【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました

尾高志咲/しさ

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86.不変の愛

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 帰宅後、俺たちは二人きりで向かい合っていた。部屋には、ぴんと張りつめた空気が漂っている。

 ジードは扉の前に立ち、俺はベッドの上に座っている。ジードが一歩踏み出した途端、俺は枕を思いっきり投げつけた。ベッドには枕の他にクッションが幾つもあったので、それも投げた。ジードはひょいひょいと器用によけていたが、一つが顔に命中した。

「……ひどいと思うんだが」
「どっちが!」

 俺が睨みつけると、ジードは呻いた。眉を下げたまま、すがるような視線を向けてくる。

「たしか、結婚についてはこれから考えるって言ったはずだ! でも、王宮を出て暮らす時点で婚約になるんじゃ、もう決定事項じゃないか!」
「……」

 王宮を出る条件をちゃんと聞いていなかった俺は、確かに悪い。でも、ジードはわかってて、俺を王宮に連れて行ったんだ。混乱に付け込まれた気がして、無性に悔しい。
 ジードは足元のクッションを拾いながら、口を開いた。

「……異世界からの客人の後見は、王族と上位貴族の力関係で決まる」
「え?」
「貴族社会では、後見人になることが自分の地位の象徴になる。力のある貴族が後見を望んだら、他の者は手が出せない。俺じゃどうやってもユウの後見になれないことはわかっていた」

 そういえば、レトも以前、ジードは俺の後見になれないと言っていた。

「過去には、後見となった貴族が、自分の子と客人を結婚させようとしたこともある。エイランに新たな風を吹き込むと言われる客人の注目度は高い。ユウは特に人気があった」
「……なんで」
「女性と見まがうような外観と若さ。それに加えて、魔力を増やす食べ物を作れる。まるで新しく発見された美しい魔石のようなものだ。後見どころか縁談も多いとレトがこぼしていた」

 俺の手から、クッションが落ちた。

「そんなの……知らない」
「世話人は客人にとってより良い環境を用意する。不要な話を耳に入れないのも必要な仕事だ」

 俺が考えていたのは、菓子を作って自立することだった。レトはいつも、それを優先してくれた。

「魔林から第三騎士団がたくさんのバズアを持ち帰ったことも、宮廷では大きな話題になった。さらにユウがバズアを研究しているという話も。ユウが元の世界に帰った後は大騒ぎで、王太子殿下が何とか収めてくださった」
「テオ……」

 元の世界に帰る日に、テオは後のことは心配するなと言った。とても優しい人なのに、テオはその能力の為にずっと冷遇されてきた。
 エイランでは、魔力が何よりも重要視される。魔力を生み出すものを作るとなると、俺にも価値がつくんだろう。異世界人を大事にするこの国では、その異世界人で利害関係が生まれる。

「……騙すような真似をしてすまない。ユウが戻ったとなれば、宮廷では再び後見争いが起きる。少しでも早く王宮から離れられればと思ったんだ」 
「あのさ、ジード。今の俺には本当に何もないんだよ」

 保護してくれる場所も、金も仕事も家族も。魔力一つない。
 ――もっとよく考えなくていいの? ジードは何でも持っているのに。

 俺の呟きに、ジードはきっぱり言った。

「もう十分考えた。ユウが何も持っていないと言うなら俺が用意する」

 ああ、これはたぶん、本気なんだろうな。

「そんなこと言うと、何でもねだるかも」
「構わない」

「じゃあ、ロワグロ」
「すぐに手配する」
「バズアも」
「何体いる?」
「黄緑色のウーロに乗りたい」
「……野生の魔獣なら魔林だが」

 ジードは眉を顰めて考え込んでいる。本当に、魔林に行って捕まえてきそうだ。
 むっとした顔を続けようと思ったのに、段々おかしくなってきて、つい笑ってしまった。ジードがほっとしたように口元をほころばせる。俺の顔色を窺いながら、ベッドの側に立った。

「今言ったのは、全部無し。本当は一つだけ、お願いがあるんだ」
「なんだ?」
「……琥珀」
「琥珀?」
「うん。元の色に戻せないかな。俺が言えるようなことじゃないけど」

 首から下げた革袋を外して、中からピアスを出す。沈んだ黄褐色の琥珀に輝きはない。ジードの絶望を宿した琥珀を見るたびに胸が痛む。

「ジードからもらった時、すごく嬉しかった。でも、俺のせいでこんな色になったんだ。本当にごめん」 
「……ユウ、その琥珀を手の平に乗せて」

 俺はジードに言われた通り、左手にピアスを乗せた。ジードの指先が金色の光を帯びて、琥珀に触れる。魔力がゆっくりと伝わる。少しずつ少しずつ、濁って沈んでいた色が澄んだ輝きに変わっていく。

「琥珀が……」

 どんどん透明度が上がって、とろりと濃い蜂蜜のような色になった。凍りついた悲しみや切なさが溶け、ほんのりと温かくなる。黄金色と明るい茶色が混ざり合ってできる美しさに息を呑んだ。手の中の琥珀が二つとも穏やかな輝きを取り戻し、とうとう、あの日受け取った姿が甦った。

 ふう、とジードが大きく息をつく。琥珀のピアスを片方取って、俺の耳に当てる。

「やっぱり、ユウによく似合う」
「……俺は、ジードを傷つけたのに」
「ユウの辛さをわからなかったのは俺だ。そして」

 ――琥珀はいつも、不変の愛を誓うものだ。

 ジードは俺の手にピアスを戻した。そして、大きな手でピアスごと優しく包みこんでくれた。
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