ずっと、君しか好きじゃない

尾高志咲/しさ

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14.断罪の時①

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 クラウスヴェイク公爵は、深々と玉座に向かって頭を垂れた。まず、我が子の体調不良による婚姻の延期を詫び、強い光を帯びた目を国王に向ける。

「我が国の太陽であらせられる陛下に唯一つの願いを申し上げたく、臣が馳せ参じました。どうぞ寛大なるお慈悲をもって、お聞き届けくださいますように」
「我が忠実なる臣である公爵よ、其方の望みを申すが良い」

 フロルは、うつむいたまま顔を上げなかった。
 父に言われるがままに宮中にやってきて、自分は何故ここにいるのだろうと考えていた。突然やってきた発情期が終わり、ろくに体力も戻らない状態で連れてこられたのだ。気力は戻らず、頭の中はずっと霞がかかったようだった。父に尋ねても、参内の理由は教えてもらえないままだ。
 ふっと自分を見つめるレオンの視線を感じたけれど、そちらを見る気持ちにもなれない。

(父様は一体、何をなさるおつもりなんだろう……)

 フロルがそっと隣を見た瞬間、公爵のよく通る声が響き渡った。

「我が子、フロル・クラウスヴェイクと王太子レオン・ファン・バーネヴェルト殿下の婚約を破棄してくださいますよう御願い申し上げます」

 大広間に集った人々は言葉もなく、固唾かたずを呑んでフロルを見た。国王は衝撃に目を見開いている。

「殿下はロベモント侯爵の夜会で出会ったメイネ・ヘルマン伯爵令息とお会いになることを優先され、息子との約束を度々反故ほごになさいました。息子は昼食会に一日も欠かさず出席し殿下をお待ちしましたが、その間、殿下は奥庭でヘルマン殿とお二人で食事をとっておられました」

「……何と!」
「婚約者がありながら二人きりで食事とは?」

 広間からは動揺の声が漏れ、レオンとメイネは言葉もない。また、居並ぶ貴族たちの視線が一斉にロベモント侯爵に集まった。侯爵の顔色は真っ青だ。まさか自分の催した舞踏会がこんなに恐ろしい結果を招くとは思ってもいなかったのだろう。体はぶるぶると震え、今にも倒れてしまいそうだった。

「先日の茶話会の際には、ヘルマン殿は殿下の瞳の色の宝石を身に付け、殿下はヘルマン殿の瞳の色の装飾品をお召しだったと聞き及んでおります。それ以来、我が子はまともに食べることも眠ることもできません」

 悲鳴にも似た嗚咽が聞こえると思えば、王妃のものだった。震える肩を抱き、レオンに向かって険しい視線を向けているのはユリオン王子だ。

「……それが真ならば、非は王太子たちにある」
「お、恐れながら父上! これには理由がございます」

 それまで声もなかったレオンが口を開いた。真っ青な顔で、父である国王を見て、次にフロルを見る。その瞳の中に必死に訴えかけてくるものがあっても、フロルの心には届かない。疲弊しきった心と体は、何が起きているのかを把握するのでやっとだった。

(父様は今、何と言った……?)

 婚約破棄、と聞こえた。いつもの自分なら何よりも必死で父を止め、レオンを庇っただろう。それなのに、周りで交わされる言葉だけが耳をすり抜けていく。まるで壊れかけた人形のように、人々の声を茫然と追うことしかできない。

 立ち並ぶ貴族たちの中から、一人が叫んだ。

「魔術師の塔の長に、真実の判定を!」

 長は前の台座に置かれた大きな水晶玉に手を当てた。水晶玉には真実が浮かび上がり、その姿が広間の中に大きく広がる。長の魔法が誰からも邪魔されないように、双子の魔術師たちが強固な結界を張った。

 たちまち水晶玉の中に、温室での王太子と伯爵令息の話す様子が浮かび上がる。それは、眠るフロルから魔術師たちが記憶を写し取ったものだ。さらには温室の植物たちから同じ記憶を採取し、照合していた。


『こんな気持ちのまま、式を迎えろと言うのか。半年早く生まれたからって、いつも先回りされて、俺の気持ちは二の次だ』
『おっしゃる通りです。いくら優秀でいらしても、殿下のお気持ちにお気づきにならないのでは話になりません』


「ま、待てっ! これには」

 レオンの声だけが響き、フロルの頬からはらはらと涙がこぼれ落ちた。ああ、そうだ。あの日から全ては始まったのだと思い出した。

「メイネ・ヘルマンを捕らえ、地下牢へ入れよ! 不敬である!」

 国王の言葉に近衛騎士たちが左右からメイネの両腕を掴んだ。メイネは真っ青な顔で泣き叫び、レオンの名を呼ぶ。だが、レオンは硬直したまま動かず、誰もメイネの言葉を聞く者はいない。父親のヘルマン伯爵もすぐに捕り押さえられ、二人は大広間から姿を消した。広間の中は非難と動揺の声が渦巻き、アルファの威嚇を込めた王の声だけが響き渡る。

「皆、静まれ! 王の名の元に王太子に謹慎を命ずる! 追って沙汰があるまで待つが良い」
「父上! どうか……どうか」
「見苦しい! 其方には失望した。この場において、まだ言い訳をしようとするのか!」

 怒りを露わにする王の言葉を弟王子が引き取った。

「父上のおっしゃる通りです。兄上、ご自分が何をなさったかわかっておいでですか! 尊い方を侮辱なさって、ひどく傷つけたのですよ。私はフロル様が昼食会の後、寂しそうに一人でお帰りになる姿を何度も見ました」

 玉座に走り寄ったレオンは、あっという間に近衛騎士たちに取り押さえられた。レオンは一瞬詰まった後に、言葉を絞り出した。

「違います! 言い訳ではない。どうか、謝罪を」

(……謝罪?)

「お願いです。……フロルに」

 涙に濡れた顔を上げて、フロルはレオンを見た。近衛騎士たちに両腕をとられたレオンがこちらを見ている。フロルは、久しぶりに彼の目を見た気がした。以前と変わらぬ優しい瞳のように思える。

「すまない……フロル。そんなにも傷つけて」

 フロルは何と答えていいのかわからなかった。レオンは、さらに声を振り絞った。

「……信じてもらえないかもしれない。でも、俺はずっと、君しか好きじゃない」
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