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第9話 回想/分岐点(2)

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 ウサギは草原を抜けて、森の奥へとサギトを導いて行った。やがてサギトは前方に、ぼんやりとした明かりを見つける。

 近づけばそれは、ランタンを持った見知らぬ男だった。黒い外套とシルクハットを身につけていて、太っている。ウサギはその男の足元で止まった。
 男が口を開いた。

「驚いた。本当に魔人が生まれておった。しかも王族級が。千年に一度生まれるか否かと言われる、魔王の力を受け継ぐ紫眼」

 魔人。魔王。
 サギトは男の言葉に冷たい恐怖を感じながら、後ずさりした。ウサギについて来るべきじゃなかった、という強い後悔がこみ上げた。

「なんだ、あんたは」

「お前がサギトだな。グレアムに魔力を与えた、魔人」

「なぜそれを知ってる……」

「魔道士を舐めたらいかん、グレアムが邪悪な魔力を所持していることはすぐ分かった」

 サギトは顔色を変えた。ある事態を思いついた。

「ま、まさか拷問して聞き出したのか?グレアムをどうした!」

「拷問?はっはっは、まさか!グレアムは無事合格、立派な騎士になるだろうて。ああ、わしは士官学校の教師よ。今日の試験の試験官だった」

 サギトは理解ができず、眉をひそめた。
 男はシルクハットを脱いだ。ウサギが条件反射のようにシルクハットの中に飛び込んだ。そのまま、シルクハットの底の闇へと消えてしまう。
 シルクハットの中から、てっぺんのはげた頭が出てきた。そして縮れた長い赤毛。

 サギトが生霊で見た、あの男。グレアムと話していた、あの男だった。

「お前は魔人、お前は危険だ。だから、わしはお前を殺さねばならん」

 頭から冷水を浴びせられたような心地がした。
 自分が魔人であると知ってから数年、ずっと心の片隅で恐れ続けていたこと。
 それが今、現実となってついに目前にやってきた。
 サギトは奥歯をぎりと噛んだ。

「一体、なんの権利があって!俺は悪いことなんて何もしてない、なんで殺されなきゃいけないんだ!」

「だってお前は、魔人だから」

「だってグレアムは騎士になれるんだろう?俺が魔力を与えて俺と同じ邪悪な魔力を持つグレアムが!じゃあ俺だって」

「お前は違う、だってお前は紫眼だから」

「支離滅裂だ!グレアムが人間なら俺だって人間だ!」

「人間じゃない。お前は魔人だ」

 男はシルクハットとランタンを地面に置いた。
 手をサギトの方にすっと差し出すと、術名を唱えた。

「――呪縛タル・ドゥム

「!」

 男の手から光の帯が飛び出した。光の帯がサギトの手首と足首に絡みついた。サギトの両手は見えない力で後方にひっぱられ、あっという間に後ろ手に縛られてしまった。
 サギトは必死にもがいた。だがもがけばもがくほど、帯は強く絡みついた。

「くそっ」

 手と足を拘束されたサギトは、無様にその場に転倒した。

「こうも簡単にわしの手に落ちるとは。オーラから察するに、お前はまだ覚醒前の半人前魔人だな。間に合ってよかった」

 サギトは歯を食いしばった。

「どうしてっ……」

「どうして?グレアムがわしにお前が魔人であると教えてくれた。だからわしは、お前を殺しに来た。単純な話だろう」

「嘘だ!グレアムが告げ口なんてするわけ無いんだ!」

 サギトは生霊が捉えた光景を必死に脳から追い払った。
 それでもまだ信じられなかった。いや、信じたくなかったのだ。

「嘘と言われても、実際にここに、わしが来たじゃないか」

「本気で俺を殺すのか!」

「お前は魔人だからのう。だが……」

「くっ!」

 今こそ魔術を使わねば、と思った。
 サギトは必死に脳内で魔術の発動を念じた。火でも念動でも使い魔でもいい、とにかくこの場を切り抜けねば、と。
 だがどんなに念じても何も発動されなかった。男がおかしそうにあざ笑う。

「あがいても無駄じゃ。お前を縛っているのはただの紐ではない。縛られた者の動きのみならず魔力を制御する魔術じゃ。お前はなんーにもできんぞ、半人前魔人よ」

 男は身をかがめ、肥えた手でサギトの顎をつかんだ。その脂ぎった醜悪な顔がサギトを覗き込む。

「まあ、落ち着け、話を最後まで聞け。わしにも慈悲がないでもない。小僧、わしに魔力をよこせ。そうしたら命だけは助けてやる」

 サギトは驚いて男の顔を穴の空くほど見つめてしまった。
 なんだこいつは、と思った。危険な魔人を殺すとか言いながら、魔人の力を欲しているのか?
 なんて醜い大人なんだ。嫌悪感が腹の底から吹き出した。

「嘘だ!魔力を与えたって、お前は俺のこと殺すだろ!」

 ククク、と男は喉の奥で下卑た笑い声をたてた。

「わしを信じるんじゃ」

「信じられるか!グレアムに会わせろ!俺をグレアムの元に連れて行け!」

「いいからほら、わしに魔力をおくれ。牙をわしの血管に立てるんじゃ、グレアムにやったように」

 男は指をサギトの口の中に入れ、歯を確かめようとした。サギトは顔を思い切り振って、男の手から逃れた。

「できない、魔力は渡そうと思って渡せるもんじゃない!」

 これは本当だった。あの時どうして牙が生えたのかも分からなかった。

「そうか、覚醒前だから魔力付与のコントロールが出来ないのか」

 男はそこで思案する顔をした。

「そうだ、魔力付与には性欲が関連してると聞いたことがあるぞ。魔王は気に入った人間を犯しながら魔力を与えたそうだ。試しにお前を性的に気持ちよくさせてやろうか」
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