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21.レオンの回想②

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 レオンはフロルから目を離さず、ゆっくり話し始めた。

 ……幼い頃から自分が好きな相手は唯一人だった。物心ついた時には、いつも隣にいてくれた。人見知りが激しかった自分の手を引いて、だいじょうぶだよ、と言われれば何でもできるような気がした。紫の瞳は何時もきらきらと輝いていて、何て綺麗なんだろうと思っていた。

「それ、僕のこと……?」

 レオンは頷いた。フロルの胸はドキドキと高鳴った。レオンの口から夢のような言葉を聞いて、これは現実なのだろうかと思う。

「でも、それならどうして」
「ロベモント侯爵の仮面舞踏会でのことだ」

 フロルの体はびくりと跳ね、レオンが悲し気な目をする。部屋の中の明かりがゆらりと揺れた。

 仮面舞踏会で自分は一つの賭けをしていた。まるで子どものような賭けだ。自分のところに招待状が来ているのだ。きっとフロルの元にも届いているだろう。たくさんの招待客がいても、フロルをきっと見つけてみせる。見つけることができたら、唯一つの望みを伝えよう……。そう思って探しているうちに、フロルだと思う姿を見つけた。

「だが、それはメイネだった」

 フロルの心に悲しみが広がる。これ以上聞きたくないと体が後ずさる。レオンはそれに気がついて、フロルの手を離さぬよう力を込めた。

「……どうか、最後まで聞いてくれ。仮面舞踏会には多くの人々が出入りする。魔力も雑多で、警戒していたつもりだったが注意が足りなかった。メイネは……魅了魔法の使い手だった」

 フロルに声をかけたはずが、いつのまにか舞踏会場の前のバルコニーでメイネと話し込んでいた。最近、隣国から帰って来たと言う伯爵令息は親しみやすく、王宮で再び会う約束をして別れた。
 翌日になると、なぜか早くメイネに会わなくてはならないと思った。早馬を飛ばし、すぐに会いたいと手紙を届けさせた。メイネはほどなくやってきて、気がついたら自分の悩みを細かに打ち明けていたのだ。秘めていたフロルへの気持ちも全て。

 自分の中にあるフロルへの想いは複雑で、誰にも打ち明けられないこともあった。不思議なことに、メイネの前なら遠慮なくそれを話すことができた。

「メイネの魅了は、今まで見知った使い手とは全く違っていた。直接的な行動を仕掛けるわけじゃない。人の心の中にある欲望を誘い出し、目の前に差し出す。そして、まるで甘い蜜のように都合のいい夢を見せるんだ」
「……どういうこと? 魅了って……その、色仕掛けみたいなものじゃ、ないの」

 思わず小さな声でフロルが口にすると、レオンは微笑んだ。

「メイネの魅了は違う。体ではなく、心に深く作用する。それに、体を使ってきたならすぐにはねのけることができたんだ。俺はフロルにしか反応しないから」
「えっ?」
「フロルは覚えてないんだろうな。俺たちはふざけて項を噛みあったことがあるんだよ」

 フロルには全く記憶がなかった。発情期が訪れようという頃だとレオンは言う。

 ある日、いつものように書庫で本を見つけては、二人並んで読みふけっていた。棚の奥にあった一冊の本に、アルファとオメガが番になることが書かれていた。アルファがオメガの項を噛めば、互いに離れがたい繋がりができる。性に興味があった二人は、好奇心から互いの項を交互に噛んだ。噛むとは言っても、遊びの延長で軽い甘噛みのようなものだ。

 フロルがレオンをかぷりと噛んでも何も起こらなかったが、逆は違った。レオンがフロルの項を噛んだ途端、フロルは倒れてしまったのだ。レオンは慌てて人を呼んだ。魔術師や医師が呼ばれ、目覚めさせようとしても、フロルは丸一日、目を覚まさなかった。そして、フロルが眠っている間に、レオンの体にも大きな変化が訪れた。

 性欲が日々増大する頃なのに、簡単に勃起しなくなったのだ。その代わり、フロルから仄かに漂う香りをかいだ時は大変だった。性器がたちまちそそり立ち、組み敷きたくてたまらなくなる。宮廷医師に相談すると、つがいの疑似関係が起きていると思われます。互いに性的接触を重ねれば自然に落ち着くでしょうと言う。

「そ、そんなこと、知らない」
「フロルは目覚めた時には何も覚えていなかったからな。それで、こちらの状況を言うこともはばかられた」

 身も心もフロルへの気持ちが募っていくのに、十八歳までは触れ合うことが許されない。まだ体も整わないうちにつがえば、フロルは身も心も傷つくだろう。フロルを襲わないために、レオンは強い発情抑制剤を飲む必要があった。他のオメガの発情に巻き込まれはしないが、いつかフロルを抱く日には壊してしまうのではないかと空恐ろしくなった。
 そして、肝心のフロルは自分を弟か子どものように思って世話をする。ずっと幼い時の話を持ち出してくるし、気軽に体を寄せてくる。日に日に苦しみは増して、まさに地獄のようだった。
 
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