本当にあなたが運命なんですか?

尾高志咲/しさ

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本編

1.運命の男①

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「この人が、お前の『運命』だよ」

 母がぼくに一枚の写真を渡す。そこには、驚くほど整った顔の男子が制服姿で写っていた。
 きりりと引き締まった眉に切れ長の瞳。通った鼻筋に形のいい唇。さらりとした髪は耳元で切り揃えられている。頬の線は少年から青年に移り変わろうとするところだ。真っ黒な瞳に見つめられたら、何も言えなくなってしまいそうな気がする。

 ──志堂しどう一星いっせい

「母さん、この人、とっても綺麗な目をしてる」
「そうだね、千晴ちはると同じぐらい綺麗だ」

 母の言葉にぼくが目を瞬くと、母は優しい微笑みを返してくれる。

「千晴なら、大丈夫だよ。彼と魅かれ合うし、必ずうまくいく」

 母の言葉にぼくは笑顔で頷いた。必ずってどんな根拠があるんだろうと漠然と思っていても、口に出しはしなかった。

 この世には男女以外に、アルファ、オメガ、ベータという三つの性別がある。
 アルファは人口の二パーセント程度でオメガはもっと少なく、大半の人はベータだ。アルファには優秀な者が多く、オメガは発情期があるために孕むのに特化した性だと言われてきた。だが、昔と違って、今はアルファもオメガも薬で互いの発情をきちんとコントロールすることが出来る。中学に入ってすぐに受ける検査でバース性が判明し、国に届けさえ出せば、薬はごく安価で手に入るのだ。アルファもオメガも、フェロモンに振り回される時代は終わろうとしていた。

 ぼくの生家である芙蓉ふよう家は、昔からアルファかオメガばかりが誕生する家だった。芙蓉は色々な家と婚姻関係を結んできたけれど、他家に比べてアルファ至上主義というわけでもない。優秀な者が後を継いでうまく一族を守ればいいと、どこかのんびりした気質を持っていた。そんな家に生まれたからだろうか。

 ──運命のつがいは出会った瞬間に魅かれ合い、ずっとお互いだけを想う。
 そんな言葉に、漠然と疑問を抱いていた。

「坊ちゃまのお父様とお母様は、運命の番だったのですよ。滅多に出会えないのに、なんてお幸せなんでしょう。こんな可愛らしいお子様たちにも恵まれて」

 うっとりした顔で言う使用人に、ぼくは言葉を飲み込んだ。これでもぼくは、そこそこ頭が回る末子なのだ。下手なことを言って、両親の耳に入ったらまずいこと位はわかる。番はアルファとオメガの間に成立する特別な繋がりで、さらに父母は万に一つと呼ばれるような貴重な絆をもつ。それでも。

(絶対の幸せなんて、この世にあるのかな? どんなに好きなものだって、時間が経ったら大抵、もういいやって思うのに)

 子どもの頃に毎日食べていたお菓子。
 たくさん集めたカード。
 あんなに何度も繰り返し読んだ本だって、いつの間にか、違うものに興味が移る。
 それなのに、その『運命の番』だけが特別だなんて。

(……その人だけを永遠に好きだなんて、本当にあるんだろうか?)

 胸の中のもやもやがうまく消えなかった。あの写真を見た時から、何とも言えない気持ちが胸に広がったままだ。

(そうだ、千鶴ちづる兄さんに聞こう)

 ぼくは三人兄弟で、一番上の兄がアルファ、二番目の兄とぼくはオメガだ。何かわからないことがあると、同じオメガの兄はいつも丁寧に答えてくれた。部屋の扉を叩くと、次兄はぼくを招き入れた。

「千鶴兄さん」
「どうしたの? 千晴」
「ねえ、父さんと母さんは仲がいいけど、運命の番だからなのかな? そうじゃなくても、人は魅かれ合ったり、好きになったりするよね?」
「んー、運命に出会うのは宝くじなみに珍しいことだから、みんな夢を見るんだよね。そんなに真剣に考えなくてもいいんじゃない? アルファとオメガは少ないから、お互いに番うといいなんて言うけど、まあ、気が合えば別にベータでもいいよねえ」
「うん」
「恋愛って性別でするものじゃないでしょ。好きになった人が、運命だったら一番いいんだろうけど」

 ふふふ、と兄が笑う。兄さんはすごく綺麗なオメガだけど、運命の番に憧れてるわけじゃない。何だかほっとする。

「どうしたの? 何かあった?」

 ぼくは、兄さんに母さんから渡された写真を見せた。

「……ああ。千晴の運命ってやつかあ」
「兄さん、知ってたの?」
「お前、あんまり小さくて覚えてないんだね」

 千鶴兄さんが長い睫毛を伏せて、ふう、とため息をついた。

「お前が、五歳の時の話だからな。……おいで、千尋ちひろ兄さんのところに行くよ」

 ぼくたちは一枚の写真を持って、アルファである上の兄の部屋に向かった。
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