5 / 71
第2話 影の目(2)
しおりを挟む
癖のあるブロンドの髪をうなじまで伸ばした、見目麗しい子爵は、屋敷の中の隠し部屋でワインを嗜んでいた。
特定の商人や仲間の悪友貴族達と、悪巧みをする為の部屋。地下の隠し部屋とはいえ、テーブルとソファ、グラスを揃えた小棚もあり、十分に寛げる。
子爵の名はサーネス・ドルトリー。社交界で数々の浮名を流してきた男である。齢三十三歳。まだまだ若々しく、その眉目秀麗な容姿は十年前と変わらず、女たちを夢見心地にさせる。
サーネスは報せを待っていた。待つと言っても吉報であることはわかりきっているので、特に気がそぞろというわけではない。ようやく胸のつかえが取れる清々しさに、一人で祝い酒を飲んでいるのだ。
隠し部屋の影が、寄り集まり始めた。
(来たか)
サーネスの唇が、にいと弧を描く。女たちには決して見せない、まことに品の無い笑みだった。
目前に集合した巨大な影から、怪物が生じた。
サーネスは立ち上がり、両腕を広げ、歓迎の意を示した。
「お疲れ、影の目!あの女は殺せたかい?」
「ああ、殺した」
その大きく避けた口から声が発せられる。獣の唸り声を思わせる、低く不気味な声だ。
「良かった!もちろん成功を信じていたよ」
「証拠を見せよう」
影の目は銀色の手をサーネスに伸ばした。サーネスの顔が引きつる。
「い、いや『証拠見せ』は私はいらない、君がやり遂げたことを疑ってなどいない」
「駄目だ、これが私の段取りだ。省略はしない」
「うっ……」
観念して目をつぶったサーネスの頭に、影の目の銀色の手が乗せられる。
途端、サーネスの脳内に、リーサの最期の映像が鮮やかに展開された。
死ぬ直前の言葉。それは影の目への、いやサーネスへの命乞いだった。影の目がそれを無視して胸を貫く。そして最後、血で染まる壁やベッド。
銀色の手が頭から離れた。
凄惨な映像から解放されたサーネスは、はあはあと息をつき胸を抑えた。額から大量の冷や汗が吹き出していた。
だが、やがて落ち着きを取り戻す。汗をかきながらも、サーネスはにやりと笑った。
「よくやってくれた」
「報酬を寄越せ」
差し出された銀色の手のひらに、サーネスは金貨がずっしり入った巾着袋を乗せた。影の目は巾着袋を握り、
「あんな街娘、私に依頼するようなことではあるまい。そこらの暴漢でも雇えばいいものを。金の無駄遣いだな」
「娘ではないさ、もう三十目前の年増女だ。念には念をいれたかったんだ。とても大事な時期なのでね。せっかく王女様を落としたのに、あんな小汚い女のせいで縁談が取りやめになったらどうする?」
サーネスは、さる王国の第三王女との婚約が決まっていた。それはサーネスのような弱小貴族にとって破格の縁談であった。全てサーネスの、口説きの手腕と根回しによるものである。
影の目は興味なさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「さすがだった、影の目」
影の目の大きな体が、色を失っていく。その姿が影に溶ける。
別れの挨拶もなく、影の目は去っていった。
サーネスは大きく安堵の息をついた。
ソファにその身を沈めた。しばらく放心したように天井を見つめていたが、ふっと笑うと身を起こし、グラスに新たなワインを注いだ。
祝杯だ、と思う。
今宵の酒は実にうまかった。
特定の商人や仲間の悪友貴族達と、悪巧みをする為の部屋。地下の隠し部屋とはいえ、テーブルとソファ、グラスを揃えた小棚もあり、十分に寛げる。
子爵の名はサーネス・ドルトリー。社交界で数々の浮名を流してきた男である。齢三十三歳。まだまだ若々しく、その眉目秀麗な容姿は十年前と変わらず、女たちを夢見心地にさせる。
サーネスは報せを待っていた。待つと言っても吉報であることはわかりきっているので、特に気がそぞろというわけではない。ようやく胸のつかえが取れる清々しさに、一人で祝い酒を飲んでいるのだ。
隠し部屋の影が、寄り集まり始めた。
(来たか)
サーネスの唇が、にいと弧を描く。女たちには決して見せない、まことに品の無い笑みだった。
目前に集合した巨大な影から、怪物が生じた。
サーネスは立ち上がり、両腕を広げ、歓迎の意を示した。
「お疲れ、影の目!あの女は殺せたかい?」
「ああ、殺した」
その大きく避けた口から声が発せられる。獣の唸り声を思わせる、低く不気味な声だ。
「良かった!もちろん成功を信じていたよ」
「証拠を見せよう」
影の目は銀色の手をサーネスに伸ばした。サーネスの顔が引きつる。
「い、いや『証拠見せ』は私はいらない、君がやり遂げたことを疑ってなどいない」
「駄目だ、これが私の段取りだ。省略はしない」
「うっ……」
観念して目をつぶったサーネスの頭に、影の目の銀色の手が乗せられる。
途端、サーネスの脳内に、リーサの最期の映像が鮮やかに展開された。
死ぬ直前の言葉。それは影の目への、いやサーネスへの命乞いだった。影の目がそれを無視して胸を貫く。そして最後、血で染まる壁やベッド。
銀色の手が頭から離れた。
凄惨な映像から解放されたサーネスは、はあはあと息をつき胸を抑えた。額から大量の冷や汗が吹き出していた。
だが、やがて落ち着きを取り戻す。汗をかきながらも、サーネスはにやりと笑った。
「よくやってくれた」
「報酬を寄越せ」
差し出された銀色の手のひらに、サーネスは金貨がずっしり入った巾着袋を乗せた。影の目は巾着袋を握り、
「あんな街娘、私に依頼するようなことではあるまい。そこらの暴漢でも雇えばいいものを。金の無駄遣いだな」
「娘ではないさ、もう三十目前の年増女だ。念には念をいれたかったんだ。とても大事な時期なのでね。せっかく王女様を落としたのに、あんな小汚い女のせいで縁談が取りやめになったらどうする?」
サーネスは、さる王国の第三王女との婚約が決まっていた。それはサーネスのような弱小貴族にとって破格の縁談であった。全てサーネスの、口説きの手腕と根回しによるものである。
影の目は興味なさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「さすがだった、影の目」
影の目の大きな体が、色を失っていく。その姿が影に溶ける。
別れの挨拶もなく、影の目は去っていった。
サーネスは大きく安堵の息をついた。
ソファにその身を沈めた。しばらく放心したように天井を見つめていたが、ふっと笑うと身を起こし、グラスに新たなワインを注いだ。
祝杯だ、と思う。
今宵の酒は実にうまかった。
18
↓第9回BL小説大賞奨励賞いただけました
忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う
お気に入りに追加
1,226
あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!


もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている
いちみやりょう
BL
彼が負傷した隊員を庇って敵から剣で斬られそうになった時、自然と体が動いた。
「ジル!!!」
俺の体から血飛沫が出るのと、隊長が俺の名前を叫んだのは同時だった。
隊長はすぐさま敵をなぎ倒して、俺の体を抱き寄せてくれた。
「ジル!」
「……隊長……お怪我は……?」
「……ない。ジルが庇ってくれたからな」
隊長は俺の傷の具合でもう助からないのだと、悟ってしまったようだ。
目を細めて俺を見て、涙を耐えるように不器用に笑った。
ーーーー
『愛してる、ジル』
前の世界の隊長の声を思い出す。
この世界の貴方は俺にそんなことを言わない。
だけど俺は、前の世界にいた時の貴方の優しさが忘れられない。
俺のことを憎んで、俺に冷たく当たっても俺は貴方を信じたい。

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる