上 下
14 / 27

第8話 サーカス ①

しおりを挟む
 満員の円形客席の最前列に座り、有珠斗は口を半開きにして演者たちを見つめる。
 彼は今、思いっきり普通に、サーカスを堪能していた。

(素晴らしい!芸術、これぞまさに芸術!この世界の無形文化遺産として登録すべきだ!)

 今は空中ブランコの演技中。
 テントの天井部、ブランコからブランコへと飛び移るのは、蝶を思わせる華麗な衣装に身を包んだ「妖精の女王」だ。
 女王とその配下の妖精たちが夜空の下で舞踏会を開く、というコンセプト。
 妖精たちとその女王は、舞台上でステップを踏み、幾度も宙返りをしたかと思えば、天井から降りてきたブランコにつかまり、今度は空中で舞い踊る。
 楽隊による魅惑的な演奏、幻想的な照明、重力を無視したような見事な舞い、そして何よりも女王の美しさ。

 ピンク色の長い髪を一つでまとめ花飾りをつけ、白い肌に影を落とす濃く長いまつ毛と神秘的な青緑の瞳、細い鼻筋とうるむ唇。
 妖艶な美女、とはまさにこういう女性のことを言うのだろう。
 有珠斗がその現実離れした美しさに感動していると。

「今日もお美しいわねラミア様。まるで本物の妖精の女王のよう!」

「本当に、惚れ惚れするわ。あんな美しい殿方、世界中探してもラミア様だけよ」

 隣の席の女性たちの会話が聞こえてきた。

(ん……?)

 有珠斗はガバとそちらを向く。

「って『殿方』!?あの人、男なんですか!?」

 隣の女性二人は、有珠斗の慌てように顔を見合わせて吹き出した。
 赤毛を縦ロールにした女性と、黒髪を編んでアップした女性。二人とも二十代くらいに見える。

「あら、知らなかったの?そうよあの方は、ぺモティス・ファミリーの次男、『軽業師』のラミア様二十二歳!」

「おと、おとこ」

 有珠斗の名状しがたいショック顔に、女性たちは同情した様子だ。

「あら落ち込まないで!恋しちゃった?」

「いきなり失恋ね」

 不意打ちの言いがかりに有珠斗は赤くなる。

「いやいや恋ってなんですか、失恋とかおかしいでしょう、ただ驚いただけです!」

 赤毛の女性が、手にした薔薇の花束を見せる。

「そうだ、公演終わったら控室にお花を届けようと思って持ってきたの、あなたも一緒に行く?ラミア様とお話しできるかも」

「結構です!」

「もう、むきになっちゃって」

 黒髪の女性が言う。
 こういうことを言われると本当に「むきに」なってしまうものである。有珠斗は眉間にしわを寄せる。

「ですから僕は……」

 本気でむきになりかかったところで、大きな歓声と拍手があがった。
 妖精たちの演目が終わり、中央舞台から降りて、テントの仕切りの向こう側、そでへと帰って行くところだった。
 女性二人も拍手にくわわる。有珠斗も気持ちを切り替えて拍手した。何はともあれ、賞賛に値する演技だった。

 その後の演目も見事なものだった。

 「怪力男」ヴィネは、客席から呼んだ子供たちを数人乗せた大岩を軽々と持ち上げ、鉄の棒をやすやすと曲げてみせた。
 ヴィネは力自慢だけでなく演武も披露した。
 次々放り投げられるレンガを、剣で一刀両断にしていく様はまさに神業。相当な練度の剣技だろう。
 流れるような剣さばきを見せつけながら、女性たちの黄色い悲鳴や子供たちの呼び声に、愛想良くアイコンタクトで応えるのも忘れない。

(うーん、かっこいい) 

 同じ十八歳なのに。

 「道化師」オライの演技は、会場中を笑わせていた。十二歳とは思えないプロとしての仕事ぶりに感心したが、有珠斗としては眉をひそめたくなる部分もあった。
 オライはひょいひょいと両手に持った松明を放り投げ、ジャグリングをしていたが、「うっかり」頭の頭巾に火がついてしまう。
 オライは頭巾の火を消そうと舞台上を走り回って大騒ぎ、会場は大爆笑、という演出なのだが。

「人の頭が燃えているのを見て笑うなんて!こういう笑いの取り方は感心しません。いじめにも繋がるかもしれない、子供たちに悪影響でしょう」

 お腹を抱えて笑っていた隣の二人の女性は、そんな有珠斗を見て顔を見合わせると、また笑い出した。

「あなた真面目なのね、おかし~!」

 有珠斗は少しむっとする。何がおかしいのか分からない。

「次は猛獣使いのビュレトね」

「ほう、猛獣ですか。サーカスらしいですね」

(って、ビュレト?ついさっき聞いたような名前だな……)

 舞台に登場したのは檻に入れられた三匹の狼と、犬の着ぐるみを着た赤子だった。
 
(そうだ、オライの弟!)

 赤子のビュレトはきゃっきゃと笑いながら、よちよち歩きで檻に近づく。
 非常に危なっかしい光景だ。
 狼は黒い体毛で、体も大きく、ものすごく恐ろしい顔をしている。
 黒狼たちは威嚇するように唸り声をあげた。

「赤子を狼の檻に近づけるなんて!もしものことがあったら」

 やはりこの一家の倫理観はずれている、という認識を深めた時。
 ビュレトは檻の扉についている、赤いボタンをぽちと押す。鉄格子の扉がぎいと開かれた。
 のしのしと三匹の狼が檻の外に出てくる。
 有珠斗は思わず大きな声を上げる。

「危ない!」

「大丈夫よ、これも演出」

「演出?」

「ほら見て」

 ビュレトを中心にして、黒い狼はぐるぐるとその周囲を回る。ビュレトは嬉しそうにパチパチと手を叩いている。
 狼たちは歩みをやめ、ビュレトを睨み、一斉に吠えた。テントを揺るがすような恐ろしい吠え声だ。

 ビュレトは一瞬、キョトンとした後に。

「ふ、ふ、ふえええええええええええん!」

 ひっくり返って泣き始めた。
 すると何故か、狼もひっくり返ってしまった。

「え」

 服従を示すように、狼が腹を出して仰向けに寝そべる。
 客たちがどっと笑った。
 小さな「猛獣使い」ビュレトは機嫌を直して、キャッキャと笑いながら、狼たちにじゃれかかる。
 なるほど、と有珠斗は思う。あれは狼によく似た大型犬なのかもしれない。

 ビュレトは伏せの体勢の狼の背中に乗り、しがみついた。

「はいど!はいど!」

 ビュレトが愛らしい声音でそう声をかけると、狼は跳躍した。

「うわっ」

 また有珠斗は声を上げてしまう。危ないなんてもんじゃない、落ちたら即死だ。

 狼はビュレトを乗せ、中央舞台と円形客席の間にある走路トラックに飛び降りる。
 そして走路トラックを走り始めた。
 他の二匹の狼もそれを追いかけ、客の目の前でグルグルと迫力の競争が始まる。
 走路トラックには柵やら輪っかやら障害物が置かれており、狼たちは見事にそれを飛び越え、くぐり、客を沸かせた。
 ビュレトは落ちることなくしっかりとしがみついている。

「す、すごい……」

 有珠斗も思わず感心してしまう。隣の女性が得意げに言う。

「でしょう?」

「で、でもやっぱりだめですよあんな赤ちゃんにこんなことさせて!むちゃくちゃ危険じゃないですか、これも立派な児童虐待です!」

「まあまあ。次はお待ちかねの踊り子たちよ!」

 ビュレトと狼たちは拍手喝采を受けながら、走路トラックからそのままテントの仕切りの向こう側へと去っていく。

 入れ替わりに出てきたのは、キャンディを中心にする裸同然の姿の女性たちだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

処理中です...