本当にあなたが運命なんですか?

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
18 / 21
番外編 君に出会う日

3.🌸🌸🌸 (終)

しおりを挟む
 
 ぼくは、咄嗟に何て言ったらいいのかわからなかった。転校してから人に恨まれることはあっても、好意を寄せられたことはほとんどない。一年前に彼と桜の話をしたことも覚えていなかった。

「あ、ありがとう! 桜は好きだよ。このカードもすごく綺麗だ」
「……よかった。今日までに何とか渡したかったんだ。助けてもらった日が、ちょうどホワイトデーだったから」

 茶色の瞳の彼は、ほっとしたように息をつく。
 ぼくの手の中で、小さな白い木が揺れる。優しい想いが揺れる。
 これを作るのに、彼はどれだけの時間をかけたんだろう。ぼくに、また会えるかもわからなかったのに。
 
「これ、花びらも枝も、作るの大変だったよね。ずっと、大事にするね」
 
 彼は目を丸くして、それから泣きそうな顔で笑った。

「本当は、もっと早く会えたらよかったな。……副会長よりも」

 何で、と聞き返すよりも先に、彼はじゃあ、と言って夕暮れの校舎の中に走っていってしまった。ぼくは呆然として、その場に立っていた。
 そういえば、名前も聞かなかった。カードにはメッセージも名前も書かれていない。

 ベンチに座ってカードを見ていると、ふっと目の前が暗くなる。

「あれ? 一星。いつの間に」

 見上げると一星が立っていて、ぼくの額にこつんと自分の額を当てた。小さな声が聞こえる。

「あいつの気持ち、ちっとも嬉しくないけど、わかる」
「えっ? 見てたの」
「……途中からね」

 一星がぼくを見て、小さく呟いた。

 ──ずっとずっと思っていた。いつかもう一度、会えますように、って。

 一星はカードの桜を指差した。

「千晴、その桜の意味知ってる?」
「意味?」
「桜には花言葉がある。フランス語では『私を忘れないで』」
「へっ!」

(そ、そんな気持ちで贈ってくれたんだろうか? どうしよう、もう受け取っちゃった)

「でも、千晴を一番先に見つけたのは俺だから。あいつにも、そのカードにも負けない」
「……一星」

 一星はぼくの肩に顔を埋めた。一星がこんなことを言うのを初めて聞いた。

 春の穏やかな風が吹いてきて、ぼくたちの髪を揺らす。静かにぼくたちの心を揺らす。

 ──ずっと君に、会いたかった。

 一星の言葉と、茶色の瞳の彼の言葉が重なって、胸の奥が痛くなる。

「一星、ぼくね、今日の夕飯は何かなって、ずっと楽しみにしてたんだ」
「……ロールキャベツを作ってある」
「やった!」
「デザートにパンナコッタも作った。苺ソースつき」

 嬉しさを隠せずにぷるぷる震えていると、一星がようやく顔をあげた。眉が寄って少しだけ口元が曲がっている。

「あのね、ぼくも一星に渡したくて作ってきたものがあるんだ。ただ、上手にできたかどうかは聞かないでほしい」
「俺は、千晴がくれるなら何でも嬉しい」
「……ありがと」

 ぼくは今回、どうしても気になってホワイトデーのお菓子作りに挑戦した。『相殺』なんて合理的なことを言ってきた友永には内緒で、ひっそり一人で苺マシュマロを作ったのだ。
 失敗作の山の上に、何とか形になったものを選んで包んできた。

 褒められた出来じゃないけど、何だか無性に一星に見てほしかった。ただ一人の為に作ったものを。

「もう帰ろう、一星」
「ああ」

 立ち上がった時に、ぼくは背伸びをして一星の唇にキスをした。一星は瞳を瞬いた後に、微笑んでぼくの手を握ってくれた。

 人の出会いは、たくさんの偶然で出来ているんだろう。その中にどれほどの必然が紛れているのか知らない。

「千晴」
「何?」
「俺は毎日、千晴に出会えてよかったって思ってる」

 夕暮れの空に輝きだした星よりも綺麗な瞳がぼくを見る。一星の気持ちが、真っ直ぐにぼくの心に届く。

「もう一度会えると信じてくれて……ありがとう」
 
 一星の手を、ぼくはぎゅっと力を込めて握り返す。ぼくたちは互いの手の温もりを感じながら歩き出した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...