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番外編 竜の城の恋人たち
5.フロルの発情① ※
しおりを挟む背中にぞくぞくと寒気が走り、体がぶるりと震えた。吐く息が荒くなって下半身に熱が集まっていく。頭の芯がぼうっとするこの感じには、確かに覚えがあった。
(まさか……発情……期?)
前に発情期があったのは、まだシセラにいた時だ。フロルの心と体が限界な時に突然訪れて、医師と魔術師の力で何とか越えることができた。
――もう自分に発情期は来ない。
フロルはあれからずっと、そう思っていた。
医師は発情期の乱れは心に衝撃を受けたからだと言った。心が体に作用するのなら、この体は元の状態には戻らないだろう。心はもう、死んだも同然なのだから。竜の城ではたくさんのオメガたちが力を合わせて働いている。その姿を見て、体が回復したら自分もここで働かせてくれとカイに頼むつもりでいた。オメガの小さな魔力を魔石で最大限に増やす……そんな方法なら幾つも知っている。何でもいい、自分にできることを探して生きてみようと思った。
そんな自分に、再び発情期が訪れたというのだろうか。
(なぜ……? でも、もっと……この香りを吸いたい)
自分に起こった変化にとまどいながら辺りを見回すと、窓際に置かれた椅子が目に入った。背もたれに見慣れた布がかかっている。フロルは吸い寄せられるように椅子に向かった。そこにあったのは、寝衣の上に羽織る長衣だった。
顔を近づけると木々の香りが押し寄せ、酩酊したように体がふらりと揺れる。フロルはレオンの長衣に深く顔を埋めた。鼻腔から取り入れた香りに体中が痺れるようで、知らず甘いため息がこぼれる。
「……レオン」
名を呼んでも部屋にいない相手に、胸が痛くなる。フロルはレオンの長衣を掴んだまま、ふらふらとベッドに向かった。普段自分が眠っている場所とは反対側に回り、敷布にレオンの香りを探す。ベッドに体を横たえた瞬間、まるでレオンに抱きしめられたように感じた。
(……からだ、あつい)
ぶわりと自分の中から花の香りが溢れ、まるで子どものようにフロルは体を丸めた。レオンの長衣を両手でぎゅっと握りしめて木々の香りを嗅げば、体がどんどん熱くなる。吐く息にまで熱がこもり、身の内からとろとろと蜜が零れ出す。たった一人の名を口にすると、フロルは自分でも制御できない快感に飲みこまれていった。
――名を、呼ばれた。
ぱちりと目を開けた時、大量に転がっていたのは酒樽の山だ。レオンは半身を起こして辺りを見回した。椅子に転がってぐうぐうと気持ちよさそうに眠っているカイがほぼ一人で空けたと言っていい。散々説教をくらいながら、いつの間にかレオンも眠ってしまっていた。
頭を振って立ち上がると酔いは残っていない。部屋に戻ろうと扉を開けると、冷えた空気の中に、ふっと花の香りが混じるのを感じた。その途端、早鐘のように心臓が鳴り出した。
(これは……この香りは)
間違えようもない、大切な唯一人の持つ香りだ。レオンは即座に目の前の階段を駆け下りた。まるで夜目がきくように、静まり返って暗い城の中を走り続けた。
大きな音を立てて二人の部屋の扉を開けた時、濃厚な花の香りが一気にレオンに向かって押し寄せた。体中の毛が逆立ち、あっという間に下半身が猛り狂う。まるで質量を持っているような濃密な空気をかきわけて、レオンは続く寝室に入った。
「フロ……ル?」
ベッドの中で体を丸める者の姿にレオンは目を見張った。そこには、生まれたままの姿のフロルがいた。フロルが抱きしめているのはたった一つ、自分の長衣だけだ。
「……れ、おん」
聞いたこともないような甘い声で自分の名を呼ぶ。すぐ側に行くと、頬も肌もうっすらと赤く染まり、紫の瞳は妖艶な輝きを見せている。レオンは、今すぐにも襲いかかりたい気持ちを必死で堪えた。フロルはレオンの姿を瞳の中に捉えたかと思うと、にっこりと笑う。
「まって、た……」
「フロル……」
「……れおん、もう、かえって……くるかな、って」
あどけない呟きに、レオンの心は締め付けられた。この言葉は今だけのものだろうか。フロルは、これまでもこうして自分を待つことがたくさんあったのではないだろうか。
フロルは心の内を言わない。レオンのことを思っての忠言はあっても、自分の心を伝えることは滅多になかった。
――あの子は、お前に尽くせと言われて育ってるんだ。それに甘えるな。
カイの言葉を噛み締めながら、レオンはフロルを壊してしまいそうなほど強く抱きしめた。
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