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番外編 君に出会う日
2.🌸🌸
しおりを挟むホワイトデーの朝は、静かにやって来た。
バレンタインのように華やかではないけれど、浮き浮きした雰囲気が校内に溢れている。一星は、ホワイトデーも夕飯を一緒に食べよう、とバレンタインの時からぼくに言い続けていた。真剣な姿を思い出すと、自然に口元が緩んでしまう。
(一星の真面目なところも、すごく好きだ)
下駄箱から上履きを取り出そうとしたら、はらりと何かが落ちて来た。小さな白い封筒の中に、メッセージカードが入っている。
『お渡ししたいものがあります。放課後、中庭で待っています』
几帳面で綺麗な字が並んでいる。
呼び出しにいい思い出は一つもないから、無視するのが一番いいだろう。そう思うのに、何かが引っかかる。
放課後、一星は生徒会の打ち合わせがあって少し遅くなる。教室で待っていようと思っていたから、時間はある。
友永から声をかけられて、ぼくは慌てて封筒をポケットに入れた。
丸一日悩んだ後、中庭に足を向けた。友永はぼくが一星と帰ると知っているので、一足先に帰宅している。黙って呼び出しを受けたことを知られたら、かなり怒られそうだ。
辺りを見渡しても、中庭に人の姿はない。各クラスのホームルームが終わる時間はまちまちだからな、と思いながらベンチに座った。
綺麗な字だと思ってカードを眺めていると、足音が聞こえる。細身の子が必死に走ってきて、はあはあと息をつきながらぼくの前に立った。茶色の髪が揺れて、ネクタイを見れば僕と同じ一年だ。
「ほ、ほんとに来て……くれた」
「あれ? 前に木陰にいた人?」
こくんと頷く彼は、近くで見ると本当に綺麗な瞳をしていた。薄い茶色を覗き込むと、相手の頬が見る間に赤くなる。
「もしかして、このカードを書いたのは君?」
こくこくと頷く彼は、大きく息を吸った。
「……来てくれて、ありがとう。どうしても渡したいものがあったんだ」
彼の手には紙袋があった。中から出されたのは、真っ白な封筒だ。すっと目の前に出されたので、開けていい? と尋ねる。彼はすぐに頷いた。
中に入っていたカードを開くと、封筒と同じ白の厚地に満開の花をつけた一本の木が現れた。ポップアップカードだが、驚くほど繊細に作られていて、目が離せない。枝も花びらも、どうやったらこんなに美しく表現できるのだろう。
「すごい……! これ、君が作ったの? 桜?」
「うん。覚えてないかもしれないけど。俺、前に君に助けられたことがあるんだ」
「えっ?」
彼は、ぽつぽつ話し始めた。
……一年前、買い物帰りに具合が悪くなって、駅前のベンチで休んでいた。そこに声をかけて来た男たちがいた。明らかに柄が悪い連中で、通りかかった人たちは皆、見て見ぬふりをしている。パニックになっていたところに、君が友達の振りをして声をかけてくれた。
「もう一人、眼鏡をかけた人と協力して連れ出してもらって、本当に助かった。あの時は久々の外出で、人の匂いに当てられたんだ。自分でも、もうどうしていいかわからなくなっていたから」
話を聞いているうちに、少しずつ思い出した。あの日はいい天気で、たしか、早咲きの桜を見に行こうとしていたんだ。変な連中に絡まれていた子を助け出して、落ち着くまで一緒にいた。ただ、今の目の前にいる彼とは全然イメージが違う。
「あの時の? でも、もっと前髪が長くて……声も小さかったよね」
「うん。昔から引きこもってばかりいたけど、このままじゃまずいって思ったんだ。あの後、髪を切って少しずつ外に出るようにした」
朧げな記憶の中の彼と目の前の彼は、全然違っていた。
「中庭に来た時に、君が志堂副会長といるのを見て驚いたんだ。助けてくれた子だ、って」
「あのさ、もしかして、木陰から見てたのは一星じゃなかったの?」
「違うよ。見てたのは、副会長じゃなくて……」
彼は、じっとぼくを見た。
「……ぼく?」
「うん」
「最近、後をつけてた?」
「……ごめん。なかなか声をかけられなくて。どうしても、そのカードを渡したかったんだ」
綺麗な瞳が揺れている。ぼくは手の中で揺れるカードを見た。
「それ、よかったら、もらってくれる?」
「もらっていいの?」
「うん。俺、カードを作るのが好きなんだ。あの時、これから二人で桜を見に行くって言ってたから、桜が好きなのかなと思って」
初めて桜のカードを作ったんだ、と彼は笑う。
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