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第6話 テント裏 ②

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 全ての盗品を持主に返還し、客たちがようやく帰って行った後。
 オライは「はー」と息をつきながら地面に仰向けにひっくり返った。

「疲れた~。俺の事こき使い過ぎだよみんな」

「素晴らしいぞオライ。私はお前を信じていたぞ!」

 口ひげ&黒眼鏡の座長が満面の笑みでオライをねぎらう。
 その隣で銀髪美形のサマエルが不機嫌そうに腕を組んだ。

「ギリギリじゃないか、遅すぎる。客たちに無駄な気を使い過ぎて俺はクタクタになった」

「いやいや、全然気を使ってなかっただろー」

 ツッコミを入れたのは褐色イケメンのヴィネだ。

 有珠斗は無事に盗品が持ち主たちに戻ったことに喜びつつも、どうしても目の前の一家に物申したくて口を開いた。

「あの、一言よろしいでしょうか」

 その瞬間。
 座長とサマエルとヴィネが、一斉に有珠斗を にらみつけた。

(えっ)

 有珠斗はたじろぐ。
 たった今まで、有珠斗はまるでその場にいないかのごとく扱われていたのに、「実はずっと警戒していた」みたいな視線を突然浴びたのである。
 座長にいたってはわざわざ丸い黒眼鏡を額にあげ、青灰色の目で凄味をきかせている。

「あ、ええと、その」

 強烈な睨みに有珠斗が口ごもると、三人は急に笑みを浮かべた。
 一瞬前の「睨み」が見間違いだったと思ってしまいそうな豹変だ。

 座長は額にあげた黒眼鏡を再び鼻まで下げると、シルクハットを取って丁寧にお辞儀をした。

「これはこれは、挨拶が遅れまして大変失礼いたしました。私は旅芸人一座、ペモティス・ファミリーの座長、バフォメット・カー・ペモティスと申すもの。お見受けするところ、オライを手伝ってここまで来て下さったご様子。なんとお礼を申し上げればよろしいか」

 有珠斗はころころ変わる態度に困惑しつつも、気を取り直して言おうとしていたことを思い出す。

(なんなんだこの人たちは一体!でも言わねばならぬ、これだけは!)

「いえいえ、とんでもありません。それよりも僕が言いたいのはですね、十二歳の子供に盗賊団から盗品を奪い返しに向かわせるなんて、それは親のすることではないんじゃありませんか、ということです。兄のすることでもありません。明らかに危険ですし、これはもはや……、すでに……、この単語を使うことははばかられますが、しかしはっきり言わせていただければ!言ってしまいますよはっきり、僕はどうしても見逃すことができませんから!」

 サマエルがイライラした口調で先を促す。

「さっさとはっきり言え!」

「『児童虐待』!児童虐待に等しいのではないかと、僕は思うわけです!」

 場が静まった。
 口をつぐみ無言となった二人の兄と父を尻目に、オライだけは感激した様子だ。

「ウストはいいこと言うなぁ!ほんとまったくその通りだよね!」

 座長、バフォメットは「なるほど」と真剣な顔つきでつぶやいた。
 そして「こちらに来なさい」と静かな口調でオライを手招きした。
 脇にやってきたオライの肩に手を置くと、バフォメットは、黒眼鏡の下から有珠斗の目をまっすぐ見つめた。
 有珠斗は若干の緊張を覚えながら、相手の言葉を待つ。

 バフォメットは言った。

「しかしオライは、十二歳ではありません。彼は三十四歳の立派な成人男性です」

(え……)

 予想外すぎる言葉に思考が止まってしまった有珠斗の目の前、オライが「はあっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「なに言ってんの!?俺は三十四歳でも五百歳でもない、普通に見たまんま十二さ……」

 言いかけたオライの口を、バフォメットの手がふさぐ。オライはもごもごと口を封じられる。

「と、いうわけですので、児童虐待は誤解でございます、ウストさんとやら」

「ちょ、ちょっと待って下さい、本人否定してるじゃないですか!ごまかされませんよ、絶対にウソでしょう!」

 有珠斗はサマエルとヴィネのほうを見る。サマエルは無表情で有珠斗を睨みつけると、

「………………………………………………三十四歳だ」

「いやが長い!今、間がありましたよね?結構、長めの間がありましたよ!ねえヴィネさん」

 ヴィネは空を振り仰いだ。まぶしげに手を青空にかざし、

「三十四歳、だな。うん、オライは三十四歳だ!」

「思いっきり目をそらしてるじゃないですかぁ!」

(なんて家族だ、まさかこんなふざけた嘘でごまかそうとするなんて!)

 有珠斗が目の前の一家の想像を絶する卑怯さにショックを受けていると、女性の声が聞こえた。

「バフォメット、あなたまだこんなところに!サマエルさんたちもいつまで外にいるの!下っ端ばっかり働かせて、主役たちがまったくもう!ほら早くテントの中に、あと五分で開演よ!」

 見れば女性が、赤子を抱えて立っていた。
 ウェーブする黒髪を腰まで伸ばした、黒い瞳の絶世の美女、なのだが、そのあまりの露出度の高さに有珠斗はうろたえる。

「あわわわわわわ」

 豊満な胸と尻をビキニ水着のようなもので隠し、むき出しのへその下には、透ける布地の巻きスカート。
 頭と首と腕と足に、金銀宝石のアクセサリーをジャラジャラと身に着けたそのスタイルはいわゆる「踊り子」のものだろう。
 バフォメットが急に鼻の下を伸ばして女性に駆け寄り、その肩に腕を回す。

「キャンディ!愛しの我が妻!ごめんね今行くよ。ほら息子たちも、早く早く」

 ヴィネは伸びをして首を回した。

「よっしゃ、一仕事行くかぁ。ちびっこ達が待ってるしな!」

 サマエルは有珠斗のほうに鋭い一瞥をくれてから、ふいっと顔を背けて無言ですたすたとテントに向かう。

 オライは、目のやり場に困っている有珠斗を面白そうに見上げて小声で教えてくれた。

「父ちゃんの四番目の奥さんのキャンディだよ!いい女だろ~」

「よ、四番目……」

「うん、前の三人はみんな男作って逃げちゃった、俺の母ちゃんとかね!今度こそ逃げられないといいんだけど。キャンディが抱っこしてるのが弟のビュレト、一歳だよ」

 オライは女性の手の中の赤子を指さす。愛くるしい黒い瞳の赤子は、犬の着ぐるみ姿だ。子犬を模した、たれ耳と目鼻のついたフードをかぶっている。
 オライにとっては腹違いの弟、ということだろう。この兄弟の顔つきが全員違う理由が分かって来た。みんな母親が違うのだ。

 オライは座長たちがテントの中に入っていくのを横目で確認した。
 そしてこっそりと、ポケットからチケットらしき四角い紙片を取り出して有珠斗に差し出した。

「ね、せっかくだから公演見ていってよ。俺も出演しなきゃだから一緒に鑑賞はできないけど、終わったらあとで話しよう。ウストのことちゃんとみんなに紹介するから。今ちょっとみんな警戒しちゃってるけど、話せば分かってくれると思う。行くとこなくて困ってるんだろ?」

 有珠斗はオライの気遣いに感激する。

(なんていい子なんだ!)

「う、ありがとうございます」

「じゃあまた後でね!」

 オライは手を振って軽やかにかけていった。

◇ ◇ ◇
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