魔道暗殺者と救国の騎士

空月 瞭明

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第12話 再会(3)

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「っ、それがどうし……」

 いきなり両手で顔を挟まれ、口で口を塞がれた。
 突然のことにサギトの頭は真っ白になる。
 グレアムの肉感的な唇がサギトの薄い唇に強く押し付けられ、目の前には、グレアムの瞑った目。その長い睫毛。
 そしてグレアムの匂い。あの頃と変わらぬ匂いが鼻腔をくすぐった。

 唇が離れ、驚愕に目を見開くサギトを、グレアムが見つめる。笑みをたたえて。

「俺としかキスしたことないってこと?信じらんねえ」

 サギトの胸の内が屈辱にかっと熱を帯びた。
 なるほど。そういうことか。
 二十六にもなって女を知らない無様な友を、そうやってからかうわけか。
 この男はサギトを侮辱したいのだ。なんのために?おそらくは暇つぶしに、戯れに。

 この十年で、こいつはこれほど変わってしまったのか。

 だが、それも当然か。騎士として王道を歩む上流の男と、裏街道を這いずり回って殺人者として糊口をしのぐ底辺の男。
 何もかも変わったじゃないか。この両者に対等な友人関係など成り立つわけがなかった。

 サギトはグレアムの胸にどんと両腕をついて突き放した。
 顔を真っ赤にして、手で口を抑えた。悔しさと惨めさに身を震わせた。

「ふざ……けるなっ!」

 グレアムはそんなサギトの様子に、驚いたような顔を見せた。

「キス、嫌だったか?だって俺たちガキの頃は……」

「覚えてない!お前のことなど全部忘れた!」

 吐き捨てながらサギトは手の甲で口をぬぐった。

「俺はいっときも忘れたことない、この十年間」

 くだらない戯言ばかり。エリート騎士様が街で見かけた知った顔に、気まぐれに声をかけただけだろうに。

「帰ってくれ!」

「いやまだ用を言ってないだろ。お前に大事な話があるんだ。聞いてくれ、俺は護国騎士団長になったんだ。自分の騎士団を持っている、だから俺は」

 今度は自慢が始まった。なんて悪趣味な男に成り下がったことだろう。
 ああ知ってるとも、と忌々しく思った。
 史上最年少の護国騎士団長様だろう、巷はその話題で持ちきりだ、王国の平和を担う若き英雄に世間は沸き立っている。
 救国の英雄よ、気まぐれに旧友を嗜虐するのは、そんなに愉しいのか?

「聞きたくない!気分が悪い、帰れ!」

「話だけでも……」

「帰れと言ってる!今すぐ出て行け!」

 グレアムはふうとため息をついた。

「じゃあ、また日を改めて来るから」

 再びカランとドアベルを鳴らして、グレアムは出て行った。
 サギトは背中を壁に預けずるずると床にへたり込んだ。両腕で己が身を抱いた。全身が震えていた。
 たてひざに顔をうずめ、頭を抱えた。
 ぽたぽたと涙がしたたり落ちた。

 なぜ泣いているんだろうとサギトは思う。
 悔し涙?
 違う、これは、悲しみだ。
 たった一人の友を、今日完全に失ってしまった悲しみ。

 あの頃のグレアムは、もうどこにもいない。

 その現実を突きつけられた。喪失感で己がばらばらに壊れていく。

 そうか、とサギトは気づく。
 自分はグレアムのことをこんなに好きだったのか、と。
 まだ、こんなに好きだった。

 たとえ最後に裏切られようと、それでも綺麗な思い出だったのだ。
 記憶の中のグレアムは、サギトの真っ暗な人生のたった一筋の光だった。

 (俺にはお前しかいなかった)

 久しぶりに嗅いだ友の匂い。太陽の匂い。
 もう「彼」はどこにもいないのに、匂いだけは変わらなかった。
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忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
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