ずっと、君しか好きじゃない

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
33 / 43
番外編 竜の城の恋人たち

1.カイの気遣い①

しおりを挟む
 
 カイは困っていた。
 とても困っていた。

 城の使用人頭のダナエがずいっとカイの前に進み出た。彼は二十代後半で、艶やかな黒髪と黒曜石の瞳を持つ男だ。そして、たおやかな見た目とは裏腹に、はっきりとものを言う。

「どうなさるおつもりなんですか、カイ様」
「どう、と言われても……」

 カイはダナエに弱かった。この城に連れてきたのは、たしか彼が少年の頃だ。泣き虫だった少年は瞬く間にしっかり者に育ち、留守がちなカイの代わりに城の中をまとめてくれている。

「カイ様もご存知の通り、この城にいる人間は全員オメガです」
「うん、知ってる」
「……でしたら、お分かりのはずですが。お連れになった客人はアルファでしょう? 皆、動揺しています」

 ダナエが心配しているのは、レオン王子のことだ。城に着いた途端、カイの背に乗っているのがフロルだけではないことに使用人たちは驚いた。しかも新たな客人は、長い間、使用人たちが忌避してきたアルファだったのだ。

「でも、もう連れてきちゃったし。とりあえず、ここで暮らすのが一番いいと思うんだ」
「この城にいるのは、アルファに散々な目に遭わされてきた者ばかりですよ?」
「大丈夫、あいつはフロルのつがいだから!」

 レオンはフロルにベタ惚れだから心配しなくていいとカイは断言した。当面、彼らをここで休ませてやりたいとの言葉に、ダナエは首肯した。

「わかりました。それでは、新しい客人の部屋のご用意を」
「番なんだから、一緒でいいだろう」
「……えっ?」
「南に使っていない大きな部屋があったはずだ。続き部屋もあるし、あそこを二人の部屋にしたらいい」

 それがいいと一人頷くカイに、ダナエは固まった。ダナエは昔、貴族の屋敷に仕えていた。貴族たちは夫婦であってもそれぞれ自室を持っているし、王族ならばより多くの部屋を各自が所有する。フロルの隣にいた男は、身なりや雰囲気からして身分の高い貴人であることは間違いない。

(……彼らの国では、伴侶は常に同じ部屋で過ごすのだろうか?)

 ダナエが悩んでいると、カイは大声で言った。

「竜は番を見つけたら、決して離れないぞ。人は竜よりは複雑な気がするが、さして変わりはないだろう!」

 あまりにきっぱりと主が言うので、ダナエは疑問を感じつつも反論することができなかった。




 フロルは動揺した。
 今までになく動揺した。

 使用人頭のダナエが、フロルとレオンを新しい客室へと案内した。今まで使っていた部屋よりも断然広い。調度品はカイが選んだだけあって、どれも美しく豪奢なものばかりだ。床にも毛織物がたっぷりと敷き詰められている。

 フロルが長い睫毛を何度も瞬いていると、ダナエがああ、と言った。前のお部屋のものはすぐに運びますのでと言われて、フロルは首を横に振った。

「いや、荷物の事じゃなくて。えっと、レオンと、お、同じ部屋……?」
「はい、カイ様から番同士のお二人は同じお部屋へと仰せつかりました」
「……つがい」
「カイ様がお二人用の寝台を探してくると言っておられますので、それまでは別々になりますが」
「ベ、ベッドまで?」

 急に顔が熱くなった。どっどっと動悸がしてくる。

(カイは何だって、急にそんな……)

 フロルが胸を抑えた時、部屋を見回していたレオンがすぐ隣に立った。

「急にやってきて、すまない」

 レオンはダナエを真っ直ぐに見て、突然の来訪を詫びた。さらには、部屋を用意してくれてありがとう、世話をかけたとねぎらわれて、ダナエは言葉を失くす。ダナエの知っているアルファたちは、もっと傲慢な者ばかりだった。まともに礼を言われたことなどない。

「……どうぞ何でもお申し付けください。お茶のご用意をいたします」

 ダナエが出ていったあと、レオンはフロルに向かって微笑んだ。

「フロルと同じ部屋だなんて、子どもの時以来だな」
「あ……うん」

 幼い頃、いつも一緒に過ごしていた二人は、遊び疲れて眠ってしまうことがよくあった。王宮には、そんな二人のために一つの部屋が用意されていた。部屋の中にはベッドが二つ並んでいたが、二人はいつも片方のベッドで抱きしめあって眠った。

(でも……あの時とは絶対、一緒じゃない)
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

処理中です...