21 / 43
21.レオンの回想②
しおりを挟むレオンはフロルから目を離さず、ゆっくり話し始めた。
……幼い頃から自分が好きな相手は唯一人だった。物心ついた時には、いつも隣にいてくれた。人見知りが激しかった自分の手を引いて、だいじょうぶだよ、と言われれば何でもできるような気がした。紫の瞳は何時もきらきらと輝いていて、何て綺麗なんだろうと思っていた。
「それ、僕のこと……?」
レオンは頷いた。フロルの胸はドキドキと高鳴った。レオンの口から夢のような言葉を聞いて、これは現実なのだろうかと思う。
「でも、それならどうして」
「ロベモント侯爵の仮面舞踏会でのことだ」
フロルの体はびくりと跳ね、レオンが悲し気な目をする。部屋の中の明かりがゆらりと揺れた。
仮面舞踏会で自分は一つの賭けをしていた。まるで子どものような賭けだ。自分のところに招待状が来ているのだ。きっとフロルの元にも届いているだろう。たくさんの招待客がいても、フロルをきっと見つけてみせる。見つけることができたら、唯一つの望みを伝えよう……。そう思って探しているうちに、フロルだと思う姿を見つけた。
「だが、それはメイネだった」
フロルの心に悲しみが広がる。これ以上聞きたくないと体が後ずさる。レオンはそれに気がついて、フロルの手を離さぬよう力を込めた。
「……どうか、最後まで聞いてくれ。仮面舞踏会には多くの人々が出入りする。魔力も雑多で、警戒していたつもりだったが注意が足りなかった。メイネは……魅了魔法の使い手だった」
フロルに声をかけたはずが、いつのまにか舞踏会場の前のバルコニーでメイネと話し込んでいた。最近、隣国から帰って来たと言う伯爵令息は親しみやすく、王宮で再び会う約束をして別れた。
翌日になると、なぜか早くメイネに会わなくてはならないと思った。早馬を飛ばし、すぐに会いたいと手紙を届けさせた。メイネはほどなくやってきて、気がついたら自分の悩みを細かに打ち明けていたのだ。秘めていたフロルへの気持ちも全て。
自分の中にあるフロルへの想いは複雑で、誰にも打ち明けられないこともあった。不思議なことに、メイネの前なら遠慮なくそれを話すことができた。
「メイネの魅了は、今まで見知った使い手とは全く違っていた。直接的な行動を仕掛けるわけじゃない。人の心の中にある欲望を誘い出し、目の前に差し出す。そして、まるで甘い蜜のように都合のいい夢を見せるんだ」
「……どういうこと? 魅了って……その、色仕掛けみたいなものじゃ、ないの」
思わず小さな声でフロルが口にすると、レオンは微笑んだ。
「メイネの魅了は違う。体ではなく、心に深く作用する。それに、体を使ってきたならすぐにはねのけることができたんだ。俺はフロルにしか反応しないから」
「えっ?」
「フロルは覚えてないんだろうな。俺たちはふざけて項を噛みあったことがあるんだよ」
フロルには全く記憶がなかった。発情期が訪れようという頃だとレオンは言う。
ある日、いつものように書庫で本を見つけては、二人並んで読みふけっていた。棚の奥にあった一冊の本に、アルファとオメガが番になることが書かれていた。アルファがオメガの項を噛めば、互いに離れがたい繋がりができる。性に興味があった二人は、好奇心から互いの項を交互に噛んだ。噛むとは言っても、遊びの延長で軽い甘噛みのようなものだ。
フロルがレオンをかぷりと噛んでも何も起こらなかったが、逆は違った。レオンがフロルの項を噛んだ途端、フロルは倒れてしまったのだ。レオンは慌てて人を呼んだ。魔術師や医師が呼ばれ、目覚めさせようとしても、フロルは丸一日、目を覚まさなかった。そして、フロルが眠っている間に、レオンの体にも大きな変化が訪れた。
性欲が日々増大する頃なのに、簡単に勃起しなくなったのだ。その代わり、フロルから仄かに漂う香りをかいだ時は大変だった。性器がたちまちそそり立ち、組み敷きたくてたまらなくなる。宮廷医師に相談すると、番の疑似関係が起きていると思われます。互いに性的接触を重ねれば自然に落ち着くでしょうと言う。
「そ、そんなこと、知らない」
「フロルは目覚めた時には何も覚えていなかったからな。それで、こちらの状況を言うことも憚られた」
身も心もフロルへの気持ちが募っていくのに、十八歳までは触れ合うことが許されない。まだ体も整わないうちに番えば、フロルは身も心も傷つくだろう。フロルを襲わないために、レオンは強い発情抑制剤を飲む必要があった。他のオメガの発情に巻き込まれはしないが、いつかフロルを抱く日には壊してしまうのではないかと空恐ろしくなった。
そして、肝心のフロルは自分を弟か子どものように思って世話をする。ずっと幼い時の話を持ち出してくるし、気軽に体を寄せてくる。日に日に苦しみは増して、まさに地獄のようだった。
799
お気に入りに追加
1,100
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(11/21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる