魔道暗殺者と救国の騎士

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
12 / 71

第6話 回想/暴走(3)

しおりを挟む
 サギト達はその章を一緒に読み進めた。

『魔人は、呪文や術名を唱えることなく魔術を発動することができる。しかも絶大な威力である。その威力は、魔人一人で十人以上の魔道士に匹敵すると言われている。
 使い魔の操作にも長けていて、本来なら極めて危険な、死骸を材料とした使い魔も難なく作成し、操ることが出来る。また、虫や鳥や獣を使い魔のごとく意のままに操るという。
 その他、数々の闇の魔術、外法を使う。魔人の力が最も強く発揮されるのは、それら闇魔術においてである』

 グレアムがうなった。

「すっげえなあ。お前一人でムジャヒールと戦えるんじゃないか?いいなあ、俺もその力欲しいよ。俺が魔人なら良かったのに」

「えっ」

 戦争に結びつけるとは。そんな壮大な発想はなかった。いや、南の邪教帝国の侵略に大人も子供も怯える、この国の男児らしい発想なのかもしれないが。

「欲しいって、ひとごとだからそう言えるんだ。俺もお前にやれるものならやりた……」

 言いかけたサギトをさえぎって、グレアムが大きな声を出す。

「おい、次読んでみてくれ、そこすごいこと書いてないか?」

「次?」

 サギトは指で文字をたどりながら、声に出して読んだ。

『古代の魔人族の王族は、自らの魔力を人間に分け与えることが出来たという。かつて魔力に目がくらみ堕落した人間達は、魔王から魔力を授けられ、魔王の眷属と成り果てた。魔王は望めば無尽蔵に眷族を増やすことができ、いくら人間に魔力を分け与えても自らの力を毀損されることはなかった』

 読み終わったサギトは、

「……うーん」

 と唸って苦笑した。魔王。眷属。あまりにもおとぎ話めいた話じゃないか。でもグレアムは食いついた。

「これだっ!これお前、できないか?」

「さすがに無理だろう。王族とか書いてあるぞ」

「できるかも知んねえじゃん、続き読んでくれ」

「まあ読むことは読むが」

『魔人の王族は、人間の血管に歯を突き立て、魔力を注いだと言う。現在見られる吸血鬼が、人間の首つまり頸動脈に噛みつき、人間を吸血鬼化させるのと似ている。このことから、吸血鬼は魔人の子孫の一種と考えられている』

「……」

 サギトはげんなりしてきた。今度は吸血鬼ときた。紫眼は吸血鬼の親戚だったのか。吸血鬼って、完全に魔物じゃないか。
 うんざり顔のサギトに、グレアムが手首を差し出してきた。

「噛んでくれ!」

「はあ?」

「血管!」

「いやいや」

 サギトは頭を抱えた。出来るわけがないじゃないか。そもそも、本当に出来てしまったらどうするのか。後悔するんじゃないのか?

「噛むだけ!」

「分かったよ」

 サギトはため息をつきながら、グレアムの手首を手に取った。その青い筋を確かめる。とりあえず噛めば満足するだろう。
 サギトはかぷり、と青い筋に歯を立ててみた。なんだかちょっと、恥ずかしかった。

「……何も起きねえな」

「そりゃそうだよ」

「じゃあ首!首んとこ噛んでよ」

「え、やだよ」

「頼む!」

 グレアムは地面に両膝をつき、両手をサギトの肩にのせてゆさゆさ揺する。

「うう。分かったよやるよ」

 サギトは根負けして、グレアムに抱きつくように顔を寄せた。その首筋を確かめる。

「血管がない」

「いいからどっか噛んで見てよ」

「どっかって」

 少し日焼けした滑らかな首筋。サギトは妙な緊張を覚えながら、口を開けた。こんなところ誰かに見られたら、どう思われるだろう。
 その首筋を食む。歯を立てる。ちょっと舌が触れて、グレアムの肌をなめてしまった。サギトの脈拍が乱れ打つ。
 しばらくしてグレアムが不服そうに、

「……やっぱ何も起きないな」

 サギトは唇を離した。

「そりゃそうだって」

 体がふわふわするような妙な感覚のまま、グレアムから身を離した。赤面を見られたくなくてうつむきながら。
 でも、気づかれてしまった。

「うっ」

 とグレアムはサギトの赤い顔を見てうめいたかと思うと、サギトに噛まれた首筋をキュッと手で押さえた。
 グレアムはサギト以上に赤面した。慌てふためいた様子で、

「ご、ごめんサギト、変なことさせちまって!あの、その、えっと……ごめん!」

 グレアムにまで赤面されたら、サギトはますます気恥ずかしくなる。

「い、いいよ別に。じゃあええと、そうだ、本。もう大体読んだから大丈夫だ」

「そそ、そうだな。燃やそうぜっ!」

 二人はやっとその本を燃やした。グレアムが持ってきていたマッチの火に、その古びた本はあっさりと崩れ去った。
 サギトは無言で灰に化していく本を見つめた。
 燃やしたところで、事実が消えて無くなるわけではないことは分かっていた。この本の情報を知っている人間が孤児院にいないとも限らない。

「気をつけろよサギト」

 もう不用意に魔力を暴走させるな、ということだろう。

「ああ」

 サギトはうなずいた。肝に銘じようと思った。
 
 サギトはこの日から、人目につかない場所でこっそりと魔術の訓練をするようになった。魔術をコントロールできるようになるため。グレアムも付き合ってくれた。とても楽しそうに。
 魔術の本を見ながら、魔術の基本とされる、火、水、風、土の四大精霊の力を借りる精霊魔術を試した。空中に鬼火をつけてみたり、手の平から水を湧き出させてみたり、木の葉を落とす風を起こしてみたり、石を一瞬で砂に変えてみたりした。
 いちいちグレアムが歓声をあげて、羨ましがった。グレアムは派手な精霊魔術が好きだった。

 サギトは生物の操作が好きだった。蝶の群れがサギトの周囲に集まり、おうむのように指にとまるのはとても幻想的で、その美しい光景を見るときだけは、ちょっとだけ、魔術があってよかったと思った。

 サギトはもう魔術を暴走させることはなかった。グレアム以外にサギトの魔術を知られることもなかった。
 サギトがグレアムに魔力を分け与えることになるのは、ここからさらに、数年後のことになる。
しおりを挟む
↓第9回BL小説大賞奨励賞いただけました
忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
感想 92

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている

いちみやりょう
BL
彼が負傷した隊員を庇って敵から剣で斬られそうになった時、自然と体が動いた。 「ジル!!!」 俺の体から血飛沫が出るのと、隊長が俺の名前を叫んだのは同時だった。 隊長はすぐさま敵をなぎ倒して、俺の体を抱き寄せてくれた。 「ジル!」 「……隊長……お怪我は……?」 「……ない。ジルが庇ってくれたからな」 隊長は俺の傷の具合でもう助からないのだと、悟ってしまったようだ。 目を細めて俺を見て、涙を耐えるように不器用に笑った。 ーーーー 『愛してる、ジル』 前の世界の隊長の声を思い出す。 この世界の貴方は俺にそんなことを言わない。 だけど俺は、前の世界にいた時の貴方の優しさが忘れられない。 俺のことを憎んで、俺に冷たく当たっても俺は貴方を信じたい。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

騎士団長の秘密

さねうずる
BL
「俺は、ポラール殿を好いている」 「「「 なんて!?!?!?」」 無口無表情の騎士団長が好きなのは別騎士団のシロクマ獣人副団長 チャラシロクマ×イケメン騎士団長

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

処理中です...