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第15話 来客(1)
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どうやってグレアムを殺そうか。
帝国の妖術使いにグレアム殺害依頼を受けた翌日。一階の店舗スペースの奥にある部屋で、サギトは机に向かって思考を巡らせていた。
時間はなかった。グレアムは今、一時の休暇として王都にいるだけで、すぐに国境へ戻るだろう。王都にいる間に、つまり今すぐにでも殺さなければならない。
妖術使いが言った通り、旧友であることを最大限利用して油断させて殺すのが一番確実ではあるだろう。口実をつけ、人気のない所に誘い出す。どうやって?手紙でも書くか。足がつくが、どうせムジャヒールに高飛びをするのだから構わない。
その時、店舗の方からドアベルの音がした。サギトは思考を中断される。また一人、紫眼の店と知らず入ってしまったうっかり屋が来たか、と思いながら、席を立った。店舗スペースへの扉を開ける。
グレアムが、物色するように商品を手にとって眺めていた。
サギトはびくりと肩を揺らす。自分が情けなかった。何をびくついているんだ、と。
また来たのか。そういえばまた来ると言っていた。
サギトは緊張する自分を叱咤する。恐れるな、相手はただのターゲットだ。今まで数多殺してきた、その中の一人となるだけの男だ。手紙を書かずとも向こうから来た、ちょうどいいと思わねば。
サギトは冷静を装い声を掛けた。
「何の用だ」
グレアムは、あっと顔をあげた。なにやら慌てた風で。昨日来た時よりずいぶん、落ち着きがない様子だ。
「えっと、あの。……そ、そうだ買い物をしようかな。こ、これくれ!」
言って、手にした小瓶を掲げて見せた。
サギトはそれを一瞥して、眉根を寄せた。尋ねる。
「それがなんだか分かってるのか?」
それは、調合が簡単でそれなりに安定需要があるのでどこの薬屋にも置いてある品物だ。だがこの男に必要なものとは思えなかった。グレアムはカウンターに近づきながら、小瓶に書かれた説明を読んだ。
「男性同士の性交時に使う潤滑剤。って書いてあるな」
そしてカウンターにとんと置き、こともなげに言う。
「いくらだ?」
サギトは舌打ちをしながらカウンターの内側に入った。「とりあえず何か買う」といういらぬ気遣いを見せるならば、せめて己に必要なものを買え、と思った。不要なものを適当に買って、それで気遣いになるとでも思っているのか。施しを受けているようでかえって傷つくのが分からないのか。
あるいは分かってて、やっているのか?「これは惨めなお前への施しだぞ」とあからさまに示して、傷つけるために。
込み上げて来た苛立ちを懸命に抑えながら、値段を告げた。
「九百マルツだ」
グレアムはぴったりの代金をカウンターに置いた。サギトは仏頂面でそれをレジにしまう。サギトの仏頂面をどう解釈したのか、グレアムがなにやら言い訳がましいことを言って来た。
「あっ、た、他意はないぞ!これは別にそういうアピールとかではない、だから警戒しないで欲しい、って言っても無理か。そ、そうだなちょっとお前からこれを買うのは色々まずかったかな。いつか……という気持ちがないと言えば嘘になるが、別にそのいつかが来なくたって想像で夢膨らむ、そのための買い物というか。使用のためというよりその夢のためにある意味観賞用として。ごめん、俺、妙なこと言ってるか?警戒しないでくれと言いたいだけなんだこれは」
サギトは口をぽかんと開けた。支離滅裂とはこのことか。何を言っているのか、一文字も理解できなかった。
ただ、言い訳をする必死な様子に、毒気を抜かれたのは確かだ。意味不明な言い訳ではあったが。
ただのいらぬ気遣いであって、サギトを傷つけてやろうという悪意まではないということか?
とりあえず信じよう。
サギトはため息をつきながら言う。
「で、本題はなんだ」
「本題は、二つある。ひとつは、謝りたくてきた」
「は?」
「昨日は本当にひどいことをした。十年ぶりなのに馴れ馴れし過ぎたよな。ごめんな、俺は十年前と変らないつもりでいたけど、もうお互いに大人だもんな、ちゃんと分別つけないといけなかったのに」
グレアムはそこで言葉を切って、心苦しそうにサギトを見下ろす。
「いきなりキスなんてされて……怖かったんだよな」
サギトは意表をつかれた顔をする。
「えっ……。こ、怖いとかではなく……」
「あ、き、気持ち悪かった……か?気持ち悪かった?」
「えっ」
「そそ、そうだよな気持ち悪かったよな!そりゃそうだよな!ほんとに俺は最悪なことをした!もうベタベタ気持ち悪いことしないから!」
「はあ」
「とにかく悪かった!ごめん!」
そして頭を下げられた。
サギトは困惑する。まさかアレを謝られるとは思わなかった。馴れ馴れし過ぎた?十年前と変らないつもりだった?
サギトは怖いとか気持ち悪いとかではなく、馬鹿にされ、侮辱されたと思って、深く傷ついたわけだが。
アレはサギトへの侮辱ではなかった、ということなのか?
「……」
我知らず、胸のあたりをキュッと握った。妙な感覚が込み上げてくる。
サギトは、謝られて喜びそうになっている自分に気づいた。
帝国の妖術使いにグレアム殺害依頼を受けた翌日。一階の店舗スペースの奥にある部屋で、サギトは机に向かって思考を巡らせていた。
時間はなかった。グレアムは今、一時の休暇として王都にいるだけで、すぐに国境へ戻るだろう。王都にいる間に、つまり今すぐにでも殺さなければならない。
妖術使いが言った通り、旧友であることを最大限利用して油断させて殺すのが一番確実ではあるだろう。口実をつけ、人気のない所に誘い出す。どうやって?手紙でも書くか。足がつくが、どうせムジャヒールに高飛びをするのだから構わない。
その時、店舗の方からドアベルの音がした。サギトは思考を中断される。また一人、紫眼の店と知らず入ってしまったうっかり屋が来たか、と思いながら、席を立った。店舗スペースへの扉を開ける。
グレアムが、物色するように商品を手にとって眺めていた。
サギトはびくりと肩を揺らす。自分が情けなかった。何をびくついているんだ、と。
また来たのか。そういえばまた来ると言っていた。
サギトは緊張する自分を叱咤する。恐れるな、相手はただのターゲットだ。今まで数多殺してきた、その中の一人となるだけの男だ。手紙を書かずとも向こうから来た、ちょうどいいと思わねば。
サギトは冷静を装い声を掛けた。
「何の用だ」
グレアムは、あっと顔をあげた。なにやら慌てた風で。昨日来た時よりずいぶん、落ち着きがない様子だ。
「えっと、あの。……そ、そうだ買い物をしようかな。こ、これくれ!」
言って、手にした小瓶を掲げて見せた。
サギトはそれを一瞥して、眉根を寄せた。尋ねる。
「それがなんだか分かってるのか?」
それは、調合が簡単でそれなりに安定需要があるのでどこの薬屋にも置いてある品物だ。だがこの男に必要なものとは思えなかった。グレアムはカウンターに近づきながら、小瓶に書かれた説明を読んだ。
「男性同士の性交時に使う潤滑剤。って書いてあるな」
そしてカウンターにとんと置き、こともなげに言う。
「いくらだ?」
サギトは舌打ちをしながらカウンターの内側に入った。「とりあえず何か買う」といういらぬ気遣いを見せるならば、せめて己に必要なものを買え、と思った。不要なものを適当に買って、それで気遣いになるとでも思っているのか。施しを受けているようでかえって傷つくのが分からないのか。
あるいは分かってて、やっているのか?「これは惨めなお前への施しだぞ」とあからさまに示して、傷つけるために。
込み上げて来た苛立ちを懸命に抑えながら、値段を告げた。
「九百マルツだ」
グレアムはぴったりの代金をカウンターに置いた。サギトは仏頂面でそれをレジにしまう。サギトの仏頂面をどう解釈したのか、グレアムがなにやら言い訳がましいことを言って来た。
「あっ、た、他意はないぞ!これは別にそういうアピールとかではない、だから警戒しないで欲しい、って言っても無理か。そ、そうだなちょっとお前からこれを買うのは色々まずかったかな。いつか……という気持ちがないと言えば嘘になるが、別にそのいつかが来なくたって想像で夢膨らむ、そのための買い物というか。使用のためというよりその夢のためにある意味観賞用として。ごめん、俺、妙なこと言ってるか?警戒しないでくれと言いたいだけなんだこれは」
サギトは口をぽかんと開けた。支離滅裂とはこのことか。何を言っているのか、一文字も理解できなかった。
ただ、言い訳をする必死な様子に、毒気を抜かれたのは確かだ。意味不明な言い訳ではあったが。
ただのいらぬ気遣いであって、サギトを傷つけてやろうという悪意まではないということか?
とりあえず信じよう。
サギトはため息をつきながら言う。
「で、本題はなんだ」
「本題は、二つある。ひとつは、謝りたくてきた」
「は?」
「昨日は本当にひどいことをした。十年ぶりなのに馴れ馴れし過ぎたよな。ごめんな、俺は十年前と変らないつもりでいたけど、もうお互いに大人だもんな、ちゃんと分別つけないといけなかったのに」
グレアムはそこで言葉を切って、心苦しそうにサギトを見下ろす。
「いきなりキスなんてされて……怖かったんだよな」
サギトは意表をつかれた顔をする。
「えっ……。こ、怖いとかではなく……」
「あ、き、気持ち悪かった……か?気持ち悪かった?」
「えっ」
「そそ、そうだよな気持ち悪かったよな!そりゃそうだよな!ほんとに俺は最悪なことをした!もうベタベタ気持ち悪いことしないから!」
「はあ」
「とにかく悪かった!ごめん!」
そして頭を下げられた。
サギトは困惑する。まさかアレを謝られるとは思わなかった。馴れ馴れし過ぎた?十年前と変らないつもりだった?
サギトは怖いとか気持ち悪いとかではなく、馬鹿にされ、侮辱されたと思って、深く傷ついたわけだが。
アレはサギトへの侮辱ではなかった、ということなのか?
「……」
我知らず、胸のあたりをキュッと握った。妙な感覚が込み上げてくる。
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