魔道暗殺者と救国の騎士

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
26 / 71

第12話 再会(3)

しおりを挟む
「っ、それがどうし……」

 いきなり両手で顔を挟まれ、口で口を塞がれた。
 突然のことにサギトの頭は真っ白になる。
 グレアムの肉感的な唇がサギトの薄い唇に強く押し付けられ、目の前には、グレアムの瞑った目。その長い睫毛。
 そしてグレアムの匂い。あの頃と変わらぬ匂いが鼻腔をくすぐった。

 唇が離れ、驚愕に目を見開くサギトを、グレアムが見つめる。笑みをたたえて。

「俺としかキスしたことないってこと?信じらんねえ」

 サギトの胸の内が屈辱にかっと熱を帯びた。
 なるほど。そういうことか。
 二十六にもなって女を知らない無様な友を、そうやってからかうわけか。
 この男はサギトを侮辱したいのだ。なんのために?おそらくは暇つぶしに、戯れに。

 この十年で、こいつはこれほど変わってしまったのか。

 だが、それも当然か。騎士として王道を歩む上流の男と、裏街道を這いずり回って殺人者として糊口をしのぐ底辺の男。
 何もかも変わったじゃないか。この両者に対等な友人関係など成り立つわけがなかった。

 サギトはグレアムの胸にどんと両腕をついて突き放した。
 顔を真っ赤にして、手で口を抑えた。悔しさと惨めさに身を震わせた。

「ふざ……けるなっ!」

 グレアムはそんなサギトの様子に、驚いたような顔を見せた。

「キス、嫌だったか?だって俺たちガキの頃は……」

「覚えてない!お前のことなど全部忘れた!」

 吐き捨てながらサギトは手の甲で口をぬぐった。

「俺はいっときも忘れたことない、この十年間」

 くだらない戯言ばかり。エリート騎士様が街で見かけた知った顔に、気まぐれに声をかけただけだろうに。

「帰ってくれ!」

「いやまだ用を言ってないだろ。お前に大事な話があるんだ。聞いてくれ、俺は護国騎士団長になったんだ。自分の騎士団を持っている、だから俺は」

 今度は自慢が始まった。なんて悪趣味な男に成り下がったことだろう。
 ああ知ってるとも、と忌々しく思った。
 史上最年少の護国騎士団長様だろう、巷はその話題で持ちきりだ、王国の平和を担う若き英雄に世間は沸き立っている。
 救国の英雄よ、気まぐれに旧友を嗜虐するのは、そんなに愉しいのか?

「聞きたくない!気分が悪い、帰れ!」

「話だけでも……」

「帰れと言ってる!今すぐ出て行け!」

 グレアムはふうとため息をついた。

「じゃあ、また日を改めて来るから」

 再びカランとドアベルを鳴らして、グレアムは出て行った。
 サギトは背中を壁に預けずるずると床にへたり込んだ。両腕で己が身を抱いた。全身が震えていた。
 たてひざに顔をうずめ、頭を抱えた。
 ぽたぽたと涙がしたたり落ちた。

 なぜ泣いているんだろうとサギトは思う。
 悔し涙?
 違う、これは、悲しみだ。
 たった一人の友を、今日完全に失ってしまった悲しみ。

 あの頃のグレアムは、もうどこにもいない。

 その現実を突きつけられた。喪失感で己がばらばらに壊れていく。

 そうか、とサギトは気づく。
 自分はグレアムのことをこんなに好きだったのか、と。
 まだ、こんなに好きだった。

 たとえ最後に裏切られようと、それでも綺麗な思い出だったのだ。
 記憶の中のグレアムは、サギトの真っ暗な人生のたった一筋の光だった。

 (俺にはお前しかいなかった)

 久しぶりに嗅いだ友の匂い。太陽の匂い。
 もう「彼」はどこにもいないのに、匂いだけは変わらなかった。
しおりを挟む
↓第9回BL小説大賞奨励賞いただけました
忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
感想 92

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

俺の親友がモテ過ぎて困る

くるむ
BL
☆完結済みです☆ 番外編として短い話を追加しました。 男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ) 中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。 一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ) ……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。 て、お前何考えてんの? 何しようとしてんの? ……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。 美形策士×純情平凡♪

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

処理中です...