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第5話 回想/魔人(2)

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 孤児院の図書室に、「使い魔について」という本があった。サギトたちはまずこの本を読んだ。分かったことはいくつかあった。

 使い魔を作成できる魔道士は、きわめて優秀な一握りの魔道士だけであること。
 使い魔を作成するためには、何ヶ月も作成期間を要するということ。
 「死骸」を材料とすると、恐ろしく強い使い魔を作ることができるが、ほとんどの場合、作成者である魔道士の言うことを聞かない失敗作となること。過去に多くの魔道士が、自ら作った死骸材料の使い魔に、殺されてきたこと。

 情報は、サギトをより一層憂鬱にさせた。
 サギトが期待していた情報というのは、たとえば、

『うっかり殺してしまった蛙に、生き返れと念じたら使い魔になるようなことは、よくあることです。よくあることなので怖がらなくて大丈夫です』

 そういうのだった。だが本に書いてあるのは、それと真逆の内容であるように思われた。
 かえって訳の分からなさ、己への不気味さが募ってしまった。
 憂鬱なサギトの隣で、グレアムがはしゃいだ声を出した。

「使い魔作るの難しいんだって!一瞬で作っちゃったおまえ、天才かもしれないな!」

「他の本も調べよう……」

「そうだな、面白くなってきた!」

 他人事だと思って、とサギトは心の中で悪態をついた。でも、この場にグレアムが居てくれてよかったとも思った。一人だったら耐えられなかった。
 サギト達は魔力に関する本を片っ端から調べて行った。

 本が嫌いかと思われたグレアムも、懸命に読み込んでくれた。そういえばグレアムは成績優秀だった。本くらい読めて当然か。
 運動も勉強も出来るし、見た目も良く、皆の人気者。そしてサギトのような被差別種のはぐれ者にも優しく接してくれる。完璧すぎて呆れるくらいだ。サギトと大違い。

 サギトはふと胸に沸いた雑念を追いやって、手にした本の文を目で辿たどっていった。それはこの図書室の中で一番ボロボロの、古びた本だった。タイトルすら判別できない程に朽ちた本。
 その本をめくっていたサギトは、あるページで固まった。
 目に飛び込んできたのは、以下のような文面だった。

『忌人の一種である紫眼種の中には、百年に一人の割合で、極めて魔道に長けた者が生まれる。
 これは紫眼種の祖である魔人の血によるものと思われる。四千年前、紫の眼を持つ魔人族の国は邪悪な魔力によって人々を脅かした。しかし悪は長くは繁栄せず、魔人族の国は善なる人々によって滅ぼされた。
 今いる紫眼種は魔人の末裔である。四千年の間に種としての力が衰え、今ほとんどの紫眼種は魔力を持たないか、持っても凡庸である。
 しかしごく稀に、百年に一人の割合で、古代の魔人と同程度の魔力を持つ紫眼種が生まれる。極めて危険な存在であり、人ではなく魔人として扱うべきである。人ではないので、出来れば幼少時に殺してしまうのが望ましい』

 サギトは物も言えなかった。最後の一行が、何度も頭の中で反響した。

 人ではない。
 殺してしまうのが、望ましい。

「どうした?」

 グレアムに声をかけられて、サギトはびくりとした。サギトはバタンと本を閉じて、本棚にしまった。

「なんでもない、大したことは書いてなかった」

 声が震えていたかもしれない。

「お前、大丈夫か?すごい青ざめてるぞ」

「いや、ちょっと……。体調がすぐれない。もう調べるのはやめよう」

「えっ、平気かよ!医務室行こう、俺もついてく」

「そこまでじゃない、ちょっと休みたいだけだ」

「そっか、無理するなよ」

「ああ。あと……」

「なんだ?」

「さっきのこと、内緒にしておいてくれないか?蛙の化け物のこと、絶対に誰にも言わないでほしい」

「なんだ自慢しないのか?俺だったらみんなに言いふらしたくなるけどな」

「いいから、誰にも言うな!」

 サギトは大声を出してしまった。グレアムは驚いた顔をしたが、すぐに真面目な顔をしてうなずいた。

「分かった、誰にも言わない。俺とサギトだけの秘密だな」

 サギトは気恥ずかしくなった。こんな大声を出すつもりはなかった。気が動転していた。

「助かる。……大声出して悪かった」

 グレアムは微笑した。そしてサギトの頭をくしゃりと撫でた。頭一つ小さいサギトの頭は撫でやすい位置にあるのか、時々グレアムはこういうことをした。

「や、やめろ」

「だってサギトに謝られることなんて、あんまりないし」

「だからってなんで、人の頭を」

「さらっさらだから」

「意味が分からない……」

 でもグレアムに触れられて、悪い気はしなかった。サギトに優しく触れてくれる人間なんて、グレアムしかいない。

——人ではないので、出来れば幼少時に殺してしまうのが望ましい

 あの一文がサギトの心を突き刺した。あれを読んだら、グレアムはどう思うだろう。
 サギトが百年に一度生まれる、人ならざる存在なのだと知ったら。
 サギトはたった一つの優しい手を失ってしまうのだろうか。

 サギトは悲しい気持ちになって、グレアムから身を離した。

「じゃあ俺、もう行くから」

「お?おう」

 ちょっと不思議そうな顔をするグレアムに背を向けて、サギトは図書室を後にした。
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