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11.宮中での諍い②
しおりを挟む正餐の場で一月ぶりにフロルに対面した国王と王妃は、すぐにフロルの顔色の悪さに気がついた。
「大丈夫か、フロル。少し痩せたのではないか」
「変わらず美しいけれど、心配だわ。無理をしているのではない?」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。少し体調を崩しておりました」
同席しているレオンは何も言わない。もう自分には何の関心もないのかもしれないと、顔には出さないが、フロルの心は沈んでいく。
それでも、国王と王妃が優しく声をかけてくれるので、食事はいつもよりずっと楽しいものになった。量は相変わらず進まなかったが、何とか飲み込んで笑顔を作る。国王夫妻は、美しく優しい公爵令息を労り、婚姻の儀が楽しみだと言った。フロルは必死で口元に微笑みを浮かべる。
(レオンは温室で、この結婚を嫌がっていた……)
ちらりと隣のレオンを見ても、淡々と食事を続けており、心を知ることはできなかった。
食事の後は、茶話会に行く為にレオンと二人で長い廊下を歩いていた。ふと、レオンが立ち止まって後ろを振り返る。
「フロル、その……」
フロルは、うつむいていた顔を上げた。久しぶりに名を呼ばれたことに驚いて瞳を瞬く。二人が視線を合わせた時、明るい声が聞こえた。
「殿下! お待ちしておりました」
フロルとレオンが顔を向けると、そこには華やかに着飾ったメイネがいた。茶話会の行われる広間はすぐ目の前にあり、扉は大きく開かれている。周りには貴族たちの目があった。公的な場で目下の者が目上の者に話しかけることは礼に反する行為だ。自分たちだけならまだしも、多くの人の目がある場所で許されることではない。気にする様子もないメイネに、フロルは苦言を呈した。
「ヘルマン殿、お声をかけるのは貴殿からではないと思うが」
メイネはきょとんとした顔でフロルを見返し、その後レオンを見た。
「僕から話しかけるのがだめなら、いつまでもレオン様からお声がかかるのを待ってなきゃいけないってことですか?」
メイネが不満げに答えても、レオンが咎めることはなかった。それどころか、レオンはフロルに向かって宥めるように言う。
「メイネは何年も留学していた。他国から戻ったばかりで宮中の作法に疎いんだ。大目に見てやってくれないか」
フロルはレオンを怒鳴りつけたい衝動を必死で抑えた。貴族社会では些細なことが非難の的になる。甘い言葉だけでは本人のためにならない。
「……知らないのならなおのこと、早いうちに知っておいた方が良いのではありませんか?」
フロルは静かに諭すように続けた。レオンは眉を顰め、メイネは上目遣いにレオンを見る。そして、ぱっと目を輝かせて、自分の耳元の髪をかきあげた。
「そうだ! レオン様、先日いただいたピアスを付けてきたんです。ほら、レオン様の瞳と同じ色!」
メイネの耳に輝く青の宝石を見て、フロルの顔色が変わった。レオンも目を見張る。
「メ、メイネ、それは、この場に付けてきていいものではない」
「どうして? 折角くださったのに! レオン様に付けているところを見てほしかったのに」
流石にレオンはメイネが自分の瞳と同じ色を身に付けて、貴族たちの場に出ることを良しとはしなかった。しかし、フロルは喉がからからに乾いていくのを感じた。
(……レオンは、彼に自分の瞳の色と同じ宝石を贈ったのだ。そして、メイネは僕と同じように、それを身に付けている)
今にも吐きそうな気持ちだった。どうしてそんなに無神経なことができるのかがわからない。それとも、彼らは運命の相手だから他の者の気持ちなど、どうでもいいというのだろうか。
フロルは必死に踏みとどまって、きっぱりと二人に告げた。
「気分が悪いので、私はここで失礼します」
「フロル!」
もうこれ以上、この二人がいる場所への同席など無理だと思えた。急いで歩き出すと、レオンが追いかけてくる。腕を取られ振り向くと、真剣な瞳と目が合った。
「大丈夫か? ひどい顔色だ。少し別の部屋で休んだ方がいい。それに、メイネのあのピアスだが」
言い訳する気かと思ったが、レオンの瞳は確かに自分を案じているように見える。ぐらりとフロルの心が揺れた時、レオンが肩に付けていた飾りが目に入った。
獅子を象った意匠の瞳の色に息が止まりそうになる。使われていたのは濃い緑石だ。それはメイネの瞳と同じ色だった。
フロルは、思い切りレオンの腕を振り払った。
「触るなッ!」
「フロル?」
「自分だって、メイネと同じことをしているじゃないか!」
「メイネと同じ?」
「その肩の飾りは、メイネの瞳と同じ緑だ。……僕を馬鹿にするのもいい加減にしてくれ!」
「……フロル!」
フロルはもう、後ろも振り返らずに走った。何も考えず、何も見たくなかった。闇雲に走っていくと、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。主を心配しながら待っていた侍従の姿が目に入った。
「……カイ」
「フロル様!」
フロルの瞳からは涙が溢れて、言葉が出なかった。驚いた侍従は、すぐに主を連れて屋敷に戻った。
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