本当にあなたが運命なんですか?

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
1 / 21
本編

1.運命の男①

しおりを挟む

「この人が、お前の『運命』だよ」

 母がぼくに一枚の写真を渡す。そこには、驚くほど整った顔の男子が制服姿で写っていた。
 きりりと引き締まった眉に切れ長の瞳。通った鼻筋に形のいい唇。さらりとした髪は耳元で切り揃えられている。頬の線は少年から青年に移り変わろうとするところだ。真っ黒な瞳に見つめられたら、何も言えなくなってしまいそうな気がする。

 ──志堂しどう一星いっせい

「母さん、この人、とっても綺麗な目をしてる」
「そうだね、千晴ちはると同じぐらい綺麗だ」

 母の言葉にぼくが目を瞬くと、母は優しい微笑みを返してくれる。

「千晴なら、大丈夫だよ。彼と魅かれ合うし、必ずうまくいく」

 母の言葉にぼくは笑顔で頷いた。必ずってどんな根拠があるんだろうと漠然と思っていても、口に出しはしなかった。

 この世には男女以外に、アルファ、オメガ、ベータという三つの性別がある。
 アルファは人口の二パーセント程度でオメガはもっと少なく、大半の人はベータだ。アルファには優秀な者が多く、オメガは発情期があるために孕むのに特化した性だと言われてきた。だが、昔と違って、今はアルファもオメガも薬で互いの発情をきちんとコントロールすることが出来る。中学に入ってすぐに受ける検査でバース性が判明し、国に届けさえ出せば、薬はごく安価で手に入るのだ。アルファもオメガも、フェロモンに振り回される時代は終わろうとしていた。

 ぼくの生家である芙蓉ふよう家は、昔からアルファかオメガばかりが誕生する家だった。芙蓉は色々な家と婚姻関係を結んできたけれど、他家に比べてアルファ至上主義というわけでもない。優秀な者が後を継いでうまく一族を守ればいいと、どこかのんびりした気質を持っていた。そんな家に生まれたからだろうか。

 ──運命のつがいは出会った瞬間に魅かれ合い、ずっとお互いだけを想う。
 そんな言葉に、漠然と疑問を抱いていた。

「坊ちゃまのお父様とお母様は、運命の番だったのですよ。滅多に出会えないのに、なんてお幸せなんでしょう。こんな可愛らしいお子様たちにも恵まれて」

 うっとりした顔で言う使用人に、ぼくは言葉を飲み込んだ。これでもぼくは、そこそこ頭が回る末子なのだ。下手なことを言って、両親の耳に入ったらまずいこと位はわかる。番はアルファとオメガの間に成立する特別な繋がりで、さらに父母は万に一つと呼ばれるような貴重な絆をもつ。それでも。

(絶対の幸せなんて、この世にあるのかな? どんなに好きなものだって、時間が経ったら大抵、もういいやって思うのに)

 子どもの頃に毎日食べていたお菓子。
 たくさん集めたカード。
 あんなに何度も繰り返し読んだ本だって、いつの間にか、違うものに興味が移る。
 それなのに、その『運命の番』だけが特別だなんて。

(……その人だけを永遠に好きだなんて、本当にあるんだろうか?)

 胸の中のもやもやがうまく消えなかった。あの写真を見た時から、何とも言えない気持ちが胸に広がったままだ。

(そうだ、千鶴ちづる兄さんに聞こう)

 ぼくは三人兄弟で、一番上の兄がアルファ、二番目の兄とぼくはオメガだ。何かわからないことがあると、同じオメガの兄はいつも丁寧に答えてくれた。部屋の扉を叩くと、次兄はぼくを招き入れた。

「千鶴兄さん」
「どうしたの? 千晴」
「ねえ、父さんと母さんは仲がいいけど、運命の番だからなのかな? そうじゃなくても、人は魅かれ合ったり、好きになったりするよね?」
「んー、運命に出会うのは宝くじなみに珍しいことだから、みんな夢を見るんだよね。そんなに真剣に考えなくてもいいんじゃない? アルファとオメガは少ないから、お互いに番うといいなんて言うけど、まあ、気が合えば別にベータでもいいよねえ」
「うん」
「恋愛って性別でするものじゃないでしょ。好きになった人が、運命だったら一番いいんだろうけど」

 ふふふ、と兄が笑う。兄さんはすごく綺麗なオメガだけど、運命の番に憧れてるわけじゃない。何だかほっとする。

「どうしたの? 何かあった?」

 ぼくは、兄さんに母さんから渡された写真を見せた。

「……ああ。千晴の運命ってやつかあ」
「兄さん、知ってたの?」
「お前、あんまり小さくて覚えてないんだね」

 千鶴兄さんが長い睫毛を伏せて、ふう、とため息をついた。

「お前が、五歳の時の話だからな。……おいで、千尋ちひろ兄さんのところに行くよ」

 ぼくたちは一枚の写真を持って、アルファである上の兄の部屋に向かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...