上 下
3 / 5

第3話 御山

しおりを挟む

「あいにく東国には知り合いがいない。ここに泊めてくれないか?」
「うちはご覧の通りの狭さだぞ。体の大きなお前には気の毒だろう」
「うむ。では、庭を借りよう」

 穀神が指を鳴らすと、即座に見事な御殿が建った。子どもたちが歓声を上げ、目をきらきらと輝かせている。

「宮に来たい者はおいで」

 肩や背中に子どもたちを乗せて、穀神は機嫌よく家を出た。そう言えば、幼馴染みは昔から子ども好きだったと思い出す。竈神の側に残ったのは、二番目の焔と末子の燠だけだった。

「何だか⋯⋯、寂しいなあ」

 二人の子を自分の布団に入れて抱きしめた。酒の酔いが回っていたのかもしれない。いつの間にか、竈神は夢を見ていた。大神の末子に生まれて、宮でかしずかれていた頃の。

 年に一度、あらゆる神々が集まる神在月に、東国からやってきた若い神がいた。賑やかな宴の途中で抜け出せば、ぽつんと中庭に立っている。
「東国も西国も、月の姿は変わらないな」
 涼やかな笑顔から目が離せない。一月の間、いつも彼の姿を追っていた。どうしても離れたくなくて、無理やり東国までついて来た。

 想いを交わして、次々に子どもが生まれて⋯⋯。

「⋯⋯会いたい」

 ひっそりと呟く竈神の声は、誰にも届かない。 


 翌日は、見事な晴天だった。

 穀神は子どもたちと輪になって遊んでいる。肩や背に乗ったまま離れない子もいて、子どもたちはすっかり懐いていた。

「お前の料理は、どれも美味い」
「こんな粗食ではなく、郷里でたんと美味いものを食べているだろうに」

 そう言いながら、何を食べてもにこにこと微笑む姿に、竈神は励まされていた。朝食の後に畑に出ると、穀神が地に向かって、静かに祈りを唱える。

「春になったらたくさんの芽が出るように、大地に恵みを授けておこう」
「ありがとう。助かるよ」

 東国には、西国に比べて神が少ない。穀神が恵みを与えてくれれば、大地の実りは増す。穀神は、竈神の家の周りだけでなく、山裾の村にも足を延ばした。普段は竈神から離れない末子の燠が、穀神の背中にぺたりと張り付いている。

 荒れた土も穀神がとん、と足先で触れれば、見る間に養分を含んだ土に変わる。背中に幼子をおぶったまま、穀神は楽しそうに村中の畑を巡った。

「家々に恵みが増えれば、お前のところに供え物も増えるだろう」

 幼馴染みの優しい言葉に、竈神は胸をつかれた。
 あっと言う間に日が暮れる。庭の御殿にもう一日泊まるという穀神に、子どもたちは大喜びだ。昨夜と同様、二人の子を抱きしめて、竈神は小さく息をついた。

「何だかもう、郷里に帰ってもいいような気がしてきた⋯⋯」

 いや、待て待てと竈神はかぶりを振る。
 自分がこの地を留守にしたら、人々はどうなる。

 初めて東国の地を踏んだ時、家々の竈の火は弱かった。老いた火の神は消える寸前。思わず神力を使って竈の火をおこせば、あちこちから人の喜ぶ声が聞こえた。消えた神の代わりに、それからずっと、自分は竈神の務めを担っている。

 竈神が、うとうとした時だった。

 どん!と家が揺れた。

「かあさま!」
「燠?」
「かあさま! とうさまが⋯⋯」
「父様がどうした!」

 叫ぶ子を抱えて飛び起きれば、竈から小さな声が聞こえた。
 火の粉がちりちりと叫ぶ。

『主よ、主。御山が揺れています』

 御山には、あいつがいる。俺の──迦具かぐが。

「焔!」

 まどろむ息子を揺り起こして、竈神は言った。

「いいか、今から俺は父様の元へ行く。何があっても竈の火を絶やすな。皆で力を合わせて竈を守るんだ」

 竈神は、末子の燠を焔に渡した。台所に走り、竈に大きく息を吹きかける。はじけるように火の勢いが強くなり、台所が真昼のような光に満ちた。

「決して火を絶やすな! 俺が戻るまで」

『⋯⋯承知』

 火の粉がはじけて、ぱちぱちと応える。
 竈神の瞳に炎が揺らめき、髪が赤金に色を変える。見る間に全身が炎に包まれて消えた。

「か、母様は、どこへ」
「おやまのそこのそこ。とうさまがいるところ」
「燠⋯⋯」
「あにさま、いこう! みんなにしらせなきゃ」

 末子は兄の腕の中からぴょんと飛び降りて、ぐいぐいと手を引いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

処理中です...