【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました

尾高志咲/しさ

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73.プリン再び

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 俺は待っていた。今か、今かと待っていた。この世界に来てから初めて、高級食材を買ったのだ。
 コンコン、と部屋の扉が叩かれ、ドキドキしながら出てみると、王宮出入り商人の笑顔があった。

「この度は、ご注文いただきましてありがとうございます。品が揃いましたので、お持ち致しました」
「き、来たッ! ど、どうぞ」
「失礼致します。ちょうど産卵期に入ったものがおりまして、非常に状態の良いものが手に入りました。こちらで、お間違いはないでしょうか」
「は、はい。ちょっと確認させてください」

 商人を部屋の中に入れ、箱を開けてもらって中身を確かめる。形と数を確認して、ほっと息をついた。

「これなら大丈夫だと思います。ありがとうございました!」
「客人殿のご注文を承ることが出来まして、大変栄誉なことと感激しております。どうぞまたお申し付けください」

 俺と商人は互いに深々と頭を下げた。扉を閉めて、ゆっくりと中身を見た。
 目の前には、木箱に布が敷かれ、そこに柔らかな綿がたっぷり詰め込まれている。そして、中には手の平に乗るぐらいの小さな大きさの……、俺には見慣れた大きさの品が並んでいる。

「……たまご」

 思わず涙ぐんでしまった。
 そう、卵だ。俺の国では10個で一パックに入っているあれ。それが今、俺の目の前の木箱には30個ほど並んでいる。こちらの世界では、鶏卵サイズの卵は大変な高級品だ。気軽に手に入るようなものじゃない。でも、今の俺には小金がある。
 俺は陛下からもらった報奨金を大事に貯めていた。王宮を出てからは、先立つものが重要だと思っていたからだ。でも、今回ばかりはそれに手を付けた。じいちゃんも言っていた。「金には生きた金と死に金がある。使い時を間違えるな」と。

 魔林から無事に帰って来て、俺にはジードにもらった砂糖バズアがある。今こそ、金の使い時だ。

「……本当に、卵だ」

 野生の鳥の中で小型の卵を産むものはいるが、飼育はされていない。うまく卵を獲ることは大変らしい。
 殻の色が白なだけで、目の奥が熱くなった。何しろ、青紫だったり目が痛くなるほどギラギラしたりしないのだ。卵の中身が白と黄色だったら文句はないが、それはただの郷愁だから贅沢は言わない。ただ、赤や黒は怖い気がするから商人にあらかじめ確認したら、淡い緑だと言われた。

 今日は休みだから、部屋についている小さな台所で作る。王宮の厨房や研究所のほうが設備はいいけれど、今日のは違う。自分一人でひっそりと作りたかった。魔石オーブンは、ゼノが俺用に改良してくれたものを研究所から持ってきた。
 ジードからもらったバズア。届いた卵。そして、サグの濃厚な乳。これがあれば、今度こそプリンが出来る。サグの乳は水で少しずつ薄めていけば、牛乳の代わりになるはずだ。他には、穀物の粉も手に入れた。

「よし!」

 俺は早速、菓子作りに取りかかった。

 卵の殻をコンコンとテーブルに打ち付けて、ひびを入れる。
 ……ちょっと硬いな。まさか、これも割った場所で味が変わったりするんだろうか?
 もう少し、と打ち付けたら、ひびが入った。器に向かって、ぱかんと卵を割る。とろんと広がるのは、ちゃんと思った通りの卵白と卵黄だ。黄身じゃなくて、本当にミントグリーンみたいな色だったけど。

 生クリームみたいに濃厚なサグの乳は、少しずつ薄めて何度も味を見た。牛乳に近いところまで薄めて使う。卵と砂糖バズアとサグ乳をよく混ぜた。
 今回はバズアでカラメルも作る。バズアは断面から崩れていくので、解体して運ぶ時は魔力で凝固させた。研究所では、それをいつでも使えるようにサラサラの状態にしている。
 小鍋にバズアと水を入れながらほう、とため息が出た。バズアは精製された砂糖のように水に溶けていく。

「魔林ではあんなに怖い生き物なのになあ……」

 火を入れて煮詰め、出来たばかりのカラメルを味見した時は思わず、自分の頬をつねった。本当に……本当に、ちゃんと甘い。ほろ苦い、あの味だ。
 カラメルを型に入れ、その後に卵液をそそぐ。後は魔石オーブンで焼くだけだ。魔力のない俺でも使えるように、ゼノが色々改良してくれた。
 オーブンの上面に温度と時間を指で書くと、字が光って中に吸い込まれていく。淡く発光すれば、オーブンが動き始める。

 無事に出来るだろうか。いや、出来なくても、何度でも作り直せばいいんだ。
 ……でもやっぱり、うまくいきますように。

 プリンが出来上がるまでの間、俺は女神に成功を祈っていた。

 発光が止まって、リーンと綺麗な音色が響く。恐る恐るオーブンから出すと、目の前には艶やかな薄緑色のプリンが並んでいる。色は薄い抹茶プリンみたいだ。これなら、プリンと言っても違和感はない。

「できた!」

 でも、まだ安心はできない。食べてみなければわからないのだ。謎の茶碗蒸しみたいなものにならないとも限らない。
 粗熱が取れたら、スプーンで、そっとすくう。スプーンの上で、ふるふると震えているのを見ると、めちゃくちゃ緊張する。
 ぱくり、と口に入れると舌の上で甘く溶けていく。もう一口。

 ――プリン、だ。

 味覚ってすごい。いくらこっちに慣れたつもりでも、あっという間に記憶は今までの思い出を連れてくる。
 子どもの頃、母が焼いてくれたプリン。姉たちが作った、ミックス粉を溶いて固めるプリン。学校帰りに買った、コンビニのたくさんのプリンたち。
 ここに来て作ったプリンは水色で、食べられるような代物じゃなかった。それをレトとジードが食べてくれたんだ。

「……ッ」

 涙がボロボロ落ちてくる。
 味見したプリンは、甘くてほろ苦くて、懐かしい味がした。
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