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第1話 夕闇のカフェテラス (1)
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広いカフェのオープンテラスの一角、黒髪の青年がスープをすすっていた。
無造作に伸びた艶のある黒髪を時折耳にかけながら、ひらり、ひらり、とスープを口に運ぶ。注文の品はスープだけのようである。
周囲にはその青年をちらちらと盗み見る視線もあった。
というのも、青年の目が紫色だったので。
青年の透き通るような白い肌や美しすぎる顔立ちは、紫の瞳と相まって、見る者に言い知れぬ不安感を与えた。
青年はどこか人外めいていた。
ここは「白鳩亭」という名の王都最大のカフェである。
昼間、青空市の喧騒に活気付く王都の城下町は、夕暮れにはまた別の趣の人いきれとなる。カフェに明かりが点り、酒場が開店するのだ。
赤く染まった空の下、「白鳩亭」にも灯が点されていた。
黙々とスープを口に運ぶ青年の背後では、常連の中年男達が話に花を咲かせていた。
「グレアム様の護国騎士団がまたムジャヒール帝国を破ったってよ!史上最年少の護国騎士団長でこの破竹の勢いだ」
うわくちびるにビールの泡をつけた男が興奮気味に語り、ジャガイモをフォークに突き刺した男が返す。
「護国騎士団?なんだっけそれ」
「ほら、団長自ら団員を選んで独自の騎士団を形成するっていう。貴族身分じゃない選抜騎士で形成される、王直属の精鋭部隊だよ」
「つまりどういうこった」
「ああもう、とにかくグレアム様はとんでもなく有能な騎士様ってことだ」
「なんだ、そんなこたぁ分かってるよ。世界一の魔道剣士様だ。ムジャヒール帝国の妖術使い百人をグレアム様一人で殲滅したそうじゃないか」
そこに別の男が割って入る。
「いやいや、俺は妖獣百体と聞いたぞ」
「あの邪教帝国の魔の手からこの王国が守られてるのも、グレアム様のおかげだな」
「ああ、まったくだ。南のユゴール公国がムジャヒールに陥落したときはついに聖教圏壊滅かと思ったが、我がランバルト王国はグレアム様のおかげで持ちこたえてるな」
ここランバルト王国を含む北の聖教圏諸国は、南の異教の大国ムジャヒール帝国と、長きに渡る戦を繰り広げていた。
聖教圏諸国は、帝国の執拗な侵略行為から、必死に国土を防衛し続けている。もう何十年も続く戦である。
「グレアム様に守られてるのはランバルト王国だけじゃない。この国は今、聖教圏の最南端、ムジャヒールとの戦の最前線だ。グレアム様はこの最前線で、聖教圏の国々全てを守ってらっしゃるんだ」
「ありがたや、ありがたや」
そこに、黙って新聞を見ていた男が、素っ頓狂な声を出した。
「おいおい、昨日この国に『影の目』が現れたってよ!」
「なんだって!」
同テーブルの男達がどよめいた。「影の目」、それはある魔道暗殺者の呼び名である。
聖教圏諸国で、様々な人間が影の目に暗殺されていた。名将と誉れ高かった屈強な将軍も、数多くの魔道書をしたためた老練の魔道士も、帝王と呼ばれたマフィアの頭領も。畏怖されてきた強者すら簡単に殺されるので、人々は震え上がった。
話題になるのは有名人だが、誰かしらに恨みを買ったらしい無名の人々も多く殺されていた。
依頼された相手は必ず殺す。
この恐ろしい暗殺者は、活動の場である聖教圏を超えて世界にその異名をとどろかせていた。不気味な怪物姿と、残酷な殺し方の噂と共に。
「誰が殺されたんだ!?」
「エスポール商会の会長だってよ」
「あの富豪がやられたのか!まあたくさん恨みは買っていそうだが」
「ああ恐ろしい。ターゲットにはなりたくないもんだ」
口ひげの男がわざとらしく身を震わせる仕草をした。
「お前もあんま女遊びばっかしてると、どっかの女に依頼されるぞ」
「おいおい、やめてくれよ。ああグレアム様が影の目を殺してくださればいいのに」
「はっはっは、なんもかんもグレアム様頼みかい」
「だって警察が無能すぎるんだ。ああグレアム様、影の目のような悪人を退治してください」
口ひげの男は神に祈るように手と手を合わせた。
その時、紫眼の青年がすっと手を挙げた。
しかし青年の元に、なかなかウェイトレスは来なかった。若いウェイトレスたちが青年を見てみぬふりをしたために。だが青年は苛立ちも見せず、ただ静かにまっすぐ、手を挙げていた。
やがてある一人のウェイトレスが、青年の挙手に気づき近づいて来た。
金髪をひとつで結んだ、リーサという名の美人ウェイトレスだ。彼女もまだ若いと言える外見だが、この店の勤務が長いベテランだった。
リーサは笑顔で青年に問いかけた。
「お呼びですか、お客様」
「会計をしたい」
まだスープは半分ほど、残っていたが。
「かしこまりました。オニオンスープおひとつですね。六百マルツになります」
青年は代金をテーブルに置き、席を立った。
リーサは代金を前掛けのポケットにしまい、半分残ったスープの皿を手に取った。そして厨房に向かおうとしたが、ふいにめまいに襲われた。
ぐらり、と体が揺らいだ。
リーサはスープを、そばに座っていた口ひげの男の体にぶちまけてしまった。
「うわっ!おい、なにすんだ!」
「も、申し訳ございません!」
リーサは男の前にしゃがむと、慌てて布で男の服を拭き始めた。
「あーあー。びしょびしょだよ、きたねえなあ」
「大変失礼致しました!」
リーサは泣きそうな顔で、必死に男の服を拭く。口ひげ男はふいに好色そうな顔つきになった。
「いやいや濡れてるのはシャツだけじゃなくてズボンもだろ。ちゃんと拭いてくれよ下も」
男達が下卑た笑い声を立てた。
「おっまえ、また病気が出たな!」
「ほらほら拭いてくれ、股のあたり」
口ひげ男が、しゃがむリーサの頭を鷲づかみにした。
「っ……!」
リーサが顔を強張らせる。
その時、ほっそりした手が伸びてきて、口ひげ男の腕をつかんだ。
「んあ?」
口ひげ男は不快そうに面を上げ、自らの腕をつかむ者の顔を確認した。そして若干の怯みを見せる。
相手は、紫の眼をした青年だった。
一瞬怯んだが、しかし、相手の貧弱そうな体型と少年とも青年ともつかない若い容姿を確認し、笑う。
「なんだ、紫眼のガキが俺になんか用か?」
青年は懐からすっと紙幣を三枚出し、男に差し出した。
「それは私が飲み残したスープだ。私が全て飲み干しておけばそのようなことにならなかった。私のせいなので、詫び賃を払う」
「えっ」
男は面食らった顔をしつつ、リーサから手を離してその紙幣を受け取った。紙幣の額面を確かめ、口笛を吹く。
「三万マルツ!気前いいじゃないか」
別の男が不安そうな声を出した。
「おいおい、やめとけよ紫眼の金なんて、盗んだ金かもしれねえぞ。そうじゃなくても絶対、汚い金に違いねえ」
口ひげ男は、
「まあいいじゃねえか、金に色はついてねえ。底辺人種らしい殊勝な心がけ、褒めてやるぞガキ」
青年は無表情のまま背を向けると、無言で立ち去って行った。
すっかり機嫌のよくなった口ひげ男ははしゃいだ声で言った。
「よしもう一軒回ろうぜ、次は酒場だ」
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周囲にはその青年をちらちらと盗み見る視線もあった。
というのも、青年の目が紫色だったので。
青年の透き通るような白い肌や美しすぎる顔立ちは、紫の瞳と相まって、見る者に言い知れぬ不安感を与えた。
青年はどこか人外めいていた。
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昼間、青空市の喧騒に活気付く王都の城下町は、夕暮れにはまた別の趣の人いきれとなる。カフェに明かりが点り、酒場が開店するのだ。
赤く染まった空の下、「白鳩亭」にも灯が点されていた。
黙々とスープを口に運ぶ青年の背後では、常連の中年男達が話に花を咲かせていた。
「グレアム様の護国騎士団がまたムジャヒール帝国を破ったってよ!史上最年少の護国騎士団長でこの破竹の勢いだ」
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「ほら、団長自ら団員を選んで独自の騎士団を形成するっていう。貴族身分じゃない選抜騎士で形成される、王直属の精鋭部隊だよ」
「つまりどういうこった」
「ああもう、とにかくグレアム様はとんでもなく有能な騎士様ってことだ」
「なんだ、そんなこたぁ分かってるよ。世界一の魔道剣士様だ。ムジャヒール帝国の妖術使い百人をグレアム様一人で殲滅したそうじゃないか」
そこに別の男が割って入る。
「いやいや、俺は妖獣百体と聞いたぞ」
「あの邪教帝国の魔の手からこの王国が守られてるのも、グレアム様のおかげだな」
「ああ、まったくだ。南のユゴール公国がムジャヒールに陥落したときはついに聖教圏壊滅かと思ったが、我がランバルト王国はグレアム様のおかげで持ちこたえてるな」
ここランバルト王国を含む北の聖教圏諸国は、南の異教の大国ムジャヒール帝国と、長きに渡る戦を繰り広げていた。
聖教圏諸国は、帝国の執拗な侵略行為から、必死に国土を防衛し続けている。もう何十年も続く戦である。
「グレアム様に守られてるのはランバルト王国だけじゃない。この国は今、聖教圏の最南端、ムジャヒールとの戦の最前線だ。グレアム様はこの最前線で、聖教圏の国々全てを守ってらっしゃるんだ」
「ありがたや、ありがたや」
そこに、黙って新聞を見ていた男が、素っ頓狂な声を出した。
「おいおい、昨日この国に『影の目』が現れたってよ!」
「なんだって!」
同テーブルの男達がどよめいた。「影の目」、それはある魔道暗殺者の呼び名である。
聖教圏諸国で、様々な人間が影の目に暗殺されていた。名将と誉れ高かった屈強な将軍も、数多くの魔道書をしたためた老練の魔道士も、帝王と呼ばれたマフィアの頭領も。畏怖されてきた強者すら簡単に殺されるので、人々は震え上がった。
話題になるのは有名人だが、誰かしらに恨みを買ったらしい無名の人々も多く殺されていた。
依頼された相手は必ず殺す。
この恐ろしい暗殺者は、活動の場である聖教圏を超えて世界にその異名をとどろかせていた。不気味な怪物姿と、残酷な殺し方の噂と共に。
「誰が殺されたんだ!?」
「エスポール商会の会長だってよ」
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「ああ恐ろしい。ターゲットにはなりたくないもんだ」
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「はっはっは、なんもかんもグレアム様頼みかい」
「だって警察が無能すぎるんだ。ああグレアム様、影の目のような悪人を退治してください」
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その時、紫眼の青年がすっと手を挙げた。
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やがてある一人のウェイトレスが、青年の挙手に気づき近づいて来た。
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リーサは笑顔で青年に問いかけた。
「お呼びですか、お客様」
「会計をしたい」
まだスープは半分ほど、残っていたが。
「かしこまりました。オニオンスープおひとつですね。六百マルツになります」
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リーサは代金を前掛けのポケットにしまい、半分残ったスープの皿を手に取った。そして厨房に向かおうとしたが、ふいにめまいに襲われた。
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リーサはスープを、そばに座っていた口ひげの男の体にぶちまけてしまった。
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「も、申し訳ございません!」
リーサは男の前にしゃがむと、慌てて布で男の服を拭き始めた。
「あーあー。びしょびしょだよ、きたねえなあ」
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「っ……!」
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「んあ?」
口ひげ男は不快そうに面を上げ、自らの腕をつかむ者の顔を確認した。そして若干の怯みを見せる。
相手は、紫の眼をした青年だった。
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「なんだ、紫眼のガキが俺になんか用か?」
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「それは私が飲み残したスープだ。私が全て飲み干しておけばそのようなことにならなかった。私のせいなので、詫び賃を払う」
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