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第10話 回想/逃亡者(1)
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孤児院を抜け出したサギトは往来で馬を盗んだ。
馬を駆ったサギトはやがて、人の賑わう大きい街にたどり着いた。そこはランバルト王国の第二都市だった。王都と同じく、多くの流れ者が集まる街。
本来ならこの時点で、サギトはグレアムの裏切りへのショックで狂ってしまうところだったのかもしれない。
だが幸か不幸か、サギトは一文無しで宿無しで、生きるか死ぬかの極限の状況に陥っていた。そういう状況になると、人の心はシンプルになる。
生き抜くためにどうするかだけを、必死に考えた。
サギトは仕事をくれと頭を下げてあちこちに頼み込んだ。が、紫眼のサギトを雇ってくれる人はいなかった。
孤児院を出て、いじめっ子だらけの孤児院ですら紫眼にとっては天国だったのだと思い知った。
こんな形で孤児院を抜け出すことにならなければ、職も斡旋してもらえるはずだったわけで。
サギトは浮浪者になるしかなかった。犬のように都市の残飯を漁る浮浪者に。いや犬より悪いかもしれない。
第二都市に来て数日目、路地裏で寝ていたら起こされた。見ればゴロツキのような男達がサギトを押さえ込み鼻息を荒くしていた。
未明の薄暗い中、酒臭い男達がランタンを掲げてサギトの顔を覗き込む。
「眼を開けた、紫眼だぞこのガキ」
「よし、忌人なら犯しても誰にも文句言われねえ。とんでもねえ美人だ、見ろこの真っ白な肌。男か?女か?」
「どっちでもいい、穴はあるだろ」
「怖がるなってお嬢ちゃん、たっぷり遊んでやるから」
驚き声も出せないサギトの体を、たくさんの男達の手がべたべたと触った。一人の男がぞっとするような笑みを浮かべながら、サギトの脚衣に手をかけ脱がそうとした。
絶望的な恐怖が体中を駆け抜けたその瞬間、サギトは無意識のうちに魔術を発動していた。
ぐちゃり、と何かが潰れる音がして、男達すべてがばたばたと倒れていく。
倒れてきた男達の体に圧迫されて、サギトの息がつまる。
這い出たサギトは、青ざめて目の前の光景を見渡した。事切れた男達はみな、胸を真っ赤に染めていた。
魔術で心臓を潰してしまったのだ。
サギトは数を数える。四人。また人を殺してしまった。
叫びだしたいのを懸命にこらえ、サギトは駆け出した。
サギトは広場まで行きそこの噴水で体を洗った。倒れてきた男達の血が付着していた。噴水での沐浴は禁止されていたが、日の出前なので誰もいなかった。
サギトは身を清めながら、声を殺して泣いた。
泣いているうちに、空がほの明るくなってきた。
殺人へのショックに停止していた頭の一部が、機械的に動き出す。
今日食べるものはどこで手に入れよう、とサギトは考え始める。
十六歳のサギトは実際の年齢より見た目が幼いので、浮浪者というより浮浪児に見える。
街の人々は浮浪児にはそこそこ優しかった。飲食店の裏口に物欲しそうにたむろする浮浪児たちに店の人たちが食事をめぐむ光景は毎晩見られた。
だがたとえ浮浪児に見えても忌人であるサギトは、しっしと追い払われた。
サギトは仕方ないので、眼をつぶって盲人のふりをしてめぐんでもらった。すると打って変わって人は優しくなった。
サギトは自分が紫眼であることがばれないよう怯えながら、堅く眼を閉じて物乞いをして食いつないだ。
ひたすら、みじめだった。
街を出て森で生活することも考えたが、魔物が闊歩するという森の中に入るのが恐ろしかった。それに街を出たら、自分が本当に人ではなくなってしまうような気がした。
こんな最悪な状況でも、サギトは人の中に居たかった。人であり続けたかった。
サギトの辛い物乞い生活は続いた。
みじめな物乞い生活は、サギトの心と体を蝕んだ。
どんなに汚れていても、街のゴロツキ達には相変わらず性的な目で見られ、何度も襲われかかった。サギトの美しさはそれ自体が「隙」だった。うっかり殺してしまうことはなくなったが、常に性犯罪にさらされる状態は自尊心を打ち砕いた。
浮浪児たちに袋叩きにあいもした。サギトが本当は紫眼で、盲人が演技だとばれた時に。
子供相手に魔術は発動できなかった。サギトは子供達に殴られ、蹴られるがままだった。
そのうち新聞の片隅に、あの赤毛の男の似顔絵が行方不明者として掲載された。死んだ事すら把握されていないようだった。一切の痕跡を残さず焼き尽くしてしまったからだろう。
馬を駆ったサギトはやがて、人の賑わう大きい街にたどり着いた。そこはランバルト王国の第二都市だった。王都と同じく、多くの流れ者が集まる街。
本来ならこの時点で、サギトはグレアムの裏切りへのショックで狂ってしまうところだったのかもしれない。
だが幸か不幸か、サギトは一文無しで宿無しで、生きるか死ぬかの極限の状況に陥っていた。そういう状況になると、人の心はシンプルになる。
生き抜くためにどうするかだけを、必死に考えた。
サギトは仕事をくれと頭を下げてあちこちに頼み込んだ。が、紫眼のサギトを雇ってくれる人はいなかった。
孤児院を出て、いじめっ子だらけの孤児院ですら紫眼にとっては天国だったのだと思い知った。
こんな形で孤児院を抜け出すことにならなければ、職も斡旋してもらえるはずだったわけで。
サギトは浮浪者になるしかなかった。犬のように都市の残飯を漁る浮浪者に。いや犬より悪いかもしれない。
第二都市に来て数日目、路地裏で寝ていたら起こされた。見ればゴロツキのような男達がサギトを押さえ込み鼻息を荒くしていた。
未明の薄暗い中、酒臭い男達がランタンを掲げてサギトの顔を覗き込む。
「眼を開けた、紫眼だぞこのガキ」
「よし、忌人なら犯しても誰にも文句言われねえ。とんでもねえ美人だ、見ろこの真っ白な肌。男か?女か?」
「どっちでもいい、穴はあるだろ」
「怖がるなってお嬢ちゃん、たっぷり遊んでやるから」
驚き声も出せないサギトの体を、たくさんの男達の手がべたべたと触った。一人の男がぞっとするような笑みを浮かべながら、サギトの脚衣に手をかけ脱がそうとした。
絶望的な恐怖が体中を駆け抜けたその瞬間、サギトは無意識のうちに魔術を発動していた。
ぐちゃり、と何かが潰れる音がして、男達すべてがばたばたと倒れていく。
倒れてきた男達の体に圧迫されて、サギトの息がつまる。
這い出たサギトは、青ざめて目の前の光景を見渡した。事切れた男達はみな、胸を真っ赤に染めていた。
魔術で心臓を潰してしまったのだ。
サギトは数を数える。四人。また人を殺してしまった。
叫びだしたいのを懸命にこらえ、サギトは駆け出した。
サギトは広場まで行きそこの噴水で体を洗った。倒れてきた男達の血が付着していた。噴水での沐浴は禁止されていたが、日の出前なので誰もいなかった。
サギトは身を清めながら、声を殺して泣いた。
泣いているうちに、空がほの明るくなってきた。
殺人へのショックに停止していた頭の一部が、機械的に動き出す。
今日食べるものはどこで手に入れよう、とサギトは考え始める。
十六歳のサギトは実際の年齢より見た目が幼いので、浮浪者というより浮浪児に見える。
街の人々は浮浪児にはそこそこ優しかった。飲食店の裏口に物欲しそうにたむろする浮浪児たちに店の人たちが食事をめぐむ光景は毎晩見られた。
だがたとえ浮浪児に見えても忌人であるサギトは、しっしと追い払われた。
サギトは仕方ないので、眼をつぶって盲人のふりをしてめぐんでもらった。すると打って変わって人は優しくなった。
サギトは自分が紫眼であることがばれないよう怯えながら、堅く眼を閉じて物乞いをして食いつないだ。
ひたすら、みじめだった。
街を出て森で生活することも考えたが、魔物が闊歩するという森の中に入るのが恐ろしかった。それに街を出たら、自分が本当に人ではなくなってしまうような気がした。
こんな最悪な状況でも、サギトは人の中に居たかった。人であり続けたかった。
サギトの辛い物乞い生活は続いた。
みじめな物乞い生活は、サギトの心と体を蝕んだ。
どんなに汚れていても、街のゴロツキ達には相変わらず性的な目で見られ、何度も襲われかかった。サギトの美しさはそれ自体が「隙」だった。うっかり殺してしまうことはなくなったが、常に性犯罪にさらされる状態は自尊心を打ち砕いた。
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