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第6話 テント裏 ①
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お祭り空気の表にぎわいを抜け、ウストとオライはヴィネに連れられて巨大テントの裏に回った。
裏手には、馬のいない馬車が何台も置かれている。横長で、木造列車の車両に似ている。元々は派手な彩色がなされていたようだが、今はペンキがはがれてくすんだ色味になっていた。
馬車は現在、物置がわりになっているようで、サーカス団員らしき沢山の人たちが様々な道具を抱えて、忙しなくテント内へ運び入れている。
そんなテントと馬車群の脇に、表の人々とは全く雰囲気が違う、客の集団がいた。
集団は怒りの表情で、二人の男を取り囲んでいる。
二人のうち一人は、灰色の髪と口ひげがダンディな紳士。しかもただの口ひげじゃなくて両端がくるんとはねるカイゼルひげだ。顔の両脇のさりげないもみあげも似合っている。
さらに丸い黒眼鏡、つまりサングラスをかけている。
シルクハットに赤いジャケット、中は白シャツにピタッとしたベージュのズボンに黒ブーツといういでたち。
その「いかにも」な姿に有珠斗は確信する。
(あの人がサーカス団の座長さん、オライたちのお父さんだ)
一人の婦人が座長に食ってかかる。
「夜公演までに盗品を取り返すって言ってましたわよね?開演まであと三十分ですよ!」
座長は手揉みをする。
「ああマダム、お待たせして申し訳ございません。今しばし、どうか今しばしのご辛抱を」
別の男が詰め寄った。
「だから、もし取り戻せなかったらどうすんだって聞いてるんだよ!あんたら当然、補償してくれるんだろうな!金を出せって言ってんだよ!」
座長は眉を下げ、腕を広げ、悲しげに首を振る。
「おおムッシュー!もしもの話をするのはいささか気が早いかと!冷静に、落ち着いて、とりあえず今は戻りを待とうではありませんか」
「このジジイ、金払う気ねえな!」
そこでごほん、と座長の隣の若い男が咳払いをする。集団に取り囲まれているもう一人。
黒づくめの男だった。
190センチメートル近くありそうな長身を、黒く長いマント風の外套に包む。中のシャツとズボンとブーツも黒い。
人目を集めずにいられない存在感を持つ男だった。
少し癖のある銀色の髪に、金色の瞳。それだけでも目立つが、さらに非常に整った顔立ちをしていた。
真っ直ぐな眉と切れ長の目、高い鼻と形の良い唇。
だがその印象は険しい。神秘的な金の瞳は豹のように鋭く、迫力があった。
整い過ぎて冷たい、という印象すら与える美貌と、完璧に均整の取れたファッションモデルのような体格。
「か、かっこいい……」
有珠斗は思わずそうつぶやいてしまった。
かっこよすぎて目が離せなかった。なんなら一時間だって二時間だって、この人物を見つめ続けて飽きないような気がした。
こんな経験は生まれて初めてのことだった。
完全に見惚れている有珠斗に、オライが「えー?」と抗議の声を上げる。
「それまさかサマエル兄ちゃんのこと!?中身は全っ然カッコ良くない、ただの感じ悪い偏屈だよ!ペモティス・ファミリーの長男、魔女サマエル、二十四歳ね」
「魔女!?」
「サーカスなんだから『魔女』はいるさ。『魔女の大魔術』は一番の人気演目だよ」
(演目。なるほど、道化師に怪力男に魔女、そういう役柄を演じるわけか)
サマエルは冷たい表情のまま、外套の内側から巻物を取り出して、人々に向かって掲げた。羊皮紙らしき巻物が、縦に伸びて開かれる。
淡々と、しかし口調だけは丁寧にサマエルは言う。
「こちら、サーカステントの入り口に掲示されている注意書きです。どうにも忘れっぽいお方が多いので今一度、述べさせていただきます。
『テント内での事故・盗難等につきましては、当一座は一切の責任を負いかねます旨、ご了承下さい。貴重品等はご自身で万全に管理していただきますよう、お願い申し上げます』」
先程の男性は一瞬、うっと口籠もり、だが開き直った様子で再び声を荒げた。
「だからって限度があんだよ、何十人被害者いると思ってんだ!あんな見るからに悪党ヅラした集団をよく中に入れたな!?」
「ええ、その点全く同感なのでこちらとしても誠意を持って対応させていただきました。ただあくまで全て当方の善意によるものです。当方は法的にはなんら負うものはないにも関わらず、あなた方のわがままに海のごとき広大無辺な慈悲で過大な埋め合わせをしましたこと、重々その水たまりのごとき狭量なお心に刻んでいただければ幸いです」
男性はサマエルの、分かりにくいが尊大さと侮蔑的ニュアンスは十分に伝わる物言いに顔を真っ赤にする。
「てめえ、やろうってのか!いいから盗まれたもんを返せ!」
サマエルはつかみかかろうとした男性の額を片手で抑えた。乱暴を手の平ひとつで封じつつ、サマエルはこちらを指さす。
「今、申し上げましたでしょう、埋め合わせはもうしました。ほら、そこにありますよ盗品が」
座長が感嘆の声を出す。
「ああ紳士淑女の皆様、まことにお待たせいたしました!ペモティス・ファミリーの四男坊、道化師オライの凱旋を盛大な拍手でお迎えください!」
被害客たちが一斉にふりむいてざわめいた。
「えっ!?」
「おおお!」
オライがぶんぶんと手を振る。
「はーい、全部取り戻してきましたよ!」
「バッグは!?私のバッグはあるの!?」
「本当だろうな、確かめるまで信じないぞ!」
被害客たちが大きな袋を抱えたオライと有珠斗に殺到する。オライはよっこらしょ、と袋を地面に置きながら言った。
「全部あるからちゃんと並んでくださいねー」
同じく袋を地面に下した有珠斗に、オライはウィンクしてみせる。
「ありがとなウスト。やーっと肩の荷がおりたよ」
有珠斗も肩を揉みながら答える。
「そうですね、文字通り!」
◇ ◇ ◇
裏手には、馬のいない馬車が何台も置かれている。横長で、木造列車の車両に似ている。元々は派手な彩色がなされていたようだが、今はペンキがはがれてくすんだ色味になっていた。
馬車は現在、物置がわりになっているようで、サーカス団員らしき沢山の人たちが様々な道具を抱えて、忙しなくテント内へ運び入れている。
そんなテントと馬車群の脇に、表の人々とは全く雰囲気が違う、客の集団がいた。
集団は怒りの表情で、二人の男を取り囲んでいる。
二人のうち一人は、灰色の髪と口ひげがダンディな紳士。しかもただの口ひげじゃなくて両端がくるんとはねるカイゼルひげだ。顔の両脇のさりげないもみあげも似合っている。
さらに丸い黒眼鏡、つまりサングラスをかけている。
シルクハットに赤いジャケット、中は白シャツにピタッとしたベージュのズボンに黒ブーツといういでたち。
その「いかにも」な姿に有珠斗は確信する。
(あの人がサーカス団の座長さん、オライたちのお父さんだ)
一人の婦人が座長に食ってかかる。
「夜公演までに盗品を取り返すって言ってましたわよね?開演まであと三十分ですよ!」
座長は手揉みをする。
「ああマダム、お待たせして申し訳ございません。今しばし、どうか今しばしのご辛抱を」
別の男が詰め寄った。
「だから、もし取り戻せなかったらどうすんだって聞いてるんだよ!あんたら当然、補償してくれるんだろうな!金を出せって言ってんだよ!」
座長は眉を下げ、腕を広げ、悲しげに首を振る。
「おおムッシュー!もしもの話をするのはいささか気が早いかと!冷静に、落ち着いて、とりあえず今は戻りを待とうではありませんか」
「このジジイ、金払う気ねえな!」
そこでごほん、と座長の隣の若い男が咳払いをする。集団に取り囲まれているもう一人。
黒づくめの男だった。
190センチメートル近くありそうな長身を、黒く長いマント風の外套に包む。中のシャツとズボンとブーツも黒い。
人目を集めずにいられない存在感を持つ男だった。
少し癖のある銀色の髪に、金色の瞳。それだけでも目立つが、さらに非常に整った顔立ちをしていた。
真っ直ぐな眉と切れ長の目、高い鼻と形の良い唇。
だがその印象は険しい。神秘的な金の瞳は豹のように鋭く、迫力があった。
整い過ぎて冷たい、という印象すら与える美貌と、完璧に均整の取れたファッションモデルのような体格。
「か、かっこいい……」
有珠斗は思わずそうつぶやいてしまった。
かっこよすぎて目が離せなかった。なんなら一時間だって二時間だって、この人物を見つめ続けて飽きないような気がした。
こんな経験は生まれて初めてのことだった。
完全に見惚れている有珠斗に、オライが「えー?」と抗議の声を上げる。
「それまさかサマエル兄ちゃんのこと!?中身は全っ然カッコ良くない、ただの感じ悪い偏屈だよ!ペモティス・ファミリーの長男、魔女サマエル、二十四歳ね」
「魔女!?」
「サーカスなんだから『魔女』はいるさ。『魔女の大魔術』は一番の人気演目だよ」
(演目。なるほど、道化師に怪力男に魔女、そういう役柄を演じるわけか)
サマエルは冷たい表情のまま、外套の内側から巻物を取り出して、人々に向かって掲げた。羊皮紙らしき巻物が、縦に伸びて開かれる。
淡々と、しかし口調だけは丁寧にサマエルは言う。
「こちら、サーカステントの入り口に掲示されている注意書きです。どうにも忘れっぽいお方が多いので今一度、述べさせていただきます。
『テント内での事故・盗難等につきましては、当一座は一切の責任を負いかねます旨、ご了承下さい。貴重品等はご自身で万全に管理していただきますよう、お願い申し上げます』」
先程の男性は一瞬、うっと口籠もり、だが開き直った様子で再び声を荒げた。
「だからって限度があんだよ、何十人被害者いると思ってんだ!あんな見るからに悪党ヅラした集団をよく中に入れたな!?」
「ええ、その点全く同感なのでこちらとしても誠意を持って対応させていただきました。ただあくまで全て当方の善意によるものです。当方は法的にはなんら負うものはないにも関わらず、あなた方のわがままに海のごとき広大無辺な慈悲で過大な埋め合わせをしましたこと、重々その水たまりのごとき狭量なお心に刻んでいただければ幸いです」
男性はサマエルの、分かりにくいが尊大さと侮蔑的ニュアンスは十分に伝わる物言いに顔を真っ赤にする。
「てめえ、やろうってのか!いいから盗まれたもんを返せ!」
サマエルはつかみかかろうとした男性の額を片手で抑えた。乱暴を手の平ひとつで封じつつ、サマエルはこちらを指さす。
「今、申し上げましたでしょう、埋め合わせはもうしました。ほら、そこにありますよ盗品が」
座長が感嘆の声を出す。
「ああ紳士淑女の皆様、まことにお待たせいたしました!ペモティス・ファミリーの四男坊、道化師オライの凱旋を盛大な拍手でお迎えください!」
被害客たちが一斉にふりむいてざわめいた。
「えっ!?」
「おおお!」
オライがぶんぶんと手を振る。
「はーい、全部取り戻してきましたよ!」
「バッグは!?私のバッグはあるの!?」
「本当だろうな、確かめるまで信じないぞ!」
被害客たちが大きな袋を抱えたオライと有珠斗に殺到する。オライはよっこらしょ、と袋を地面に置きながら言った。
「全部あるからちゃんと並んでくださいねー」
同じく袋を地面に下した有珠斗に、オライはウィンクしてみせる。
「ありがとなウスト。やーっと肩の荷がおりたよ」
有珠斗も肩を揉みながら答える。
「そうですね、文字通り!」
◇ ◇ ◇
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