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第6話 回想/暴走(3)
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サギト達はその章を一緒に読み進めた。
『魔人は、呪文や術名を唱えることなく魔術を発動することができる。しかも絶大な威力である。その威力は、魔人一人で十人以上の魔道士に匹敵すると言われている。
使い魔の操作にも長けていて、本来なら極めて危険な、死骸を材料とした使い魔も難なく作成し、操ることが出来る。また、虫や鳥や獣を使い魔のごとく意のままに操るという。
その他、数々の闇の魔術、外法を使う。魔人の力が最も強く発揮されるのは、それら闇魔術においてである』
グレアムがうなった。
「すっげえなあ。お前一人でムジャヒールと戦えるんじゃないか?いいなあ、俺もその力欲しいよ。俺が魔人なら良かったのに」
「えっ」
戦争に結びつけるとは。そんな壮大な発想はなかった。いや、南の邪教帝国の侵略に大人も子供も怯える、この国の男児らしい発想なのかもしれないが。
「欲しいって、ひとごとだからそう言えるんだ。俺もお前にやれるものならやりた……」
言いかけたサギトをさえぎって、グレアムが大きな声を出す。
「おい、次読んでみてくれ、そこすごいこと書いてないか?」
「次?」
サギトは指で文字をたどりながら、声に出して読んだ。
『古代の魔人族の王族は、自らの魔力を人間に分け与えることが出来たという。かつて魔力に目がくらみ堕落した人間達は、魔王から魔力を授けられ、魔王の眷属と成り果てた。魔王は望めば無尽蔵に眷族を増やすことができ、いくら人間に魔力を分け与えても自らの力を毀損されることはなかった』
読み終わったサギトは、
「……うーん」
と唸って苦笑した。魔王。眷属。あまりにもおとぎ話めいた話じゃないか。でもグレアムは食いついた。
「これだっ!これお前、できないか?」
「さすがに無理だろう。王族とか書いてあるぞ」
「できるかも知んねえじゃん、続き読んでくれ」
「まあ読むことは読むが」
『魔人の王族は、人間の血管に歯を突き立て、魔力を注いだと言う。現在見られる吸血鬼が、人間の首つまり頸動脈に噛みつき、人間を吸血鬼化させるのと似ている。このことから、吸血鬼は魔人の子孫の一種と考えられている』
「……」
サギトはげんなりしてきた。今度は吸血鬼ときた。紫眼は吸血鬼の親戚だったのか。吸血鬼って、完全に魔物じゃないか。
うんざり顔のサギトに、グレアムが手首を差し出してきた。
「噛んでくれ!」
「はあ?」
「血管!」
「いやいや」
サギトは頭を抱えた。出来るわけがないじゃないか。そもそも、本当に出来てしまったらどうするのか。後悔するんじゃないのか?
「噛むだけ!」
「分かったよ」
サギトはため息をつきながら、グレアムの手首を手に取った。その青い筋を確かめる。とりあえず噛めば満足するだろう。
サギトはかぷり、と青い筋に歯を立ててみた。なんだかちょっと、恥ずかしかった。
「……何も起きねえな」
「そりゃそうだよ」
「じゃあ首!首んとこ噛んでよ」
「え、やだよ」
「頼む!」
グレアムは地面に両膝をつき、両手をサギトの肩にのせてゆさゆさ揺する。
「うう。分かったよやるよ」
サギトは根負けして、グレアムに抱きつくように顔を寄せた。その首筋を確かめる。
「血管がない」
「いいからどっか噛んで見てよ」
「どっかって」
少し日焼けした滑らかな首筋。サギトは妙な緊張を覚えながら、口を開けた。こんなところ誰かに見られたら、どう思われるだろう。
その首筋を食む。歯を立てる。ちょっと舌が触れて、グレアムの肌をなめてしまった。サギトの脈拍が乱れ打つ。
しばらくしてグレアムが不服そうに、
「……やっぱ何も起きないな」
サギトは唇を離した。
「そりゃそうだって」
体がふわふわするような妙な感覚のまま、グレアムから身を離した。赤面を見られたくなくてうつむきながら。
でも、気づかれてしまった。
「うっ」
とグレアムはサギトの赤い顔を見てうめいたかと思うと、サギトに噛まれた首筋をキュッと手で押さえた。
グレアムはサギト以上に赤面した。慌てふためいた様子で、
「ご、ごめんサギト、変なことさせちまって!あの、その、えっと……ごめん!」
グレアムにまで赤面されたら、サギトはますます気恥ずかしくなる。
「い、いいよ別に。じゃあええと、そうだ、本。もう大体読んだから大丈夫だ」
「そそ、そうだな。燃やそうぜっ!」
二人はやっとその本を燃やした。グレアムが持ってきていたマッチの火に、その古びた本はあっさりと崩れ去った。
サギトは無言で灰に化していく本を見つめた。
燃やしたところで、事実が消えて無くなるわけではないことは分かっていた。この本の情報を知っている人間が孤児院にいないとも限らない。
「気をつけろよサギト」
もう不用意に魔力を暴走させるな、ということだろう。
「ああ」
サギトはうなずいた。肝に銘じようと思った。
サギトはこの日から、人目につかない場所でこっそりと魔術の訓練をするようになった。魔術をコントロールできるようになるため。グレアムも付き合ってくれた。とても楽しそうに。
魔術の本を見ながら、魔術の基本とされる、火、水、風、土の四大精霊の力を借りる精霊魔術を試した。空中に鬼火をつけてみたり、手の平から水を湧き出させてみたり、木の葉を落とす風を起こしてみたり、石を一瞬で砂に変えてみたりした。
いちいちグレアムが歓声をあげて、羨ましがった。グレアムは派手な精霊魔術が好きだった。
サギトは生物の操作が好きだった。蝶の群れがサギトの周囲に集まり、おうむのように指にとまるのはとても幻想的で、その美しい光景を見るときだけは、ちょっとだけ、魔術があってよかったと思った。
サギトはもう魔術を暴走させることはなかった。グレアム以外にサギトの魔術を知られることもなかった。
サギトがグレアムに魔力を分け与えることになるのは、ここからさらに、数年後のことになる。
『魔人は、呪文や術名を唱えることなく魔術を発動することができる。しかも絶大な威力である。その威力は、魔人一人で十人以上の魔道士に匹敵すると言われている。
使い魔の操作にも長けていて、本来なら極めて危険な、死骸を材料とした使い魔も難なく作成し、操ることが出来る。また、虫や鳥や獣を使い魔のごとく意のままに操るという。
その他、数々の闇の魔術、外法を使う。魔人の力が最も強く発揮されるのは、それら闇魔術においてである』
グレアムがうなった。
「すっげえなあ。お前一人でムジャヒールと戦えるんじゃないか?いいなあ、俺もその力欲しいよ。俺が魔人なら良かったのに」
「えっ」
戦争に結びつけるとは。そんな壮大な発想はなかった。いや、南の邪教帝国の侵略に大人も子供も怯える、この国の男児らしい発想なのかもしれないが。
「欲しいって、ひとごとだからそう言えるんだ。俺もお前にやれるものならやりた……」
言いかけたサギトをさえぎって、グレアムが大きな声を出す。
「おい、次読んでみてくれ、そこすごいこと書いてないか?」
「次?」
サギトは指で文字をたどりながら、声に出して読んだ。
『古代の魔人族の王族は、自らの魔力を人間に分け与えることが出来たという。かつて魔力に目がくらみ堕落した人間達は、魔王から魔力を授けられ、魔王の眷属と成り果てた。魔王は望めば無尽蔵に眷族を増やすことができ、いくら人間に魔力を分け与えても自らの力を毀損されることはなかった』
読み終わったサギトは、
「……うーん」
と唸って苦笑した。魔王。眷属。あまりにもおとぎ話めいた話じゃないか。でもグレアムは食いついた。
「これだっ!これお前、できないか?」
「さすがに無理だろう。王族とか書いてあるぞ」
「できるかも知んねえじゃん、続き読んでくれ」
「まあ読むことは読むが」
『魔人の王族は、人間の血管に歯を突き立て、魔力を注いだと言う。現在見られる吸血鬼が、人間の首つまり頸動脈に噛みつき、人間を吸血鬼化させるのと似ている。このことから、吸血鬼は魔人の子孫の一種と考えられている』
「……」
サギトはげんなりしてきた。今度は吸血鬼ときた。紫眼は吸血鬼の親戚だったのか。吸血鬼って、完全に魔物じゃないか。
うんざり顔のサギトに、グレアムが手首を差し出してきた。
「噛んでくれ!」
「はあ?」
「血管!」
「いやいや」
サギトは頭を抱えた。出来るわけがないじゃないか。そもそも、本当に出来てしまったらどうするのか。後悔するんじゃないのか?
「噛むだけ!」
「分かったよ」
サギトはため息をつきながら、グレアムの手首を手に取った。その青い筋を確かめる。とりあえず噛めば満足するだろう。
サギトはかぷり、と青い筋に歯を立ててみた。なんだかちょっと、恥ずかしかった。
「……何も起きねえな」
「そりゃそうだよ」
「じゃあ首!首んとこ噛んでよ」
「え、やだよ」
「頼む!」
グレアムは地面に両膝をつき、両手をサギトの肩にのせてゆさゆさ揺する。
「うう。分かったよやるよ」
サギトは根負けして、グレアムに抱きつくように顔を寄せた。その首筋を確かめる。
「血管がない」
「いいからどっか噛んで見てよ」
「どっかって」
少し日焼けした滑らかな首筋。サギトは妙な緊張を覚えながら、口を開けた。こんなところ誰かに見られたら、どう思われるだろう。
その首筋を食む。歯を立てる。ちょっと舌が触れて、グレアムの肌をなめてしまった。サギトの脈拍が乱れ打つ。
しばらくしてグレアムが不服そうに、
「……やっぱ何も起きないな」
サギトは唇を離した。
「そりゃそうだって」
体がふわふわするような妙な感覚のまま、グレアムから身を離した。赤面を見られたくなくてうつむきながら。
でも、気づかれてしまった。
「うっ」
とグレアムはサギトの赤い顔を見てうめいたかと思うと、サギトに噛まれた首筋をキュッと手で押さえた。
グレアムはサギト以上に赤面した。慌てふためいた様子で、
「ご、ごめんサギト、変なことさせちまって!あの、その、えっと……ごめん!」
グレアムにまで赤面されたら、サギトはますます気恥ずかしくなる。
「い、いいよ別に。じゃあええと、そうだ、本。もう大体読んだから大丈夫だ」
「そそ、そうだな。燃やそうぜっ!」
二人はやっとその本を燃やした。グレアムが持ってきていたマッチの火に、その古びた本はあっさりと崩れ去った。
サギトは無言で灰に化していく本を見つめた。
燃やしたところで、事実が消えて無くなるわけではないことは分かっていた。この本の情報を知っている人間が孤児院にいないとも限らない。
「気をつけろよサギト」
もう不用意に魔力を暴走させるな、ということだろう。
「ああ」
サギトはうなずいた。肝に銘じようと思った。
サギトはこの日から、人目につかない場所でこっそりと魔術の訓練をするようになった。魔術をコントロールできるようになるため。グレアムも付き合ってくれた。とても楽しそうに。
魔術の本を見ながら、魔術の基本とされる、火、水、風、土の四大精霊の力を借りる精霊魔術を試した。空中に鬼火をつけてみたり、手の平から水を湧き出させてみたり、木の葉を落とす風を起こしてみたり、石を一瞬で砂に変えてみたりした。
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サギトは生物の操作が好きだった。蝶の群れがサギトの周囲に集まり、おうむのように指にとまるのはとても幻想的で、その美しい光景を見るときだけは、ちょっとだけ、魔術があってよかったと思った。
サギトはもう魔術を暴走させることはなかった。グレアム以外にサギトの魔術を知られることもなかった。
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