本当にあなたが運命なんですか?

尾高志咲/しさ

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本編

3.近づく距離①

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「日直の須崎と瀬戸! おーい、須崎ちはる!」
「あ! はい!」
「悪いな、日直の二人は荷物運びを手伝ってくれ」

 放課後、ぼくたちは担任に言われた本を図書準備室に運んだ。ぼくの本名は須崎ではないので、いまだに慣れず、すぐに答えられない。変装になるわけでもないが、度のろくに入っていない眼鏡も何やら違和感がある。もたもたしていると、もう一人の日直の瀬戸が、さっと多めに本を持ってくれた。

「あ、ありがと」
「須崎、ほっそいもんな。俺は元々体がデカいから、気にすんな」

 にかっと笑う瀬戸はレスリング部だ。すぐ後ろの席で、転校した時から色々教えてくれる。高校での転校は珍しいこともあって、皆が親切だった。ぼくは転校から一か月が経って、ようやく学校生活がスムーズに送れるようになっていた。

「須崎もこの一か月、大変だっただろ? 家の都合とはいえ、高校で転校って珍しいよな」
「うん、でも瀬戸のおかげでずいぶん早く学校に慣れたんだ。いつも助けてくれてありがとう」
「え? あ、いや。お、俺で良ければいつでも言ってくれ」
「うん! 頼りにしてるね」

 嬉しくなって笑うと、瀬戸の顔が赤くなる。瀬戸は本当にいいやつだと思う。二人で図書準備室に入ろうとした時だ。隣の部屋の扉が開いた。
 えっ、と思った。志堂一星が立っている。

「あれ? 君は……」
「っす! 副会長」
「ああ、瀬戸君。大会優勝おめでとう。次はインハイだね」

 ぼくは、さりげなく体の大きな瀬戸の影になるように移動した。瀬戸が彼と親し気に話しているから、ちょうどいい。近くに寄ると、なぜか動悸がするから困る。

「瀬戸、ごめん。ぼく、先に行ってるね」

 お先に、とだけ言って、ぼくは図書準備室に入った。

(……準備室の隣が生徒会室だなんて知らなかった)

 図書準備室では頼まれた本を戻すだけだから、作業はすぐに終わる。しかも、すぐに瀬戸が入ってきて、高い場所にもあっという間に本を戻してくれた。さっき廊下で聞いた話を思い出して、ぼくは瀬戸におめでとうと言った。

「瀬戸、すごいね。インターハイ出場なんて!」
「サンキュ! 俺、これから部活なんだ。悪いけど、先に教室に戻るわ」
「うん! 頑張ってね! 応援してる」

 瀬戸は大きな体を縮めながら、へへ、と頭をかく。運動してもろくに筋肉なんかつかないぼくには、瀬戸は羨ましいどころじゃない。まさしくスーパースターだ。一緒に廊下に出て、瀬戸が走っていく姿に手を振った。瀬戸が振り返って大きく手を振ってくれる。ぼくも嬉しくなって、ぶんぶんと手を振り返した。ふと視線を感じて振り向いた時に立っていたのは、生徒会の面々だった。今日の活動はもう終わりらしい。なぜか皆こちらを見て笑顔になっている。志堂がじっとぼくを見た。一歩、前に出てくる。

 思わず息を飲み込んだ。肌がわずかに粟立つ。瀬戸と一緒に走って戻ればよかった、と瞬時に後悔した。ぼくはぺこりとお辞儀をして、すぐに踵を返して歩き始めた。

(急がなきゃ。早く、早く戻らなくちゃ)

 夢中で足を動かした。何だか追い立てられている感じがする。階段を降り始めてすぐに、足がもつれた。

「わッ!」

 ぐらりと体が大きく揺れてよろけたところで足が滑る。目の前に階段と踊り場が見えた。

(……落ちる!)

 ふわりと体が軽くなる。鼻先に、ほんのりとレモンのような柑橘の香りがよぎった。体ががくりと揺れて、ぼくは後ろから力強い腕に抱きしめられていた。

「だい、じょう……ぶ、か?」

 ぼくが振り仰げば、そこには青い顔をしてぼくを見る、美しい男の顔があった。

「すみません……。だいじょうぶ、です」

 たしかにそう言ったのだ。……それなのに。

(何でずっと一緒にいるんだろう? もう大丈夫だと言ったのに)

 ぼくは今、志堂と一緒に裏門に立っている。
 あの後は最悪だった。まるで女子のように抱きかかえられて保健室に連れていかれた。しかも、自宅まで車で送るなんて言われている。なぜだ。
 ここは私立の金持ち学校なので、車の送迎も問題ない。裏門の脇には車の停車スペースがずらりと用意されている。だが、自宅まで送ってもらったりしたら最悪だ。身バレもいいところじゃないか。

 一緒に帰る友永を理由に、何としても送られるのを避けようと思っていたら、あいつは担任の手伝いで学校にまだ残っているらしい。今日はご一緒に帰れません、とスマホに連絡が来た。

(ばかばかばか! 全く、肝心な時に何をやってるんだ。お前はぼくの従者なんだろうが!)

「自、自宅は結構遠いので、申し訳ないです。本当に大丈夫ですから。ありがとうございます」

 ペコペコお辞儀をしていると、一台の黒塗りの車が止まる。ひえっと思って顔を上げると、車から降りてきたのは、うちの執事の安井だった。なぜか運転手の服装にサングラス姿だ。安井は一礼して、ぼくにお待たせしましたと囁く。

「あれ、なんで?」

 いや、何でもいい。何で? なんて言ってる場合じゃない!

「すみません、む、迎えがきましたので! 帰りますッ」
「……あっ! 待っ」

 失礼は百も承知でぼくは車に飛び乗った。すぐに安井が車を出す。バックミラーに呆然と立ち尽くす彼が見えたが、ぼくは安堵のあまり後部座席でずるずると体勢が崩れるのを感じた。

「千晴様、危機一髪でしたな」
「ありがとう、安井。でも、なんで……」
「愚息から、千晴様の大事だと連絡が参りました。間に合ってよかった」

 ぼくは心の中で、さんざん友永を罵ったことを謝った。
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