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87.騎士にはかなわない

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 手の中の琥珀が、ほんのりと温かい。
 俺の手を包む大きな手は、その何倍も温かい。

 美しい琥珀のゆらめきに、胸の奥が痛くなる。
 きらきらと輝く琥珀に、たくさんの切ない想いがこみあげる。

「……ねえ、ジード。テオが前に言ってたんだ。異世界からやって来る者は皆、女神に愛されているって。俺もそう思う。だって、この世界で最初に出会ったのは、ジードだったんだから」 

 は、偶然生まれた空間の歪みかもしれない。でも、あの最初の日、魔獣退治の騎士に出会えたのは女神の加護があったんじゃないか。
 この世界で生きろ、と。そう言われたような気がする。

「あんなに聞き取れなかった言葉が、こっちに戻ってからは普通に聞こえる。これも女神の加護なのかな」
「……魔術師が、戻ったユウに祝福を与えていた。そのおかげかもしれない」

 ジードは身を屈めて、俺の手の甲にそっとキスをする。

「たしかに女神トリアーテは慈悲深い。魔獣を退治できる騎士なら幾らでもいる。それなのに、俺にユウを助ける機会を与えられた」

 こんなの、反則じゃないか。
 触れられた手が熱いし、胸の奥もきゅっと痛い。それとも、これも俺がジードを好きだから?

「本当は……、手に口づけるのってさ、女の人にするもんなんだろ?」
「エイランでは関係ない。大事な相手や自分が敬意を持つ相手にするんだ」
「……そっか」

 ここでは、気にしなくていいのか。

「あのさ、ジード。俺は向こうで、気にしてたことがいっぱいあった。好きな相手が男か女か、自分がどう見られてるか。そんなことばっかり」
「……ユウの世界では、相手の性別がそんなに重要なのか?」
「うん。恋愛や結婚は異性とするのが普通だって思われてる。俺は好きになった相手が男だったから、最初は悩んだんだ」
「ユウは、向こうに好きな相手がいたのか!?」

 驚いた顔をするから、何だか不思議な気持ちになる。ジードも、そんなこと気にするんだ。くすくす笑うと、じっと見つめてくる。

「いたよ。でも、気づいてもらえなかった。俺なんか、目にも入っていなかったと思う」
「……やはり、女神に感謝しなくては」

 俺が首を傾げると、ジードが真剣な顔で言う。

「ユウを、俺以外の者の目に、とめないでくださった」
「……」

 俺は思わず、膝に乗せていたクッションを、ジードの顔に押し付けた。
 ジードが、ぐううと唸っているけれど、埋まってろ! と思う。

 ずるいだろう、こんなの。
 ……何なんだよ、ほんとに。

 そんな言葉を聞いてしまったら。
 あんなに辛かった失恋が、間違いなく浮かばれてしまうじゃないか。

 ……都合よく、この恋の為だったかもと、思ってしまうじゃないか。

「ユウ?」

 ジードがクッションをはがして部屋の隅に放り投げる。ベッドに上がってきて、俺を膝の上に抱え上げた。
 悲しくて泣いてるんじゃないから心配しなくていい。そんなに心配そうに覗き込まなくていい。

 ……ジードに会えたことが、嬉しいだけだから。
 大きな体でぎゅっと抱きしめてくるから、涙が止まらなくなるんだ。

 ジードの首に両手を回して抱きつくと、黙って背中を撫でてくれる。頬に伝う涙を手で拭って、そっと触れるだけのキスをしてくれる。


 ――……俺は一生、この騎士にかなわない。このあたたかい腕を、もう二度と離せそうにない。

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