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第9話 回想/分岐点(3) ※残酷な描写あり
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「なっ……!」
男はサギトのシャツをめくって触ってきた。
「おお、お前はまるで女の子のような体つきだ、これはいい。顔も美しいし、殺すのは勿体無いのう、紫眼でさえなければわしのペットにしてやるのに」
言いながら、サギトの乳首をつまんでくる。サギトはその気色悪さにどうにかなりそうだった。
ズボンもずり下げられ、そこにぶら下がる縮こまったものをぎゅうと握られた。
男の大きな顔面がサギトの腹に沈む。その舌がサギトのへそをじゅるじゅると舐めた。なめくじに這われるような感覚。
気が狂いそうだった。
どん底の恐怖を感じた。サギトは助けを求めてしまった。
「やだ、やめろ、離せ!グレアム、グレアム、グレアムっ……!」
男は苛立った声を出した。
「グレアムグレアムうるさいやつじゃ!お前はあいつに売られたんだ!合格させてやる代わりに誰が魔人か教えろと言ったら、あっさり教えおったんじゃ!」
その言葉は、必死に保ち続けていたサギトの心をぐらりと揺らした。
「嘘をつくな!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!絶対に嘘だ!!」
サギトは半狂乱で叫んだ。
男はサギトの狂ったような叫びに、驚いた顔をした。が、すぐにニヤニヤと悪辣な笑みを浮かべた。
「……本当じゃ。わしが魔人の危険性を教えたら反省しておった。魔人がそこまで危険とは知らなかった、危険な魔人を早く殺してくれと頼まれたわ。ほらグレアムの事なんて忘れて、わしとイイコトしようじゃないか。かわいがってやるから」
(グレアムが俺を殺せと頼んだ?)
脳裏に、生霊となって聞いた言葉が蘇る。
――サギトのことはお任せします。あいつが魔人です
サギトは石のように固まって、天頂の満月を見つめた。
どくん、どくん、と心臓が鼓動を刻む。
「うひひ、欲しいぞ魔人の絶大な魔力。早く気持ちよくなって魔力をわしにも寄越せ」
男の舌がサギトの体を這う。びちゃびちゃと気色悪い音を立てて、サギトの上を醜いなめくじが這いずり回る。
「グ、レ、ア、ム……」
サギトはかすれ声でその名を呼んだ。
どくん、どくん。心臓の音が嫌に大きかった。
どくん。どくん。
どくん。
次の瞬間、サギトの全身から暗黒の影が立ち上った。
サギトは無音の咆哮をした。身を弓なりにのけぞらせ、大きく開けたサギトの口から、音にならない雄叫びが放たれる。
犬歯が伸びる感覚。そして爪が伸びる感覚。
サギトを縛っていた光の帯が千切れた。
同時にサギトの腹に顔をうずめていた醜い男の体が、飛び跳ねた。
醜い体が宙を飛んだ。赤毛の男は木にしたたか打ちつけられる。
「ぐはっ」
木に全身をぶつけた男は、何が起きたか分からない、という顔をして地面に四つんばいになった。
サギトは立ち上がる。男に近づいた。満月に照らされたサギトの影が男の上に降りる。
男はサギトの姿を見上げ、絶望と恐怖に顔を歪めしりもちをついた。
暗黒の炎を背負い、かぎ爪を伸ばし、牙をむく紫眼の男は、魔物のように見えたことだろう。
「ひあああっ!か、覚醒したのかっ!たた、たす、たすけっ」
サギトは身を屈め、男の頭を掴んだ。掴んだその手に、ぐっと力を込める。
男の頭は、破裂した。
真っ赤な肉片を四方に散乱させ、首の無い死体がぐたりとそこに転がった。
醜い死体だと思った。汚らわしいと感じた。そこらにあったシルクハットもランタンも、全部汚らわしかった。
サギトは魔術で火を放った。対象物のみを完全に消し炭にする炎。
業火のような火に焼かれ、男とその持ち物は灰になった。
サギトを殺しに来た男は、一切の痕跡を残さず消え去った。
沈黙が降りた。
サギトは青い月明かりの下、からっぽの心で佇んだ。ずっとずっと長いこと、無言で。
やがて。
「はあ、はあ、はあ」
荒い呼吸がどこかから聞こえてきた。それは自分の呼吸だった。
サギトは血まみれの手を見つめた。これは誰の手だろうと考えた。
なぜこんな長い爪が生えているのだろうと。
「はあ、はあ、はあ」
犬歯と爪が、元に戻る感覚がした。
サギトは泣いた。
泣きながら、自分が殺人を犯してしまったことを理解した。逃げなければ、と思った。俺は殺人犯だ、逃げなければ、と。
サギトは着の身着のまま、六年を過ごした孤児院を後にした。
サギトはそれから一度も、グレアムと会っていない。
男はサギトのシャツをめくって触ってきた。
「おお、お前はまるで女の子のような体つきだ、これはいい。顔も美しいし、殺すのは勿体無いのう、紫眼でさえなければわしのペットにしてやるのに」
言いながら、サギトの乳首をつまんでくる。サギトはその気色悪さにどうにかなりそうだった。
ズボンもずり下げられ、そこにぶら下がる縮こまったものをぎゅうと握られた。
男の大きな顔面がサギトの腹に沈む。その舌がサギトのへそをじゅるじゅると舐めた。なめくじに這われるような感覚。
気が狂いそうだった。
どん底の恐怖を感じた。サギトは助けを求めてしまった。
「やだ、やめろ、離せ!グレアム、グレアム、グレアムっ……!」
男は苛立った声を出した。
「グレアムグレアムうるさいやつじゃ!お前はあいつに売られたんだ!合格させてやる代わりに誰が魔人か教えろと言ったら、あっさり教えおったんじゃ!」
その言葉は、必死に保ち続けていたサギトの心をぐらりと揺らした。
「嘘をつくな!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!絶対に嘘だ!!」
サギトは半狂乱で叫んだ。
男はサギトの狂ったような叫びに、驚いた顔をした。が、すぐにニヤニヤと悪辣な笑みを浮かべた。
「……本当じゃ。わしが魔人の危険性を教えたら反省しておった。魔人がそこまで危険とは知らなかった、危険な魔人を早く殺してくれと頼まれたわ。ほらグレアムの事なんて忘れて、わしとイイコトしようじゃないか。かわいがってやるから」
(グレアムが俺を殺せと頼んだ?)
脳裏に、生霊となって聞いた言葉が蘇る。
――サギトのことはお任せします。あいつが魔人です
サギトは石のように固まって、天頂の満月を見つめた。
どくん、どくん、と心臓が鼓動を刻む。
「うひひ、欲しいぞ魔人の絶大な魔力。早く気持ちよくなって魔力をわしにも寄越せ」
男の舌がサギトの体を這う。びちゃびちゃと気色悪い音を立てて、サギトの上を醜いなめくじが這いずり回る。
「グ、レ、ア、ム……」
サギトはかすれ声でその名を呼んだ。
どくん、どくん。心臓の音が嫌に大きかった。
どくん。どくん。
どくん。
次の瞬間、サギトの全身から暗黒の影が立ち上った。
サギトは無音の咆哮をした。身を弓なりにのけぞらせ、大きく開けたサギトの口から、音にならない雄叫びが放たれる。
犬歯が伸びる感覚。そして爪が伸びる感覚。
サギトを縛っていた光の帯が千切れた。
同時にサギトの腹に顔をうずめていた醜い男の体が、飛び跳ねた。
醜い体が宙を飛んだ。赤毛の男は木にしたたか打ちつけられる。
「ぐはっ」
木に全身をぶつけた男は、何が起きたか分からない、という顔をして地面に四つんばいになった。
サギトは立ち上がる。男に近づいた。満月に照らされたサギトの影が男の上に降りる。
男はサギトの姿を見上げ、絶望と恐怖に顔を歪めしりもちをついた。
暗黒の炎を背負い、かぎ爪を伸ばし、牙をむく紫眼の男は、魔物のように見えたことだろう。
「ひあああっ!か、覚醒したのかっ!たた、たす、たすけっ」
サギトは身を屈め、男の頭を掴んだ。掴んだその手に、ぐっと力を込める。
男の頭は、破裂した。
真っ赤な肉片を四方に散乱させ、首の無い死体がぐたりとそこに転がった。
醜い死体だと思った。汚らわしいと感じた。そこらにあったシルクハットもランタンも、全部汚らわしかった。
サギトは魔術で火を放った。対象物のみを完全に消し炭にする炎。
業火のような火に焼かれ、男とその持ち物は灰になった。
サギトを殺しに来た男は、一切の痕跡を残さず消え去った。
沈黙が降りた。
サギトは青い月明かりの下、からっぽの心で佇んだ。ずっとずっと長いこと、無言で。
やがて。
「はあ、はあ、はあ」
荒い呼吸がどこかから聞こえてきた。それは自分の呼吸だった。
サギトは血まみれの手を見つめた。これは誰の手だろうと考えた。
なぜこんな長い爪が生えているのだろうと。
「はあ、はあ、はあ」
犬歯と爪が、元に戻る感覚がした。
サギトは泣いた。
泣きながら、自分が殺人を犯してしまったことを理解した。逃げなければ、と思った。俺は殺人犯だ、逃げなければ、と。
サギトは着の身着のまま、六年を過ごした孤児院を後にした。
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