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第2話 不破 有珠斗 ①
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家族に不満がなかった、と言えば嘘になる。
不破有珠斗は「長男だから」と弟たちよりも厳しく育てられた。
十八歳にもなって門限は十八時で、級友たちとファーストフードに行くことすら許されないような、窮屈な家風。
毎週のように政財界の要人が訪問する大豪邸に住み、家の中ですら服を着崩すことも許されず、折目正しい立居振る舞いを求められた。
大学に合格するまではゲームもアニメも禁止と言われ、友人は親が認めた相手だけ。
貿易、金融、重工業、不動産、その他もろもろ。江戸時代の廻船問屋を起源とする企業グループ「不破財閥」。
不破一族本家の次期当主として育てられた、十八年間。
出来上がったのは、真面目だけが取り柄の、きっと周囲から地味でつまらないと思われているだろう、高校三年生。
この家に不満がなかったといえば、嘘になる。
だが。
「嘘……だ……。母さん、翔、雅人、春彦……!」
有珠斗はカラカラの喉から、無惨な姿となった、母と弟たちの名を呼んだ。
庭に面した大きなアーチ型の窓ガラスは粉々になり、風が吹き込んでいる。
ウォールナットのダイニングテーブルは真っ二つに割られ、ブランド食器の破片が散乱していた。
カーペットは大量の血と肉片に汚れ、壁紙には鮮血がロールシャッハテストのような模様を描いていた。
時刻は午後五時五十五分。
ギリギリ門限に間に合い、高校から帰宅した有珠斗を出迎えたのは――。
惨殺された母と弟たちの遺体だった。
有珠斗は震えながら、身をかがめ、足元に転がる母の生首に手を伸ばした。
両手で、血で滑る母の両頬を挟んだ。
いつまでも若々しく美しかった母。その大きな瞳を恐怖にカッと見開いたまま、人形のように硬直し——死んでいた。
何者かに首を引きちぎられたような状態で。
「っ……、はっ、はあっ……」
鼻からも口からも、血の匂いだけが入ってくる。
(なんだこれは……。嘘だ、夢だ、誰かこれは夢だと僕に言ってくれ!)
「う、あ、ああああああああああああああ!」
脳が目の前の状況に耐えきれず、有珠斗はついに絶叫した。
その時。
オオオオオオオオオオオン…………
という、奇妙な不快音が、庭の方から聞こえてきた。
有珠斗ははっと顔を上げた。ガラスが砕かれ、吹きさらしとなった窓から外を見る。
見れば「巨大な顔」が、目を爛々と光らせ牙を剥き、有珠斗を見つめていた。
巨大な顔は、ニタリと笑いながら、有珠斗に近づいてくる。家の明かりに照らされて、そいつの全容が見えてきた。
スキンヘッドの大きな人面を支えるのは、蛇のように長い、鱗だらけの首。体つきはずんぐりとしていて、二足歩行する恐竜のようだ。手には長いかぎ爪が生え、尻尾こそないが、恐竜のテジリノサウルスによく似ていた。身の丈、三メートルほど。
化け物、としか言いようのない存在。
化け物は、左手に灰色の髪の中年男性の屍を引きずり、右手に何か赤い肉塊を握っていた。
(父さん!父さんも!)
その恐ろしい姿を目にした時、有珠斗の心に芽生えたのは、怒りだった。
生まれて初めて目にした異形のものへの畏怖、次に殺されるのは自分だという恐怖。
それらの感情を突き破り、激烈に盛り上がる怒り。
有珠斗は立ち上がり、身を震わせながら庭へと進み出る。
「お前か……!お前が殺したのか!僕の家族を!」
不破有珠斗は「長男だから」と弟たちよりも厳しく育てられた。
十八歳にもなって門限は十八時で、級友たちとファーストフードに行くことすら許されないような、窮屈な家風。
毎週のように政財界の要人が訪問する大豪邸に住み、家の中ですら服を着崩すことも許されず、折目正しい立居振る舞いを求められた。
大学に合格するまではゲームもアニメも禁止と言われ、友人は親が認めた相手だけ。
貿易、金融、重工業、不動産、その他もろもろ。江戸時代の廻船問屋を起源とする企業グループ「不破財閥」。
不破一族本家の次期当主として育てられた、十八年間。
出来上がったのは、真面目だけが取り柄の、きっと周囲から地味でつまらないと思われているだろう、高校三年生。
この家に不満がなかったといえば、嘘になる。
だが。
「嘘……だ……。母さん、翔、雅人、春彦……!」
有珠斗はカラカラの喉から、無惨な姿となった、母と弟たちの名を呼んだ。
庭に面した大きなアーチ型の窓ガラスは粉々になり、風が吹き込んでいる。
ウォールナットのダイニングテーブルは真っ二つに割られ、ブランド食器の破片が散乱していた。
カーペットは大量の血と肉片に汚れ、壁紙には鮮血がロールシャッハテストのような模様を描いていた。
時刻は午後五時五十五分。
ギリギリ門限に間に合い、高校から帰宅した有珠斗を出迎えたのは――。
惨殺された母と弟たちの遺体だった。
有珠斗は震えながら、身をかがめ、足元に転がる母の生首に手を伸ばした。
両手で、血で滑る母の両頬を挟んだ。
いつまでも若々しく美しかった母。その大きな瞳を恐怖にカッと見開いたまま、人形のように硬直し——死んでいた。
何者かに首を引きちぎられたような状態で。
「っ……、はっ、はあっ……」
鼻からも口からも、血の匂いだけが入ってくる。
(なんだこれは……。嘘だ、夢だ、誰かこれは夢だと僕に言ってくれ!)
「う、あ、ああああああああああああああ!」
脳が目の前の状況に耐えきれず、有珠斗はついに絶叫した。
その時。
オオオオオオオオオオオン…………
という、奇妙な不快音が、庭の方から聞こえてきた。
有珠斗ははっと顔を上げた。ガラスが砕かれ、吹きさらしとなった窓から外を見る。
見れば「巨大な顔」が、目を爛々と光らせ牙を剥き、有珠斗を見つめていた。
巨大な顔は、ニタリと笑いながら、有珠斗に近づいてくる。家の明かりに照らされて、そいつの全容が見えてきた。
スキンヘッドの大きな人面を支えるのは、蛇のように長い、鱗だらけの首。体つきはずんぐりとしていて、二足歩行する恐竜のようだ。手には長いかぎ爪が生え、尻尾こそないが、恐竜のテジリノサウルスによく似ていた。身の丈、三メートルほど。
化け物、としか言いようのない存在。
化け物は、左手に灰色の髪の中年男性の屍を引きずり、右手に何か赤い肉塊を握っていた。
(父さん!父さんも!)
その恐ろしい姿を目にした時、有珠斗の心に芽生えたのは、怒りだった。
生まれて初めて目にした異形のものへの畏怖、次に殺されるのは自分だという恐怖。
それらの感情を突き破り、激烈に盛り上がる怒り。
有珠斗は立ち上がり、身を震わせながら庭へと進み出る。
「お前か……!お前が殺したのか!僕の家族を!」
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