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番外編 君に出会う日

3.🌸🌸🌸 (終)

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 ぼくは、咄嗟に何て言ったらいいのかわからなかった。転校してから人に恨まれることはあっても、好意を寄せられたことはほとんどない。一年前に彼と桜の話をしたことも覚えていなかった。

「あ、ありがとう! 桜は好きだよ。このカードもすごく綺麗だ」
「……よかった。今日までに何とか渡したかったんだ。助けてもらった日が、ちょうどホワイトデーだったから」

 茶色の瞳の彼は、ほっとしたように息をつく。
 ぼくの手の中で、小さな白い木が揺れる。優しい想いが揺れる。
 これを作るのに、彼はどれだけの時間をかけたんだろう。ぼくに、また会えるかもわからなかったのに。
 
「これ、花びらも枝も、作るの大変だったよね。ずっと、大事にするね」
 
 彼は目を丸くして、それから泣きそうな顔で笑った。

「本当は、もっと早く会えたらよかったな。……副会長よりも」

 何で、と聞き返すよりも先に、彼はじゃあ、と言って夕暮れの校舎の中に走っていってしまった。ぼくは呆然として、その場に立っていた。
 そういえば、名前も聞かなかった。カードにはメッセージも名前も書かれていない。

 ベンチに座ってカードを見ていると、ふっと目の前が暗くなる。

「あれ? 一星。いつの間に」

 見上げると一星が立っていて、ぼくの額にこつんと自分の額を当てた。小さな声が聞こえる。

「あいつの気持ち、ちっとも嬉しくないけど、わかる」
「えっ? 見てたの」
「……途中からね」

 一星がぼくを見て、小さく呟いた。

 ──ずっとずっと思っていた。いつかもう一度、会えますように、って。

 一星はカードの桜を指差した。

「千晴、その桜の意味知ってる?」
「意味?」
「桜には花言葉がある。フランス語では『私を忘れないで』」
「へっ!」

(そ、そんな気持ちで贈ってくれたんだろうか? どうしよう、もう受け取っちゃった)

「でも、千晴を一番先に見つけたのは俺だから。あいつにも、そのカードにも負けない」
「……一星」

 一星はぼくの肩に顔を埋めた。一星がこんなことを言うのを初めて聞いた。

 春の穏やかな風が吹いてきて、ぼくたちの髪を揺らす。静かにぼくたちの心を揺らす。

 ──ずっと君に、会いたかった。

 一星の言葉と、茶色の瞳の彼の言葉が重なって、胸の奥が痛くなる。

「一星、ぼくね、今日の夕飯は何かなって、ずっと楽しみにしてたんだ」
「……ロールキャベツを作ってある」
「やった!」
「デザートにパンナコッタも作った。苺ソースつき」

 嬉しさを隠せずにぷるぷる震えていると、一星がようやく顔をあげた。眉が寄って少しだけ口元が曲がっている。

「あのね、ぼくも一星に渡したくて作ってきたものがあるんだ。ただ、上手にできたかどうかは聞かないでほしい」
「俺は、千晴がくれるなら何でも嬉しい」
「……ありがと」

 ぼくは今回、どうしても気になってホワイトデーのお菓子作りに挑戦した。『相殺』なんて合理的なことを言ってきた友永には内緒で、ひっそり一人で苺マシュマロを作ったのだ。
 失敗作の山の上に、何とか形になったものを選んで包んできた。

 褒められた出来じゃないけど、何だか無性に一星に見てほしかった。ただ一人の為に作ったものを。

「もう帰ろう、一星」
「ああ」

 立ち上がった時に、ぼくは背伸びをして一星の唇にキスをした。一星は瞳を瞬いた後に、微笑んでぼくの手を握ってくれた。

 人の出会いは、たくさんの偶然で出来ているんだろう。その中にどれほどの必然が紛れているのか知らない。

「千晴」
「何?」
「俺は毎日、千晴に出会えてよかったって思ってる」

 夕暮れの空に輝きだした星よりも綺麗な瞳がぼくを見る。一星の気持ちが、真っ直ぐにぼくの心に届く。

「もう一度会えると信じてくれて……ありがとう」
 
 一星の手を、ぼくはぎゅっと力を込めて握り返す。ぼくたちは互いの手の温もりを感じながら歩き出した。
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