ワルプルギスの息子たち ー異世界で魔女になるためには夫が必要らしいー

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
24 / 27

第13話 魔女の夫 ②

しおりを挟む
 ヴィネとラミアも同調する。

「ああ、童貞はないな。ジジイよりないな……」

「そうだね。初めての相手が童貞なんて、ウスト君がかわいそうだ……」

「っ……!!」

 サマエルが目をむいた。今まで見た中で、一番怖い顔をしていた。
 有珠斗を神子と思って拘束していたときよりもっと怖い。強烈な殺気がほとばしる。

 追い打ちをかけるように、オライが言う。

「ぶっちゃけ、サマエル兄ちゃんより俺の方が童貞喪失早そうだよね~」

 次の瞬間、馬車内部を紫色の電流がバチバチバチッと走った。

「くはっ!」
「いってえ!」
「いたたっ!」

 バフォメットとヴィネとラミアが顔をしかめた。
 ビュレトとオライ、つまり子供と有珠斗以外に電気攻撃を放ったらしい。火傷はしてないので静電気程度の威力なのだろうが。 

 しびれが収まり、攻撃をくらった父と弟二人がいきりたつ。

「こらサマエル、一番お兄ちゃんでしょう!父さんはそんな風に育てたつもりはありません!」

「すぐ暴力に訴えるって最低だね!サマエルのことどう思った?ウスト!」

 ラミアに振られて有珠斗は口ごもる。

「え!?ええと、そ、そんなに怒るほどのことではないかな、とは思いました……」

「ほらウストも『そんなんだからチェリーなんだよ』だってさ!ウストに嫌われちまったなざまあみろ!」

「ちょ、ヴィネさん!僕、言ってません!一言も言ってませんそれ!」

「こんな暴力的万年童貞、絶対に嫌だよね、ウスト!」

 サマエルは怒鳴る。

「俺だって夫役なんてごめんだ!心底どうでもいいから俺のいないところで話せ!貴様らがそいつを女にすればいい!」

――ズキリ

(あれ?あれれ?『ズキリ』?ズキリってなんだ?)

 長い針で深々と刺し貫かれるような痛みを感じ、有珠斗は胸を抑える。

 ヴィネとラミアがにやりと笑う。

「お、言ったな。よし一人ライバル減った」

「ふふ、この煽り耐性のなさがチェリーなんだよね」

 二人がほくそ笑みながら何かを言っているが、有珠斗の耳には入らない。
 周囲の音量が急に下がったように感じられた。
 ただ胸が痛くて、苦しい。

 有珠斗はズキズキと痛む胸を抑えて、首をかしげる。

(どうしたんだよ僕。サマエルさんは別に、ひどいことは言ってない。夫役がなんだか分からないけど、サマエルさんは僕の夫役をやりたくない、それだけ。それだけだ。なのになんでこんなに……)

 こんなに、痛いんだろう?苦しいんだろう?
 悲しいんだろう?

 サマエルの苛立った声が響く。
 
「今そんなことを話している場合か!断罪の獣を放った聖統神子がこの街にいる!夜が明けたらまた誰かが断罪の獣にされる!」

 サマエルの言葉に、有珠斗ははっと顔を上げる。

「またあのどろどろモンスターが!?」

 しかも誰かが断罪の獣にされる、ということは、あのモンスターは元・人間ということだ。信じがたいおぞましさだ。
 サマエルが唾棄するように言う。

「ターラ教の聖典の再現だ。ろくでもない茶番だ。背徳と認定された街には初日に一体、翌日に十二体、計十三体の断罪の獣が出現する。断罪の獣は三日三晩、虐殺の限りを尽くしたのちに神子によって討伐されて、人々のターラ教への信心を高めることに利用される。人々は地獄を見た後に救ってくれた神子を、あがめたてまつるようになる」

「そうであったな、サマエル。帰ってきた我らが嫁のあまりのチャーミングさに色めき立ってしまった」

 バフォメットは背筋を正すと、第一ボタンをかけなおした。そもそもなぜ外したのか分からないが。
 帽子かけからシルクハットをとると、かぶる。

「では、参ろうか、息子たち。魔男の仕事だ。人々を邪神から守ろうではないか」

 兄弟たちの顔つきが変わる。一瞬で仕事モードに切り替わる感じ。
 ゴロゴロしていたオライも飛び跳ねるように立ち上がった。

「よっし、悪党退治だ!腕がなるなぁ!」

「オライとビュレトは留守番だ」

「えー、なんでだよ座長!」

「我らが嫁を風呂にでも入れてやりなさい」

「あ、そっか、いつまでも神子くさいのもやだよね」

 とオライは有珠斗を見る。

「あの、僕、僕も行きたいです!僕も戦います!」

 有珠斗の申し出に、バフォメットは穏やかに首を振る。

「残念ながら、君はまだ戦力としては不足だ。あと、神子くさい」

「うっ……。すみません……!すぐ洗い落としますです!」

 身だしなみの心得第一条は清潔であること、と両親に言い聞かせられてきた身として、反論の余地もなかった。

「俺、風呂わかしてくる!」

 オライは元気よくドアから飛び出し、ケルベロスとビュレトもその後ろを追いかける。

「さてさて、断罪の獣二日目の前夜、どう対処するか……」

 つぶやきながら座長も外に出ていく。

「じゃあ行きますか、人々を守りに。いい子で待っててね、ウスト」

「オライ相手ならウストの貞操も無事だろうしな」

 軽口を叩き、有珠斗にウィンクをして次男と三男も外に。

 最後、無言で出て行こうとするのはサマエルだった。
 その無言の背中に、有珠斗は思わず声をかけた

「あ、さ、サマエルさん!」

 サマエルが無表情で有珠斗に振り向く。

「なんだ」

 眼力が怖い。
 だが緊張しながらも、有珠斗は先ほどの会話の中で、内心「口出ししたい」と思っていたことを言う。

「あの、僕も童貞です!」

 サマエルがあからさまに顔を引きつらせる。まずい、ドン引きされている。

「だから……どうした……」

 まずい、ごもっともだ。でも伝えたい、これだけは。

「でも独身男子たるもの童貞が当然ですし、結婚前なのに非童貞であるほうが恥ずかしいことだと僕は思います!婚前交渉というのは、未来の伴侶への裏切りではないでしょうか?ヴィネさんとラミアさんに対して否定的な価値観なので、先ほどは言及を控えましたが!二人を傷つけてしまうかもしれませんし!」

「何が……言いたい……」

 サマエルの顔は引きつったまま、というかますます引きつっている気がする。
 聞かれて有珠斗も考える。何が言いたいのだろう、自分は。

 ちょっと考えて、分かった。

「サマエルさんと結婚する人は、とても幸せだと思います!」

 そうだ、これが言いたかったのだ、有珠斗は。
 感じていたことを言葉にできたすがすがしさに、有珠斗はとびきりの笑顔になる。

「っ……」

 サマエルの瞳が揺れる。うろたえているように見える。
 と、その時、サマエルの握った右手が閃光を放った。

(魔法!?)

 逆鱗に触れてなにかお仕置き的な魔法攻撃をされてしまうのか!?と有珠斗は頭を抱える。

「すす・すみません、お気を悪くしましたか!?」

 だがすぐに閃光は収まった。
 有珠斗はほっと一息つくが、サマエルは逆に狼狽している。
 サマエルは右手のこぶしを恐る恐る開き、自分の手のひらを見て、息を飲む。

「な……!まさか、そんな……!」

 わなわなと震える自分の右手に向かって、呆然とつぶやく。
 手がどうしたのだろう。

「どうしたんですか?」

 有珠斗が爪先立ちになって、その手をのぞき込もうとすると。

「見るな!」

 怒られた。
 右手の中身を隠すように握り、かなりだいぶとても怖い顔をしている。そして、

(あれ?赤い?)

 心なしか、赤面しているように見えた。
 サマエルは有珠斗から顔をそらし、右腕を下げた。そのこぶしにぐっと力を入れる。
 パリン、と何かが割れる音がした。
 サマエルのこぶしの指の隙間から、さらさらと光る砂がこぼれおちた。

(わ……)

 幻想的な砂だった。
 有珠斗はつかのま、その不思議な、金色銀色の砂に見惚れてしまう。サマエルの髪と瞳の色。

 サマエルはそんな有珠斗をちらりと見て、しかめ面で目をそらす。美しい銀色の髪をかき上げ、しかめ面のまま馬車から出ていく。

 一人残された有珠斗は、身をかがめる。
 床に小さく積もった砂に手を伸ばした。
 こんな綺麗なもの、ここに捨てておくなんてもったいない、と思った。

 だが触れようとした瞬間。

「あっ」

 砂は消えてなくなった。
 有珠斗は物悲しくなる。

(消えてしまった……)

 自分でも不思議なほど、その砂の消失が悲しかった。


◇ ◇ ◇
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか
BL
吉村時生、高校一年生。 ある日、自分の父親と親友の父親のキスシーンを見てしまい、平穏な日常が瓦解する。 「時生くん、君は本当はぼくと勇二さんの子供なんだ」 と、親友の父から衝撃の告白。 なんと、二人は魔法使いでカップルで、魔法で子供(俺)を作ったらしい。 母ちゃん同士もカップルで、親父と母ちゃんは偽装結婚だったとか。 「でさ、魔法で生まれた子供は、絶対に魔法使いになるんだよ」 と、のほほんと言う父親。しかも、魔法の存在を知ったが最後、魔法の修業が義務付けられるらしい。 でも、魔法学園つったって、俺は魔法なんて使えたことないわけで。 同じ境遇の親友のイノリと、時生は「全寮制魔法学園」に転校することとなる。 「まー、俺はぁ。トキちゃんと一緒ならなんでもいいかなぁ」 「そおかあ? お前ってマジ呑気だよなあ」 腹黒美形×強気平凡の幼馴染BLです♡ ※とても素敵な表紙は、小槻みしろさんに頂きました(*^^*)

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった

藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。 毎週水曜に更新予定です。 宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

騎士団長を咥えたドラゴンを団長の息子は追いかける!!

ミクリ21
BL
騎士団長がドラゴンに咥えられて、連れ拐われた! そして、団長の息子がそれを追いかけたーーー!! 「父上返せーーー!!」

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

少女漫画の当て馬に転生したら聖騎士がヤンデレ化しました

猫むぎ
BL
外の世界に憧れを抱いていた少年は、少女漫画の世界に転生しました。 当て馬キャラに転生したけど、モブとして普通に暮らしていたが突然悪役である魔騎士の刺青が腕に浮かび上がった。 それでも特に刺青があるだけでモブなのは変わらなかった。 漫画では優男であった聖騎士が魔騎士に豹変するまでは… 出会う筈がなかった二人が出会い、聖騎士はヤンデレと化す。 メインヒーローの筈の聖騎士に執着されています。 最上級魔導士ヤンデレ溺愛聖騎士×当て馬悪役だけどモブだと信じて疑わない最下層魔導士

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

処理中です...