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第12話 再会(1)
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リーサ・ルイスを殺してから一ヶ月、サギトはカフェ「白鳩亭」から足が遠のいていた。あの胸糞悪い仕事を思い出したくはなかった。
だが夕闇の時間、今日は久しぶりに「白鳩亭」に来ていた。何故、足が向いたのかは自分でもよく分からなかった。なんとなく、としか言いようがない。二度とここには来ないつもりだったのに。
サギトはまたオープンスペースでスープを飲んでいた。六百マルツのオニオンスープ。
突然耳に飛び込んできた言葉に、サギトはスプーンを取り落としそうになった。
「見ろ、グレアム様だ!国境での戦から戻られたんだ!」
「信じられない、街でグレアム様のお姿を見られるなんて奇跡だわ」
心臓が縮む思いがした。
滑稽なことに、無様なことに、サギトが感じたのは「恐怖」だった。身のすくむような。
一体、何を恐れているのか。何が怖いのか。自分でも分からなかった。
サギトはつばを飲み込みながら、人々がざわめき注目する一角に視線を移した。
オープンスペースのはじのほう、確かにいた。騎士服を着て、同じ騎士服を着た男数名と共に。グレアムが。
サギトは十年ぶりの友を、呆然と眺めた。
グレアムだとすぐに分かった。分かったが、それはもう別人だった。
見たこともないような、立派な武人がそこにいた。
いや、武人という言葉では足りない。「英雄」の風格を、彼は確かに兼ね備えていた。
白く輝く騎士服に包まれた、背筋の伸びた完成された肉体。
茶色の髪は子供の頃より長くなっていた。人懐こいのに理知的な黒い目はそのまま。実に、いい男だった。整った顔立ちは精悍であると同時にどこか優美さもあり。
このような男に、女どもは一目で恋に落ちるのだろう。いや女だけではない、男も惚れさせる何かを持っていた。かつて孤児院で常に子供達の中心にいたように。
グレアム達の席に、店長が自らオーダーを取りに来て、うやうやしく頭を下げた。
「グレアム様、お越しいただき恐悦至極に存じます」
「おお、店長か?貴族もお忍びで訪れるうまい店ってな評判を聞いてな。いい店だな、本当は頻繁に来たいものだが」
「いえいえ、絶え間なくムジャヒールと戦っておられてお忙しいことは国民全員が知っております故。このたびの戦も勝利を収めたとか。いつもこの国を守っていただきありがとうございます」
英雄は気さくそうな笑みを浮かべる。
「いや、俺一人の力じゃない。ここにいるこいつらも含めて、騎士団の皆で勝ち取った勝利だ。それに国民の税のおかげで、俺たちは食えているんだから」
殊勝な言葉に店長は感極まった様子で、
「ああ、お強いだけでなくご人徳まで素晴らしい、グレアム様の守る国に生まれ、私は一国民として心より誇りに思います」
グレアムは快活に笑った。
「ははは、なんだか聖者にでもなった気分だ。大袈裟だな店長は。見ろ、団員たちが笑いを噛み殺してるじゃないか。ほら副長なんてこんな冷たい目で俺のこと見てる」
同席の騎士達が笑い声をたてた。グレアムの隣に腰掛けている男は、こほんと咳払いをした。ゆるやかにウェーブする金髪を背中まで伸ばした、非常に美しい男だった。
「見てませんよ。私が市井の皆様に嫌われてしまうから、そういうこと言わないで下さい。あなた人気者なんですから。ところであの、そろそろオーダーよろしいでしょうか、店長?」
「はい、ノエル様」
サギトは吐き気すら感じていた。
紛れも無い、ただの妬みの感情から。
ずいぶんご立派じゃないか、と思った。非の打ち所のない英雄様じゃないか、と。民に尊敬され良い仲間に囲まれ、ああまったくもって、幸福そうに生きてるじゃないか。俺の魔力で。
サギトは自らがすがっていた「影の目」という虚構が音を立てて崩れていくのを感じた。忌み嫌われる殺し屋風情が、この本物の英雄に勝てるわけが無かった。
どう粋がったところで、自分は底辺でこいつが頂点だ。
(でもそれは俺の魔力だろ)
サギトはもう、耐えられなかった。自分自身の醜い感情に。
ウェイトレスを呼びもせず、机に六百マルツを置いた。すくと立ち、席を離れる。
その一瞬、グレアムがこちらを見たような気がした。気のせいだと思うことにした。グレアムが息を飲んだような気もした。気のせいだと思うことにした。
サギトは逃げ出すように店を出た。
だが夕闇の時間、今日は久しぶりに「白鳩亭」に来ていた。何故、足が向いたのかは自分でもよく分からなかった。なんとなく、としか言いようがない。二度とここには来ないつもりだったのに。
サギトはまたオープンスペースでスープを飲んでいた。六百マルツのオニオンスープ。
突然耳に飛び込んできた言葉に、サギトはスプーンを取り落としそうになった。
「見ろ、グレアム様だ!国境での戦から戻られたんだ!」
「信じられない、街でグレアム様のお姿を見られるなんて奇跡だわ」
心臓が縮む思いがした。
滑稽なことに、無様なことに、サギトが感じたのは「恐怖」だった。身のすくむような。
一体、何を恐れているのか。何が怖いのか。自分でも分からなかった。
サギトはつばを飲み込みながら、人々がざわめき注目する一角に視線を移した。
オープンスペースのはじのほう、確かにいた。騎士服を着て、同じ騎士服を着た男数名と共に。グレアムが。
サギトは十年ぶりの友を、呆然と眺めた。
グレアムだとすぐに分かった。分かったが、それはもう別人だった。
見たこともないような、立派な武人がそこにいた。
いや、武人という言葉では足りない。「英雄」の風格を、彼は確かに兼ね備えていた。
白く輝く騎士服に包まれた、背筋の伸びた完成された肉体。
茶色の髪は子供の頃より長くなっていた。人懐こいのに理知的な黒い目はそのまま。実に、いい男だった。整った顔立ちは精悍であると同時にどこか優美さもあり。
このような男に、女どもは一目で恋に落ちるのだろう。いや女だけではない、男も惚れさせる何かを持っていた。かつて孤児院で常に子供達の中心にいたように。
グレアム達の席に、店長が自らオーダーを取りに来て、うやうやしく頭を下げた。
「グレアム様、お越しいただき恐悦至極に存じます」
「おお、店長か?貴族もお忍びで訪れるうまい店ってな評判を聞いてな。いい店だな、本当は頻繁に来たいものだが」
「いえいえ、絶え間なくムジャヒールと戦っておられてお忙しいことは国民全員が知っております故。このたびの戦も勝利を収めたとか。いつもこの国を守っていただきありがとうございます」
英雄は気さくそうな笑みを浮かべる。
「いや、俺一人の力じゃない。ここにいるこいつらも含めて、騎士団の皆で勝ち取った勝利だ。それに国民の税のおかげで、俺たちは食えているんだから」
殊勝な言葉に店長は感極まった様子で、
「ああ、お強いだけでなくご人徳まで素晴らしい、グレアム様の守る国に生まれ、私は一国民として心より誇りに思います」
グレアムは快活に笑った。
「ははは、なんだか聖者にでもなった気分だ。大袈裟だな店長は。見ろ、団員たちが笑いを噛み殺してるじゃないか。ほら副長なんてこんな冷たい目で俺のこと見てる」
同席の騎士達が笑い声をたてた。グレアムの隣に腰掛けている男は、こほんと咳払いをした。ゆるやかにウェーブする金髪を背中まで伸ばした、非常に美しい男だった。
「見てませんよ。私が市井の皆様に嫌われてしまうから、そういうこと言わないで下さい。あなた人気者なんですから。ところであの、そろそろオーダーよろしいでしょうか、店長?」
「はい、ノエル様」
サギトは吐き気すら感じていた。
紛れも無い、ただの妬みの感情から。
ずいぶんご立派じゃないか、と思った。非の打ち所のない英雄様じゃないか、と。民に尊敬され良い仲間に囲まれ、ああまったくもって、幸福そうに生きてるじゃないか。俺の魔力で。
サギトは自らがすがっていた「影の目」という虚構が音を立てて崩れていくのを感じた。忌み嫌われる殺し屋風情が、この本物の英雄に勝てるわけが無かった。
どう粋がったところで、自分は底辺でこいつが頂点だ。
(でもそれは俺の魔力だろ)
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サギトは逃げ出すように店を出た。
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