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68.切なさと痛み
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「すまなかったな、ユウ」
騎士に抱き起こされた俺の元に、テオがしゃがみこむ。テオの眉は下がり、ひどく疲れた顔をしていた。
「テ……オ。テオは?」
「私は、大丈夫だ」
大丈夫なはずがない。信頼していた近衛の裏切りも、彼の魔力を奪ったことも。きっと、テオは大丈夫じゃない。それでも、テオは大丈夫だって言うんだ。
誰かが俺たちの側に来たと思ったらレトだった。レトは真っ青になって、俺の手とテオを交互に見た。俺の手は銀色の光に包まれている。どうにか骨がつき、火傷が収まっているようだ。痛みがどんどん緩和されているから急激に治っているんだろう。光が徐々に収まると、僅かに赤みを帯びた状態まで回復していた。
「で、殿下、すぐに医療魔術師をお呼びください」
「……ユウの手はもう少しで治る」
「ユウ様だけじゃありません。殿下もお休みにならなければ……」
レトは、今にも泣きだしそうだ。俺は左手でテオの服を引っ張った。
「テ……オ、休まなきゃ、だめだ。平気なはずがないのに、平気って言っちゃ、だめだ」
「ユウ」
「助けて、くれて。あり、がと」
「この度のことは、私の落ち度だ。ソノワの行動に目が行き届かなかった」
「そんなこと、ない。神様じゃ、ないんだから」
ソノワが私怨で動いたことはテオのせいじゃない。俺たちは人間だから、わからないことばっかりだ。テオが眉を寄せて少しだけ笑みを浮かべた。テオはたくさんの痛みを知っている。俺は、テオにもっと心から笑ってほしいと思う。
それぞれのテントに引き上げると、俺のすぐ側に座ったレトの体が震えた。レトの瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれる。
「……レト」
「ま、魔獣に襲われるならまだしも、騎士が客人を襲うなんて! 私は、な、情けなくて」
「……うん」
「しかもわざと手を狙うなんてひどすぎます! ユ、ユウ様は魔力がないんですよ。抵抗できないのに!」
うん、そうなんだけど。
ショックも痛みも混ざって、なんて言ったらいいのかわからないんだけど。
「レトの言う通りなんだ。それでも、これから先、ソノワはどうなるんだろうって思う」
「ユウ様」
最初から魔力がない者と、あったものを失くす者は全然違うんじゃないだろうか。襲われた俺がこんなことを言うのはおかしいんだろうか。
「ごめん、レト。俺、少し寝る」
どっと疲れが押し寄せて、もう考えることは無理だった。それでも、何だかひどくごちゃごちゃで、寂しい気持ちが押し寄せてきた。
そのまま俺は、ぐっすりと眠り込んでしまった。何時間経ったのだろう。ふっと隣に温かい気配を感じると、誰かがいる。レトかな、と思ったけれどもっと大きい。仄かに明るい魔石の光の中で、俺の手を優しく握ってくれている。ああ、ジードだ。
「……ジード」
「ユウ」
「おかえり」
「ただいま……ユウ」
ジードが隣にいてくれるのが嬉しくて笑うと、ジードの手から様々な気持ちが伝わってくる。
大きな怒りと悲しみ、そして、後悔。
「ユウ、話は聞いた。俺がゼフィールともっとよく話せばよかった。いや、ユウを置いて魔林に行かなければよかったんだ」
「ジード、ソノワは俺が一人になるのを狙っていた。今日じゃなければ別の日に、と思ったはずだ」
俺はジードに今までのことを話した。夜会で会った時からホーレンエフ城であったこと、そして、今日のことを。ジードはずっと静かに話を聞いていた。そして、俺の右手をそっと握りしめながら大きく息を吐いた。
「ユウ、俺は……本当に、何もわかっていなかった。ゼフィールがそこまで考えていたなんて」
「ジード、俺はソノワを庇う気なんかないけど。でも、もういいんだ」
「……ユウ?」
「人にはそれぞれに大切なものがあって、みんなそれを守りたいんだ」
どんなに自分勝手でも、きっと人はそういうものなんだ。
自分の大切なものの為に、ソノワのように暴走してしまうこともある。決して許されることじゃない。それでも、ひどく切ない気持ちがよぎる。
ジードが俺の上に覆いかぶさってくる。自分を抱きしめる体は温かく、優しい。
「ユウが好きだ」
「……うん」
俺も、好きだよ。
小さな声で囁くと、ジードの体が震えた。
互いの温もりが、今はただ切なさも痛みも、全て包み込んでいくような気がした。
騎士に抱き起こされた俺の元に、テオがしゃがみこむ。テオの眉は下がり、ひどく疲れた顔をしていた。
「テ……オ。テオは?」
「私は、大丈夫だ」
大丈夫なはずがない。信頼していた近衛の裏切りも、彼の魔力を奪ったことも。きっと、テオは大丈夫じゃない。それでも、テオは大丈夫だって言うんだ。
誰かが俺たちの側に来たと思ったらレトだった。レトは真っ青になって、俺の手とテオを交互に見た。俺の手は銀色の光に包まれている。どうにか骨がつき、火傷が収まっているようだ。痛みがどんどん緩和されているから急激に治っているんだろう。光が徐々に収まると、僅かに赤みを帯びた状態まで回復していた。
「で、殿下、すぐに医療魔術師をお呼びください」
「……ユウの手はもう少しで治る」
「ユウ様だけじゃありません。殿下もお休みにならなければ……」
レトは、今にも泣きだしそうだ。俺は左手でテオの服を引っ張った。
「テ……オ、休まなきゃ、だめだ。平気なはずがないのに、平気って言っちゃ、だめだ」
「ユウ」
「助けて、くれて。あり、がと」
「この度のことは、私の落ち度だ。ソノワの行動に目が行き届かなかった」
「そんなこと、ない。神様じゃ、ないんだから」
ソノワが私怨で動いたことはテオのせいじゃない。俺たちは人間だから、わからないことばっかりだ。テオが眉を寄せて少しだけ笑みを浮かべた。テオはたくさんの痛みを知っている。俺は、テオにもっと心から笑ってほしいと思う。
それぞれのテントに引き上げると、俺のすぐ側に座ったレトの体が震えた。レトの瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれる。
「……レト」
「ま、魔獣に襲われるならまだしも、騎士が客人を襲うなんて! 私は、な、情けなくて」
「……うん」
「しかもわざと手を狙うなんてひどすぎます! ユ、ユウ様は魔力がないんですよ。抵抗できないのに!」
うん、そうなんだけど。
ショックも痛みも混ざって、なんて言ったらいいのかわからないんだけど。
「レトの言う通りなんだ。それでも、これから先、ソノワはどうなるんだろうって思う」
「ユウ様」
最初から魔力がない者と、あったものを失くす者は全然違うんじゃないだろうか。襲われた俺がこんなことを言うのはおかしいんだろうか。
「ごめん、レト。俺、少し寝る」
どっと疲れが押し寄せて、もう考えることは無理だった。それでも、何だかひどくごちゃごちゃで、寂しい気持ちが押し寄せてきた。
そのまま俺は、ぐっすりと眠り込んでしまった。何時間経ったのだろう。ふっと隣に温かい気配を感じると、誰かがいる。レトかな、と思ったけれどもっと大きい。仄かに明るい魔石の光の中で、俺の手を優しく握ってくれている。ああ、ジードだ。
「……ジード」
「ユウ」
「おかえり」
「ただいま……ユウ」
ジードが隣にいてくれるのが嬉しくて笑うと、ジードの手から様々な気持ちが伝わってくる。
大きな怒りと悲しみ、そして、後悔。
「ユウ、話は聞いた。俺がゼフィールともっとよく話せばよかった。いや、ユウを置いて魔林に行かなければよかったんだ」
「ジード、ソノワは俺が一人になるのを狙っていた。今日じゃなければ別の日に、と思ったはずだ」
俺はジードに今までのことを話した。夜会で会った時からホーレンエフ城であったこと、そして、今日のことを。ジードはずっと静かに話を聞いていた。そして、俺の右手をそっと握りしめながら大きく息を吐いた。
「ユウ、俺は……本当に、何もわかっていなかった。ゼフィールがそこまで考えていたなんて」
「ジード、俺はソノワを庇う気なんかないけど。でも、もういいんだ」
「……ユウ?」
「人にはそれぞれに大切なものがあって、みんなそれを守りたいんだ」
どんなに自分勝手でも、きっと人はそういうものなんだ。
自分の大切なものの為に、ソノワのように暴走してしまうこともある。決して許されることじゃない。それでも、ひどく切ない気持ちがよぎる。
ジードが俺の上に覆いかぶさってくる。自分を抱きしめる体は温かく、優しい。
「ユウが好きだ」
「……うん」
俺も、好きだよ。
小さな声で囁くと、ジードの体が震えた。
互いの温もりが、今はただ切なさも痛みも、全て包み込んでいくような気がした。
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