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83.一年の重み
しおりを挟む目を開けたらベッドの上だった。
柔らかな白の天井と壁が目に入り、花々の甘い香りが漂う。
……あれ、俺は王宮でジードと一緒にいたはずじゃなかったのか?
「ジードっ!」
がばっと起き上がったら、部屋の中に自分一人だった。
大きな窓に下がった厚いカーテンの隙間から、陽の光が漏れていた。広々としたベッドからするりと降りる。着ていたのは頭からすぽっと被るタイプの薄手の服で、膝までしかない。長袖でも少し肌寒かった。
季節が違う、と思った瞬間に自分がエイランに戻って来たんだと思う。カーテンを開けると、眩しい陽射しと緑に溢れた庭が眼下に広がる。空はどこまでも澄んで青かった。
「ここは、王宮じゃない」
いつも眺めていた芝生の庭じゃない。ずっと暮らしていた部屋は一階だったが、ここは二階だ。
部屋の中を見回すと、あちこちに花瓶が置かれていて、無造作に花束が入っている。何というか、花はそれぞれ美しいのに、いかにも間に合わせで詰め込まれている感じがする。
「それにしても、すごい量……」
買ったら高そうだなあ、と思いながら窓際にあった花瓶の中の花を見た。一際見事な大輪の白薔薇に顔を近づけると、静かに部屋の扉が開く。
「……ユウ」
「ジード!」
騎士服姿で部屋に入って来たジードが、目を見開いてこちらを見る。
――ジードだ、ジードがいる!
俺は嬉しくなって、真っ直ぐにジードの元に走っていった。背伸びして首に抱きつくと、ジードの体が小刻みに震えている。
「ジード?」
「……ちょっと。……待って、くれ」
「まつ?」
「刺激が強い」
「刺激?」
俺はジードの首から手を離した。
何の刺激だろう。服に花粉でもついていたんだろうか?
ジードは手で目を覆ったかと思うと、口から大きな息を一つ吐いた。明るいところで見るジードは、以前よりも少し痩せた感じがするけれど、精悍さは変わらない。手を下ろしてこちらを見ると、困ったように眉を寄せている。
本当にジードだ、と思ったら胸の中に嬉しい気持ちが一気に押し寄せてくる。
「……やはり、もっと露出の少ないものにしよう」
「露出?」
「その服だ」
「ああ、ちょっと寒いね。向こうは残暑が厳しかったけど、こっちは肌寒い」
ぶるっと自分の体を両手で抱きしめた。ジードは、眉を寄せたまま、いきなり俺の腰を両手で掴んだ。
「わっ!」
「……細い」
「あ、暑さで食欲がなくて」
何でも見通してしまいそうな瞳に見つめられてドキドキしていると、触れるだけの優しいキスをされた。
すごく久しぶりで頬が熱くなる。同じように顔を赤くしたジードは、俺を見た後に、もう一度大きなため息をついた。
「久々すぎて、自分を抑えられる自信がない」
「久しぶり……だよね」
「何しろ、一年ぶりだからな」
「……いち、ねん? えっ、一年!?」
呆然としている俺の手を取って、ジードは俺が寝ていたベッドに腰かけた。俺も隣に並んで座る。
「そうだ、ユウが帰ってしまってから、ちょうど一年になる」
俺が元の世界に帰ったのは7月末、ジードが会いに来たのは9月の終わりだ。そうだ、向こうの一月はこちらの半年だった。俺がジードに会えないと思っていた時間の何倍もの時が、こちらでは流れていた。
俺はジードに何も話さず向こうに帰った。その間、ジードはこちらで、どんな気持ちでいたんだ。胸が締め付けられて、息が上手く出来ない。
「ジード、ごめん。ごめ……」
「ユウ」
ジードはぎゅっと俺の手を握った。
「……俺はユウを恨んだ」
ジードは、床を見ながら、静かに話し始めた。
ユウが自分の世界に帰ったとレトが言った。最初、何を言われたのかわからなかった。渡された手紙を握りしめたまま、ユウの部屋に入る。使っていたものは全部そのままなのに、本人だけがいない。
――どうして何も言わないで行くんだ。
なんで相談してくれないんだ。俺のことを好きだと言ったのに。そんなに俺は頼りない人間だと思われていたのか。
ユウの役に立ちたい。ユウが喜ぶなら何でもしてやりたい。
ユウが望むなら、バズアだっていくらでも倒してくるし、どんなものでも欲しいと言えば手に入れてやる。
この世界にたった一人、俺だけを置いていくのか。
レトが渡してくれた手紙を読んだ。少しも心は晴れず、酒に溺れて周囲に当たった。魔獣討伐で上手く共同動作が出来なくなって、小隊全体が危険にさらされたこともある。ゾーエン部隊長から呼び出しを受けて部屋に行った。
「……いきなり殴られたんだ」
「ロドスに?」
「いや、一緒にいた第一騎士団のザウアー部隊長に。ゾーエン部隊長は、驚いて止めてくれた」
エリクが? ジードを殴る?
信じられない話に、俺は言葉もなかった。
「俺が荒れていた理由を、騎士団で知らない者はいない。自分のことしか考えられない大馬鹿野郎! と怒鳴られた。いなくなった自分のせいで親が倒れたと知ったら必死で駆けつけるだろう。ユウ様はお前のことが好きだから、逆に何も言えなかったんだと言われて、雷魔法で焼かれるところだった」
涙がこぼれた。勝手に、幾つもいくつも頬を流れていく。
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