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第8話 回想/魔力を与える(2)
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心臓が早鐘を打った。生えてきたばかりの牙がうずいていた。
(噛みたい。噛みたい。噛んで、注ぎたい)
(俺を、注ぎたい)
異様な欲望がわきあがってくる。
グレアムへの欲望。
サギトはグレアムの左腕をぐっと掴んだ。その手を翻して手首を見つめる。そこに走る青紫の筋を見つめる。
噛みたい。注ぎたい。
狼狽していたグレアムは、その時はっと何かに気づいたように息を飲んだ。
「俺に魔力をくれるのか?出来るのか、サギト!」
サギトは確かめるようにグレアムの目を見上げた。
きっとおかしな目つきをしていたはずだが、グレアムは力強くうなずいた。
「やってくれ」
「……」
サギトはその手首に噛み付いた。長い牙を、透ける血管に突き刺した。
「つっ」
グレアムが小さく痛みに声を漏らす。
サギトの口の中でグレアムの血があふれた。サギトは高揚しながらその血を啜った。
そしてさらに深く、牙を突き立てる。サギトは魔力を注ぎ込んで行った。
グレアムが苦しそうに荒い息を吐く。呼吸がやがて、苦悶の声へと変化する。
「うっ、はっ、はっ、はあっ、つあっ、ぐっ、ああああああああっ」
苦しげに身をのけぞらせ喉をさらす。グレアムの体内で明らかに何かが起きていた。
サギトはこの時、勃起していた。
グレアムの穢れ無き綺麗な血を、サギトの呪われた血で染めて汚す。
その背徳的な心地よさ。
己の中にこんな薄汚い欲望が隠れていたのか、と自分で自分にあきれる程、サギトはグレアムの血を汚すことに異様な快感を感じていた。
ぎりぎりと強く強く歯を立てた。射精にも似た快感がずっと持続する。
気づけばサギトは、与えられる限界まで魔力をグレアムに分け与えていた。
グレアムの手首から口を離した。
「はっ……。はっ……。はっ……」
グレアムは苦しげに息をつきながら、右手で自分の胸のあたりをかきむしった。
見ればグレアムの全身から、黒い影が立ちこめていた。グレアムが暗黒のオーラをまとっている。サギトと同じオーラを。
口の中で、サギトの牙が縮んでいった。普通の犬歯に戻る。
サギトは笑みを浮かべた。グレアムを汚し尽くせたことに心から満足し。
口の端から血をしたたらせるサギトは、まさに吸血鬼のような姿だったろう。
やがてグレアムの身にまとわりつく黒い影が引いていった。グレアムの呼吸も落ち着いてきた。
グレアムの手首はまだ流血していた。サギトはその腕を取り、再び口をつけてそれを舐め啜る。
食事の終了を惜しむ吸血鬼のように。
そんなサギトを、グレアムは荒く息を上げながら見つめた。
傷がふさがり、血が止まった。サギトは全てのグレアムの血を綺麗に舐め尽した。
グレアムの左の手首には、虫刺されのように赤茶くふくれた噛み痕が二つ、残った。
サギトは口についた血をぬぐって、グレアムの顔を見る。
「大丈夫か?」
グレアムは手で額を抑えながらぎこちなくうなずいた。
「あ、ああ」
「辛かったか」
「苦しかったけど、でも、」
言いながらグレアムはサギトの顔を両手で挟んだ。サギトの顔が震える手に包まれる。
「お前と一つになれた気分だ。すげえ嬉しい」
心臓がどくんと鳴った。なんだその台詞は。
己が恥ずかしくなって頬を染めた。サギトはただ、邪まな欲望のままにグレアムを汚しただけなのに。
「よかったのか。魔人の力なんて、後悔しないか……」
「しねえよ!サギトの注いでくれたサギトの一部だろ。本当にありがとう、大事にする」
「……」
サギトは自身の後ろ暗さとグレアムの明朗さの落差に何も言うことができず、うつむいた。視線をさまよわせながら、
「これでお前も魔術を使えるようになったな」
と言った。
グレアムは嬉しそうに笑った。
「本当に俺にもできるのかな?いろいろ教えてくれ」
「うん、もちろんだ」
サギトはうなずいた。
グレアムには魔力を使いこなす才があった。彼はすぐに基本魔術の全てが出来るようになった。いつもサギトの魔術コントロール訓練に付き合って目で学んでいたのも良かったのだろう。
サギトの見立てでは、グレアムは、サギトの七割程度の力を得たようだった。自分の力の七割、これが魔人が人間に与えられる魔力の最大値なのだろう。
風の刃で十本くらいの薪を一気に割る様子を眺め、サギトは呆れたように笑う。
夕方の、孤児院裏の薪置き場。薪割りは年長組の孤児の仕事だった。
「勉強も剣術もできて、さらに魔術もか。嫌味なくらい完璧なやつだな、お前は」
「いやいや、サギトのおかげだって」
「騎士になったら、お前こそ救世主になれそうだな」
「そ、そうか?」
「ああ。俺の魔力、国の為に役立てたらいい。英雄になれ」
サギトは半分冗談、でも本当にそうなりそうな予感がしながら言った。自分なんかが無駄に隠し持っているより、グレアムが持っていたほうがきっと役立つ力だと思った。
グレアムは複雑な表情を浮かべた。
「俺はやっぱり、サギトと一緒に士官学校に行って、サギトと一緒に英雄になりたい」
サギトは苦笑いを浮かべる。
「だからそれは無理だ」
グレアムはサギトの目をまっすぐ見て言った。
「お前、宮廷魔道士になりたくないのか?」
サギトの心は大きく揺らいだ。それはとても、素敵な響きのする単語だった。
城に勤めて、国の為に働き、皆に感謝されて尊敬されて。
「な、なりたいけど」
「だったら!」
サギトはため息をついた。あまり角を立てたくないサギトは、
「頼む」
とだけ言った。グレアムは、はっとした顔をした。そして心苦しそうに口をつぐんだ。
「ごめん」
謝られたサギトは、力なく笑みを浮かべた。
「いや、いい」
こういう時やはり、紫眼である自分とそうでないグレアムとの溝を感じてしまった。グレアムはあまりにも認識が甘かった。
魔人云々を抜きにしても、紫眼、つまり忌人が宮廷魔道士になどなれるわけないのだ。
忌人にはいくつかの種類がある。紫眼の他にも、耳の尖った「尖り耳」、肌が緑色の「緑肌」、頭にツノが生えている「有角」、額に目がある「三つ目」。それらが騎士や宮廷魔道士になったことはない。
忌人の騎士、忌人の宮廷魔道士。そんなものは存在しない。一人もいない。
「実力主義で身分に関わらず国民から広く才能を募る」と謳われる職でも、忌人は例外だった。それがこの世界の現実だ。
サギトは、薪を拾い始めた。
グレアムが風魔法で見事に分断し散乱した薪。グレアムも慌てたように拾い出す。拾いながらまた、
「ごめんな」
「いいって」
何度も謝られると、かえって傷つくというものだ。グレアムは確かめるように言った。
「俺たちの関係さ、孤児院を出ても変わらないよな。俺達はこれからもずっと、その……」
「うん、きっと変わらないさ」
そんなわけはなかったが、サギトは否定しなかった。
薪割りという面倒でつまらない作業すら、とても大事な何かのように思えてきた。
感傷がこみ上げた。別れの足音が、もうすぐそこに近づいていた。
この少々気まずい会話の三ヵ月後、グレアムは士官学校入学試験を受け合格した。
そしてグレアムにとって栄光への第一歩だったその日は、サギトにとっては、血塗られた日々への第一歩となる。
(噛みたい。噛みたい。噛んで、注ぎたい)
(俺を、注ぎたい)
異様な欲望がわきあがってくる。
グレアムへの欲望。
サギトはグレアムの左腕をぐっと掴んだ。その手を翻して手首を見つめる。そこに走る青紫の筋を見つめる。
噛みたい。注ぎたい。
狼狽していたグレアムは、その時はっと何かに気づいたように息を飲んだ。
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「やってくれ」
「……」
サギトはその手首に噛み付いた。長い牙を、透ける血管に突き刺した。
「つっ」
グレアムが小さく痛みに声を漏らす。
サギトの口の中でグレアムの血があふれた。サギトは高揚しながらその血を啜った。
そしてさらに深く、牙を突き立てる。サギトは魔力を注ぎ込んで行った。
グレアムが苦しそうに荒い息を吐く。呼吸がやがて、苦悶の声へと変化する。
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苦しげに身をのけぞらせ喉をさらす。グレアムの体内で明らかに何かが起きていた。
サギトはこの時、勃起していた。
グレアムの穢れ無き綺麗な血を、サギトの呪われた血で染めて汚す。
その背徳的な心地よさ。
己の中にこんな薄汚い欲望が隠れていたのか、と自分で自分にあきれる程、サギトはグレアムの血を汚すことに異様な快感を感じていた。
ぎりぎりと強く強く歯を立てた。射精にも似た快感がずっと持続する。
気づけばサギトは、与えられる限界まで魔力をグレアムに分け与えていた。
グレアムの手首から口を離した。
「はっ……。はっ……。はっ……」
グレアムは苦しげに息をつきながら、右手で自分の胸のあたりをかきむしった。
見ればグレアムの全身から、黒い影が立ちこめていた。グレアムが暗黒のオーラをまとっている。サギトと同じオーラを。
口の中で、サギトの牙が縮んでいった。普通の犬歯に戻る。
サギトは笑みを浮かべた。グレアムを汚し尽くせたことに心から満足し。
口の端から血をしたたらせるサギトは、まさに吸血鬼のような姿だったろう。
やがてグレアムの身にまとわりつく黒い影が引いていった。グレアムの呼吸も落ち着いてきた。
グレアムの手首はまだ流血していた。サギトはその腕を取り、再び口をつけてそれを舐め啜る。
食事の終了を惜しむ吸血鬼のように。
そんなサギトを、グレアムは荒く息を上げながら見つめた。
傷がふさがり、血が止まった。サギトは全てのグレアムの血を綺麗に舐め尽した。
グレアムの左の手首には、虫刺されのように赤茶くふくれた噛み痕が二つ、残った。
サギトは口についた血をぬぐって、グレアムの顔を見る。
「大丈夫か?」
グレアムは手で額を抑えながらぎこちなくうなずいた。
「あ、ああ」
「辛かったか」
「苦しかったけど、でも、」
言いながらグレアムはサギトの顔を両手で挟んだ。サギトの顔が震える手に包まれる。
「お前と一つになれた気分だ。すげえ嬉しい」
心臓がどくんと鳴った。なんだその台詞は。
己が恥ずかしくなって頬を染めた。サギトはただ、邪まな欲望のままにグレアムを汚しただけなのに。
「よかったのか。魔人の力なんて、後悔しないか……」
「しねえよ!サギトの注いでくれたサギトの一部だろ。本当にありがとう、大事にする」
「……」
サギトは自身の後ろ暗さとグレアムの明朗さの落差に何も言うことができず、うつむいた。視線をさまよわせながら、
「これでお前も魔術を使えるようになったな」
と言った。
グレアムは嬉しそうに笑った。
「本当に俺にもできるのかな?いろいろ教えてくれ」
「うん、もちろんだ」
サギトはうなずいた。
グレアムには魔力を使いこなす才があった。彼はすぐに基本魔術の全てが出来るようになった。いつもサギトの魔術コントロール訓練に付き合って目で学んでいたのも良かったのだろう。
サギトの見立てでは、グレアムは、サギトの七割程度の力を得たようだった。自分の力の七割、これが魔人が人間に与えられる魔力の最大値なのだろう。
風の刃で十本くらいの薪を一気に割る様子を眺め、サギトは呆れたように笑う。
夕方の、孤児院裏の薪置き場。薪割りは年長組の孤児の仕事だった。
「勉強も剣術もできて、さらに魔術もか。嫌味なくらい完璧なやつだな、お前は」
「いやいや、サギトのおかげだって」
「騎士になったら、お前こそ救世主になれそうだな」
「そ、そうか?」
「ああ。俺の魔力、国の為に役立てたらいい。英雄になれ」
サギトは半分冗談、でも本当にそうなりそうな予感がしながら言った。自分なんかが無駄に隠し持っているより、グレアムが持っていたほうがきっと役立つ力だと思った。
グレアムは複雑な表情を浮かべた。
「俺はやっぱり、サギトと一緒に士官学校に行って、サギトと一緒に英雄になりたい」
サギトは苦笑いを浮かべる。
「だからそれは無理だ」
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「お前、宮廷魔道士になりたくないのか?」
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城に勤めて、国の為に働き、皆に感謝されて尊敬されて。
「な、なりたいけど」
「だったら!」
サギトはため息をついた。あまり角を立てたくないサギトは、
「頼む」
とだけ言った。グレアムは、はっとした顔をした。そして心苦しそうに口をつぐんだ。
「ごめん」
謝られたサギトは、力なく笑みを浮かべた。
「いや、いい」
こういう時やはり、紫眼である自分とそうでないグレアムとの溝を感じてしまった。グレアムはあまりにも認識が甘かった。
魔人云々を抜きにしても、紫眼、つまり忌人が宮廷魔道士になどなれるわけないのだ。
忌人にはいくつかの種類がある。紫眼の他にも、耳の尖った「尖り耳」、肌が緑色の「緑肌」、頭にツノが生えている「有角」、額に目がある「三つ目」。それらが騎士や宮廷魔道士になったことはない。
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「実力主義で身分に関わらず国民から広く才能を募る」と謳われる職でも、忌人は例外だった。それがこの世界の現実だ。
サギトは、薪を拾い始めた。
グレアムが風魔法で見事に分断し散乱した薪。グレアムも慌てたように拾い出す。拾いながらまた、
「ごめんな」
「いいって」
何度も謝られると、かえって傷つくというものだ。グレアムは確かめるように言った。
「俺たちの関係さ、孤児院を出ても変わらないよな。俺達はこれからもずっと、その……」
「うん、きっと変わらないさ」
そんなわけはなかったが、サギトは否定しなかった。
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