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番外編 竜の城の恋人たち

10.竜の城の宴会③ 

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「料理長に習って、フロルがうんと言うまでこれを作る」
「……えっ? レオンが自分で作るの?」
「そうだ。料理は全く経験がないが、料理長に教えを乞う」

 真剣な顔のレオンと、驚いて目を丸くする料理長と。二人を見ていたら、急にお腹の奥から笑いが込み上げてきた。思わず笑い声を上げると、レオンが困惑した顔をする。

「そんなに笑わなくても」
「……ごめ。……おかしく……て。レオンの料理姿、すっごく見たい気もするけど」

 笑いすぎて涙まで出てきた。僕は指で涙を拭きながら、レオンの手元を見た。

「レオン、食べさせて」

 頷いたレオンの指から僕の口に移った焼菓子は、ほろりと舌の上で溶け崩れた。素朴でどこか懐かしい味だ。
 皿の上から自分も一つ摘まんでレオンの口元に運んだ。レオンの男らしく厚い唇が開かれ、菓子と共に指先を舐められた。わっと手を引くと、今度はレオンが笑う。その瞳が潤んでいるのを見て、顔を近づけた。

「二度と他の人の魔法にかからないように、側にいるからね」
「……よろしく頼む」

 僕の頬を撫でながら、レオンが泣きそうな顔で微笑んだ。ちょうどその時、酒壺を手にしたリタが僕の前にやってきた。腰を下ろした途端、リタはぽろぽろと涙をこぼす。

「フロル様、おめでとうございますうぅ……」
「あ、ありがとう、リタ。大丈夫?」
「すみません。勝手に涙が出て。よかったなって……」

 リタは泣き上戸だったんだろうか。フロル様も飲んで!と注がれた酒をごくんと飲んだら、かっと体が熱くなった。よろけたところを慌てたレオンに支えられた。

「もうやめた方がいい、フロル」
「……ほんとに弱いんですね、フロル様」

 レオンに体を預けたまま頷くと、リタが微笑んだ。

「お幸せなお二人の姿を見ると、何だか嬉しくなります。皆、そう言っています」
「……リタ」
「今もアルファに対して良い感情は持てません。でも、レオン様がいらしてからはアルファも皆が皆、嫌な奴じゃないかもって思うんです」

 人の世でつらい目に遭ってこの城にいるオメガたちの気持ちが切なかった。レオンの僕を抱きしめる力が、少しだけ強くなる。

「フロルの代わりに……酒をもらえるか」
「はい!」

 注いだ酒を一息で飲み干したレオンを見て、リタが嬉しそうに笑う。僕の心もふわりと温かくなる。

「レオン―! フロルも飲んでるかぁ!」

 機嫌のいいカイの声が大広間に響き渡った。

「カイ様、飲み過ぎ! もう空き樽ばかりですよ!」
「んー……もうすぐ着くはずなんだがな」
「何が!?」
「友達と酒」
「は? 聞いてませんがっ!」

 ダナエが叫んだ時、ドオンと大きな音がして、城がぐらぐらと揺れた。広間のあちこちで叫び声が上がり、レオンはしっかりと僕を抱きしめた。

「来た!」

 大広間の入り口から、巨大な竜の爪が見えた。カイが飛び上がって迎えに出る。どうやらカイの友人がやってきたらしい。
 宙には新たな酒樽が幾つも飛び交い、見る間に床に積まれていく。呆然としていると、レオンが堪えきれないといった様子で笑い出した。

 ――ああ、僕の好きな笑顔だ。子どもの頃から変わらない、レオンの笑顔。

 レオンはじっと見る僕に気が付いて、優しく口づけをくれた。胸の中が幸せな気持ちでいっぱいになっていく。

 上機嫌なカイの声に、時折ダナエやリタの叫び声が混じる。気を取り直したように奏でられる音曲に手拍子。大広間は幸せな喧噪で満ちていた。
 遠くから呼びつけられた竜の客人と共に、それから城の宴会は三日間続いた。


     ・*・おしまい・*・
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