14 / 43
14.断罪の時①
しおりを挟むクラウスヴェイク公爵は、深々と玉座に向かって頭を垂れた。まず、我が子の体調不良による婚姻の延期を詫び、強い光を帯びた目を国王に向ける。
「我が国の太陽であらせられる陛下に唯一つの願いを申し上げたく、臣が馳せ参じました。どうぞ寛大なるお慈悲をもって、お聞き届けくださいますように」
「我が忠実なる臣である公爵よ、其方の望みを申すが良い」
フロルは、うつむいたまま顔を上げなかった。
父に言われるがままに宮中にやってきて、自分は何故ここにいるのだろうと考えていた。突然やってきた発情期が終わり、ろくに体力も戻らない状態で連れてこられたのだ。気力は戻らず、頭の中はずっと霞がかかったようだった。父に尋ねても、参内の理由は教えてもらえないままだ。
ふっと自分を見つめるレオンの視線を感じたけれど、そちらを見る気持ちにもなれない。
(父様は一体、何をなさるおつもりなんだろう……)
フロルがそっと隣を見た瞬間、公爵のよく通る声が響き渡った。
「我が子、フロル・クラウスヴェイクと王太子レオン・ファン・バーネヴェルト殿下の婚約を破棄してくださいますよう御願い申し上げます」
大広間に集った人々は言葉もなく、固唾を呑んでフロルを見た。国王は衝撃に目を見開いている。
「殿下はロベモント侯爵の夜会で出会ったメイネ・ヘルマン伯爵令息とお会いになることを優先され、息子との約束を度々反故になさいました。息子は昼食会に一日も欠かさず出席し殿下をお待ちしましたが、その間、殿下は奥庭でヘルマン殿とお二人で食事をとっておられました」
「……何と!」
「婚約者がありながら二人きりで食事とは?」
広間からは動揺の声が漏れ、レオンとメイネは言葉もない。また、居並ぶ貴族たちの視線が一斉にロベモント侯爵に集まった。侯爵の顔色は真っ青だ。まさか自分の催した舞踏会がこんなに恐ろしい結果を招くとは思ってもいなかったのだろう。体はぶるぶると震え、今にも倒れてしまいそうだった。
「先日の茶話会の際には、ヘルマン殿は殿下の瞳の色の宝石を身に付け、殿下はヘルマン殿の瞳の色の装飾品をお召しだったと聞き及んでおります。それ以来、我が子はまともに食べることも眠ることもできません」
悲鳴にも似た嗚咽が聞こえると思えば、王妃のものだった。震える肩を抱き、レオンに向かって険しい視線を向けているのはユリオン王子だ。
「……それが真ならば、非は王太子たちにある」
「お、恐れながら父上! これには理由がございます」
それまで声もなかったレオンが口を開いた。真っ青な顔で、父である国王を見て、次にフロルを見る。その瞳の中に必死に訴えかけてくるものがあっても、フロルの心には届かない。疲弊しきった心と体は、何が起きているのかを把握するのでやっとだった。
(父様は今、何と言った……?)
婚約破棄、と聞こえた。いつもの自分なら何よりも必死で父を止め、レオンを庇っただろう。それなのに、周りで交わされる言葉だけが耳をすり抜けていく。まるで壊れかけた人形のように、人々の声を茫然と追うことしかできない。
立ち並ぶ貴族たちの中から、一人が叫んだ。
「魔術師の塔の長に、真実の判定を!」
長は前の台座に置かれた大きな水晶玉に手を当てた。水晶玉には真実が浮かび上がり、その姿が広間の中に大きく広がる。長の魔法が誰からも邪魔されないように、双子の魔術師たちが強固な結界を張った。
たちまち水晶玉の中に、温室での王太子と伯爵令息の話す様子が浮かび上がる。それは、眠るフロルから魔術師たちが記憶を写し取ったものだ。さらには温室の植物たちから同じ記憶を採取し、照合していた。
『こんな気持ちのまま、式を迎えろと言うのか。半年早く生まれたからって、いつも先回りされて、俺の気持ちは二の次だ』
『おっしゃる通りです。いくら優秀でいらしても、殿下のお気持ちにお気づきにならないのでは話になりません』
「ま、待てっ! これには」
レオンの声だけが響き、フロルの頬からはらはらと涙がこぼれ落ちた。ああ、そうだ。あの日から全ては始まったのだと思い出した。
「メイネ・ヘルマンを捕らえ、地下牢へ入れよ! 不敬である!」
国王の言葉に近衛騎士たちが左右からメイネの両腕を掴んだ。メイネは真っ青な顔で泣き叫び、レオンの名を呼ぶ。だが、レオンは硬直したまま動かず、誰もメイネの言葉を聞く者はいない。父親のヘルマン伯爵もすぐに捕り押さえられ、二人は大広間から姿を消した。広間の中は非難と動揺の声が渦巻き、アルファの威嚇を込めた王の声だけが響き渡る。
「皆、静まれ! 王の名の元に王太子に謹慎を命ずる! 追って沙汰があるまで待つが良い」
「父上! どうか……どうか」
「見苦しい! 其方には失望した。この場において、まだ言い訳をしようとするのか!」
怒りを露わにする王の言葉を弟王子が引き取った。
「父上のおっしゃる通りです。兄上、ご自分が何をなさったかわかっておいでですか! 尊い方を侮辱なさって、ひどく傷つけたのですよ。私はフロル様が昼食会の後、寂しそうに一人でお帰りになる姿を何度も見ました」
玉座に走り寄ったレオンは、あっという間に近衛騎士たちに取り押さえられた。レオンは一瞬詰まった後に、言葉を絞り出した。
「違います! 言い訳ではない。どうか、謝罪を」
(……謝罪?)
「お願いです。……フロルに」
涙に濡れた顔を上げて、フロルはレオンを見た。近衛騎士たちに両腕をとられたレオンがこちらを見ている。フロルは、久しぶりに彼の目を見た気がした。以前と変わらぬ優しい瞳のように思える。
「すまない……フロル。そんなにも傷つけて」
フロルは何と答えていいのかわからなかった。レオンは、さらに声を振り絞った。
「……信じてもらえないかもしれない。でも、俺はずっと、君しか好きじゃない」
755
お気に入りに追加
1,093
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる