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第14話 オライとおふろ ①

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「ウスト、大丈夫?湯加減悪い?」

 手ぬぐいでお湯風船を作るオライに声をかけられて、有珠斗はハッとする。
 ここは 風呂用のテントの中。
 お湯をためた木製の浴槽に、有珠斗はオライと二人でつかっていた。
 入る前に頭からつま先まで洗い、忌まわしい神子の体液も洗い落とすことができた。異世界の石鹸は意外に泡立ちが良かった。
 入浴させてもらえてとてもありがたかったのだが、気づけば物思いにふけってしまっていた。

「いや全然、大丈夫です。すみませんぼーっとしちゃって!いいお風呂ありがとうございます!」

 なぜかサマエルのことばかり考えて、なぜか落ち込んでいる。

——俺だって夫役なんてごめんだ

 あのセリフに、思った以上にダメージを受けていた。

(ってダメージってなんだ。どうしてこんなに落ち込んでるんだ、夫役がなんだかもよく分からないのに……)

 オライはお湯風船をぽしゃんと潰して、有珠斗の体を眺める。

「ウストってほんと筋肉ないんだね。マジで女みたい。ウストに比べたらラミア兄ちゃんのほうが全然、男だ」

「アジア人男性の平均体形はこんなもんなんです!西洋人タイプでしかもサーカス団員の方々と比べないでください、元々の体格も日々の習慣も違うんですから」

「でも八代目ファウストの子孫なんでしょ?」

「五代前のご先祖、高祖父の父ですよ?顔つきの特徴として残っているだけでも奇跡というものです」

「まあ代々、俺たちメフィストフェレスの一族が夫役でファウストの一族が嫁役なんだから、元々女っぽいのかもね」

「ですから僕は全然、女性っぽくは……ってだから、夫役・嫁役ってどういうことなんですか!?」

「そのまんまの意味だよ。ウストはメフィストフェレスの一族の中から一人を夫に選んで、婚約エンゲージメントするんだ。で、こーもんセイコーして、陰的オーガズムに至ることで魂が陰化されて、男の身でありながら魔女の心臓の力を引き出せるんだって」

「…………」

 ついに与えられた具体的情報に、有珠斗は固まる。

「セイコー…………というのは、日本の時計ブランドのこと、では…………」

「何言ってんの?」

 有珠斗は気持ちを鎮めるために、首まで湯につかった。
 薄々、そうなんじゃないかなという気はしていた。もしかしたらそういうことかも、とちょっとは思っていた。

 西洋の魔女は悪魔と性交すると信じられていた。悪魔と性交し契約エンゲージメントし、魔力を得ると思われていた。
 有珠斗にとってメフィストフェレスの一族は遠い親戚であって悪魔ではないし、性交する理由だって違うが、なんの因果か同じことをするようだ。そもそもメフィストフェレスは悪魔の名前だ。

 ちなみにゲーテの戯曲は、伝説的な魔術師ファウストをモデルにした物語だ。
 ファウストは悪魔メフィストフェレスと契約する。
 ファウストはメフィストフェレスと性交はしないが、ある言葉をキーとした契約を交わす。ある言葉をメフィストフェレスに言った時、ファウストはメフィストフェレスのものになる、と約束するのだ。
 それこそがかの名言、Verweile doch! du bist so schön!。日本語訳は「時よ止まれ、お前は美しい」の訳が有名だ。

<私がある瞬間に「時よ止まれ、お前はいかにも美しい」と言ったら、
君は私を鎖で縛り上げていい。
私は喜んで滅びよう>

 ファウストがメフィストフェレスに言うセリフだ。つまりは、

<私に「美しい」と言わせたならば、私の魂は君にくれてやる>

 という約束。
 悪魔との契約にしてはやや……ロマンチックな気もする。

 いや文学のことを考えている場合か。
 現実逃避か。
 今はそれよりも。

(肛門性交)

 そんなはっきり四文字熟語で突きつけられると、頭まで湯に沈んでしまいたくなる。

「わー、ウスト!?なんで頭までお湯に入れてるの!?」

 しまった。思うだけじゃなく本当に沈んでしまった。

「ちょっと、死んじゃうよ!顔だして、息して!」

 漬物石のように湯の中に沈んでいる有珠斗の髪を、オライが必死に引っ張る。
 痛い痛い痛い。
 髪は痛い。

 ブハッ、と有珠斗は湯から顔を出す。

「もう何してんだよウスト!風呂で遊ぶと危ないぞ!」

 六歳年下のオライに叱られて有珠斗はハアハアと息をつく。

「すみません、気が動転してしまって。命拾いしました」

「そんなにショック?まあショックか、俺も絶対イヤだケツにちんことか間違いなく痛いじゃん。でもウストはファウストの子孫だし。代々『嫁』やってきた一族なんだから、素質ってやつ?あるんだと思うよ。だからきっと平気だよ!」

「ちょっ!十二歳の子供がそんな話しちゃいけません!」

 十二歳にこの質問をしてしまった自分も悪いが。

「あーあ、俺もあと二年早く生まれてたらなぁ。俺がウストと婚約エンゲージメントしたかったよ。だってウスト、かわいいもん」

「か、かわいいって何ですか。猫やうさぎにかわいいって言われてる気分ですよ!それに二年早くても十四歳でしょう!」

 この少年は自分がどんな見た目をしているか知らないのだろうか?
 背中に羽でも生やしたらそのままクリスマスの絵葉書になりそうな美少年に「かわいい」と言われる違和感ときたら。
 今はほどいた金髪を肩まで下ろしていて、白皙の肌といい華奢な体格と言い……危なっかしい。
 こんな子を一人で盗賊団と対決させるなんて、魔法が使えると分かった今でも、とんでもないことだと思う。

「大体そんなもんでしょ童貞卒業年齢」

「そんなもんなわけありません!十四歳だって早すぎますよ!」

「まあ何歳でもいいけど…………」

 オライはチラリと有珠斗を見て、手元の手ぬぐいに視線を落とす。

「実際、どう?こんなこと聞かれても困るかもしれないけどさぁ……」

 オライは手ぬぐいを絞ったり広げたり、やたらといじくりながらボソボソ言う。
 その声音がオライらしくないというか、どこか緊張しているように見えた。

「どう、とは?」

「だから……。もし俺がさ、こんな子供じゃなかったらさ……」

 オライはうつむいて手ぬぐいをくしゃくしゃに丸める。
 丸めた手ぬぐいをぎゅっと握りながら、意を決したように、顔を上げた。
 青い大きな澄んだ瞳が、有珠斗を見つめる。

「俺のこと選んでくれる?」

「えええっ!?」
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