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第6話 回想/暴走(1)
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一度発現してしまった魔力は、決壊した川の水のようにサギトの中で溢れた。もう魔力を持つ前の自分には戻れなかった。
サラダに青蛙を入れられた日の三日後、今度はオートミールの中に何匹かのネズミの死骸を入れられた。スプーンをかき回せば、トマトソースの粥の中で、哀れな黒ネズミたちがそのどろどろの体を晒した。
なんとなく警戒していたサギトは、ネズミ入りの粥を口にすることはなかった。
だが、物凄い怒りを感じた。
またか、という怒りと共に、「お前らのせいだ」という恨みの感情。
どこの誰だか分からないが、サラダに蛙を入れた連中のせいで、サギトは目覚めたくもない魔力に目覚めてしまった。己が魔人だなどという、知りたくもないことを知ってしまった。
強烈な負の感情が、サギトの中で渦巻いた。
全部、お前らのせいだ。そして性懲りも無くまたこういうことをするのか。
誰だ。
誰だ。
どこのどいつだ。
その時、ネズミの死骸が跳ねた。
並の跳ね方ではなかった。皿の上で最初の一匹が、軽く一メートルは跳ねた。
サギトはびくっとする。続いて、他の死骸も跳ね出した。粥の汁を撒き散らし、ボールのようにぴょんぴょんと、それはとてもリズミカルな、踊るような動きだった。
当然、周囲がざわめき出した。
「なにっ!?」
「やだネズミ!」
「なんだよこれ、気持ち悪い!」
一瞬驚いたサギトは、すぐにそれが魔力によるものだと理解した。サギトの怒りに呼応してネズミの死骸が跳ねているのだろうと。
ふいにおかしさがこみあげた。
なんの前触れもなく、突如として腹の底から愉快な感情が湧き上がってきた。
あんなに憂鬱に感じていた己の魔力に、サギトはこのとき初めて嬉々とした。
それはまるで夜空の叢雲が晴れ上がり、煌々と満月に照らされたような高揚感。
サギトは心の中でネズミに命じた。
(お前らは犯人を知っているな?お前らは犯人の顔を見ただろう?)
(じゃあ犯人の元に戻れ)
ネズミの死骸が、十メートルくらいの大跳躍をした。いや飛翔というべきか。
サギトの後ろの席に座っている、数名の男子の皿の中に、死んだネズミたちが一斉に空中移動した。
彼らは悲鳴をあげた。女みたいな悲鳴をあげたやつもいた。いい気味だと思った。
「ひあああああっ!」
「クソっ、なんで俺達の皿に!」
「おい、サギトっ!」
一人の男子に名前を呼ばれ、サギトは振り向いた。そいつは立ち上がってサギトを睨みつけていた。
あー、主犯はこいつだったのか、と思った。ガキ大将を気取ってる、体がでかいだけの粗暴なデブ。名前はザックだったか。まるで意外性がなかった。
サギトはくっと笑って返事した。
「なに?」
「おまっ、おまえが、ネズミ、お前の」
「は?ちゃんと言葉を話せよ」
「お、お前のネズミだろこれ!俺達に投げ込んだな!」
「ネズミが勝手に動いたんだが?俺がネズミを投げたところを誰が見た?誰も見てない」
ザックは一瞬、悔しそうに口をつぐんだ。だがすぐに底意地の悪い笑みを浮かべた。
ザックはサギトの周囲の子供達に大声で問いかけた。
「お前ら見たよな!サギトがネズミを俺達にむかってぶん投げるの見たよな!」
サギトの周りの子供達は、困った顔をして互いの目を見合わせていたが、
「見たんだろ!」
ザックのほえ声におびえた目をすると、おずおずと首を縦に振った。
「う、うん、見たかも」
「そ、そうだね、投げてたかも」
ザックは勝ち誇ったような顔で笑った。
「ほ・ら・な!」
サギトはザックの顔と言い草に殺意にも似た不快感を覚えた。サギトはその時、相当強烈な目でザックを睨みつけたのだろう。ザックは一瞬、怯んだ顔をした。
一瞬怯んだザックが、怯んでしまったことに腹を立てた様子で、怒声を上げた。
「なんだサギト、その目つきは!このクソ紫眼野郎が!」
その時、コトは起きた。
いじめっこグループの皿の中で、ネズミの死骸が、まるで生き返ったかのごとくくるりと四つんばいになった。その瞳は異形の赤色。ザックの子分たちがひっ、と目をむいた。
「な、なんだこれ!」
「嘘だろ!」
子分たちの声にザックが、
「あん?どうしたお前ら」
振り向いた、その時。
ザックの股間に、ネズミたちが飛び掛った。そしていっせいに噛み付いた。
「~~~~~~~~~~っ!!」
眼を飛び出さんばかりに開いたザックは、声にならない叫びをあげた。その股に、瞳の赤い異形のネズミが食いついている。
ザックは涙を流し必死になって股間から異形のネズミを引き離そうとした。だががっつり食いついて離れない。
サギトはその様子がおかしくて仕方なかった。肩を震わせくつくつと笑った。
みんな呆然と遠巻きにザックを見ていた。
爽快な気分でその滑稽な喜劇を観劇していたサギトの肩を、誰かがぽんと叩いた。
見るとグレアムだった。
苦笑いをして、サギトを見下ろしていた。耳元に囁かれる。
そろそろ許してやれよ、と。
サギトは真顔になった。
言うとおりにした。
ザックの股間から、ネズミたちがどさりと落ちた。もうただの死骸に戻っている。ザックが背中を丸めて股を抑えて泣いた。
「おい大丈夫かよ、ザック!」
取り巻きたちがザックの背中をさすった。
サギトの胸の奥から嫌な気分がせり上がって来た。
席を立った。逃げ出すように、異様な空気に包まれる食堂を出た。
サラダに青蛙を入れられた日の三日後、今度はオートミールの中に何匹かのネズミの死骸を入れられた。スプーンをかき回せば、トマトソースの粥の中で、哀れな黒ネズミたちがそのどろどろの体を晒した。
なんとなく警戒していたサギトは、ネズミ入りの粥を口にすることはなかった。
だが、物凄い怒りを感じた。
またか、という怒りと共に、「お前らのせいだ」という恨みの感情。
どこの誰だか分からないが、サラダに蛙を入れた連中のせいで、サギトは目覚めたくもない魔力に目覚めてしまった。己が魔人だなどという、知りたくもないことを知ってしまった。
強烈な負の感情が、サギトの中で渦巻いた。
全部、お前らのせいだ。そして性懲りも無くまたこういうことをするのか。
誰だ。
誰だ。
どこのどいつだ。
その時、ネズミの死骸が跳ねた。
並の跳ね方ではなかった。皿の上で最初の一匹が、軽く一メートルは跳ねた。
サギトはびくっとする。続いて、他の死骸も跳ね出した。粥の汁を撒き散らし、ボールのようにぴょんぴょんと、それはとてもリズミカルな、踊るような動きだった。
当然、周囲がざわめき出した。
「なにっ!?」
「やだネズミ!」
「なんだよこれ、気持ち悪い!」
一瞬驚いたサギトは、すぐにそれが魔力によるものだと理解した。サギトの怒りに呼応してネズミの死骸が跳ねているのだろうと。
ふいにおかしさがこみあげた。
なんの前触れもなく、突如として腹の底から愉快な感情が湧き上がってきた。
あんなに憂鬱に感じていた己の魔力に、サギトはこのとき初めて嬉々とした。
それはまるで夜空の叢雲が晴れ上がり、煌々と満月に照らされたような高揚感。
サギトは心の中でネズミに命じた。
(お前らは犯人を知っているな?お前らは犯人の顔を見ただろう?)
(じゃあ犯人の元に戻れ)
ネズミの死骸が、十メートルくらいの大跳躍をした。いや飛翔というべきか。
サギトの後ろの席に座っている、数名の男子の皿の中に、死んだネズミたちが一斉に空中移動した。
彼らは悲鳴をあげた。女みたいな悲鳴をあげたやつもいた。いい気味だと思った。
「ひあああああっ!」
「クソっ、なんで俺達の皿に!」
「おい、サギトっ!」
一人の男子に名前を呼ばれ、サギトは振り向いた。そいつは立ち上がってサギトを睨みつけていた。
あー、主犯はこいつだったのか、と思った。ガキ大将を気取ってる、体がでかいだけの粗暴なデブ。名前はザックだったか。まるで意外性がなかった。
サギトはくっと笑って返事した。
「なに?」
「おまっ、おまえが、ネズミ、お前の」
「は?ちゃんと言葉を話せよ」
「お、お前のネズミだろこれ!俺達に投げ込んだな!」
「ネズミが勝手に動いたんだが?俺がネズミを投げたところを誰が見た?誰も見てない」
ザックは一瞬、悔しそうに口をつぐんだ。だがすぐに底意地の悪い笑みを浮かべた。
ザックはサギトの周囲の子供達に大声で問いかけた。
「お前ら見たよな!サギトがネズミを俺達にむかってぶん投げるの見たよな!」
サギトの周りの子供達は、困った顔をして互いの目を見合わせていたが、
「見たんだろ!」
ザックのほえ声におびえた目をすると、おずおずと首を縦に振った。
「う、うん、見たかも」
「そ、そうだね、投げてたかも」
ザックは勝ち誇ったような顔で笑った。
「ほ・ら・な!」
サギトはザックの顔と言い草に殺意にも似た不快感を覚えた。サギトはその時、相当強烈な目でザックを睨みつけたのだろう。ザックは一瞬、怯んだ顔をした。
一瞬怯んだザックが、怯んでしまったことに腹を立てた様子で、怒声を上げた。
「なんだサギト、その目つきは!このクソ紫眼野郎が!」
その時、コトは起きた。
いじめっこグループの皿の中で、ネズミの死骸が、まるで生き返ったかのごとくくるりと四つんばいになった。その瞳は異形の赤色。ザックの子分たちがひっ、と目をむいた。
「な、なんだこれ!」
「嘘だろ!」
子分たちの声にザックが、
「あん?どうしたお前ら」
振り向いた、その時。
ザックの股間に、ネズミたちが飛び掛った。そしていっせいに噛み付いた。
「~~~~~~~~~~っ!!」
眼を飛び出さんばかりに開いたザックは、声にならない叫びをあげた。その股に、瞳の赤い異形のネズミが食いついている。
ザックは涙を流し必死になって股間から異形のネズミを引き離そうとした。だががっつり食いついて離れない。
サギトはその様子がおかしくて仕方なかった。肩を震わせくつくつと笑った。
みんな呆然と遠巻きにザックを見ていた。
爽快な気分でその滑稽な喜劇を観劇していたサギトの肩を、誰かがぽんと叩いた。
見るとグレアムだった。
苦笑いをして、サギトを見下ろしていた。耳元に囁かれる。
そろそろ許してやれよ、と。
サギトは真顔になった。
言うとおりにした。
ザックの股間から、ネズミたちがどさりと落ちた。もうただの死骸に戻っている。ザックが背中を丸めて股を抑えて泣いた。
「おい大丈夫かよ、ザック!」
取り巻きたちがザックの背中をさすった。
サギトの胸の奥から嫌な気分がせり上がって来た。
席を立った。逃げ出すように、異様な空気に包まれる食堂を出た。
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