線がピリッとした。鋭いやつだちくしょう、とグレアムは思う。
「何、買ったんです?」
逃がしてくれなさそうな圧だった。
グレアムはしぶしぶ、騎士服の上着の内ポケットから小瓶を出した。副長はそれをもぎ取り、説明書きを眺める。
そのまま無言で固まってしまった。
「……」
「な、なんか言え!」
毒舌でもいいから言葉を発して欲しかった。ノエルは苦笑い一つ浮かべずに、
「お相手、どんなご様子でした?」
「すごく不快そうな仏頂面……」
「……」
また無言。
「分かってるよまずかったよな、俺も買った後で気づいた!だからちゃんと言い訳もしておいた!」
「なんて?」
「使用の為じゃなく妄想の為だから警戒するなと!」
ノエルは無表情のまま、その小瓶を机に置いた。
「断言します。1000パーセント嫌われました」
「えっ」
桁がおかしくないか?
「もうその方に近づかないであげてください、お可哀想すぎますから!」
呆れを通り越し完全に軽蔑した冷たい顔で、持っていた書類をドンと置く。背を向けさっさと出て行ってしまった。輝く長い金髪が扉の向こうにバタンと消える。
「うう……」
グレアムはますます落ち込んだ。
だが今回断られた原因はこの小瓶ではないだろう。もっとずっと根深いものだ。
忌人を蔑む国民の為に、忌人が命を張れるのか。
グレアムはその問いを何度も頭の中で反芻した。サギトの言葉はもっともであるように思われた。
サギトはグレアムが考えていた以上に、紫眼であることに苦しんでいたのだ。
グレアムは、この十年サギトは一体どのように過ごしてきたのだろうと気になった。自分が想像する以上に、壮絶な辛酸をなめて来たのではないかと。
購入した小瓶を手に取る。文字はすすけ、ガラス瓶も黄ばんでいる。今日店内をよく見てみたが、どの商品もこんな感じだった。商売はうまくいっていないのだろう。
――哀れみのつもりか、施しなんていらない
サギトのあの言葉には、蓄積された痛みの吐露のようなものが感じられた。グレアムの知らない沢山の傷を、サギトは抱えているのではないか。
胸がきしんだ。サギトはたった一人で、何に傷つき、何に苦しんできたのか。
グレアムはこの十年のサギトを何も知らない。
知らねばならないと思った。
そばにいて守ってやれなかったことを悔やんだ。もしかしたら俺は騎士になんてなるべきじゃなかったのでは、とすら。騎士になんてならず、サギトのそばにいればよかった。
どうしてあの繊細な少年を、この残酷な世の中で一人ぼっちにしてしまったのだろう。
今からでも間に合うだろうか。
今からでもグレアムは、サギトを傷つける全てのものから彼を守ることはできるだろうか。
沢山話をしたいと思った。この十年の全てを知りたいと。でも今のサギトは、グレアムに固く心を閉ざしている。
果たしてまた会ってくれるだろうか。と、思い悩んだとき。
窓をコツコツと叩く音がした。
振り向くと、地味なキジバトが窓枠に止まり、窓ガラスを叩いている。足に手紙を入れる筒を括り付けて。
(伝書鳩?)
だがこの執務室に伝書鳩が来たことなど一度もなかった。訝しみながらも窓を開け、鳩の足の筒の蓋を開けた。そこに丸められた手紙を取り出し、開く。
グレアムは目を見張る。サギトからだった。
『グレアムへ。サギトだ。先ほどは感情的になって悪かった。落ち着いて話をしたい。今日の夕刻五時にルービン川のオルド橋東岸側で待っている』
なんてことだろう、まさかサギトの方から呼び出してくれるとは!グレアムはよし、と拳を固める。
急ぎ、机の上のメモ帳を引きちぎり、了解の文字をしたためた。鳩の足の筒の中に入れて蓋を閉める。鳩はバタバタと飛び去っていく。
喜びに胸が華やいだ。
そして思った。まだ間に合う、と。
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サギトを救い、守る。
もう何にも、彼を傷つけさせはしない。
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