66 / 90
65.氷竜の番(つがい)
しおりを挟む第三騎士団の駐留地で過ごして二週間が経った。
俺は朝起きてすぐに、連なるテントの端に向かう。そこには、薄氷色の氷竜がいる。氷竜はジードと行動を共にしていて、背に乗せるのはジードだけ。夜明けすぎに、ジードが氷竜に話しかけているのを見るのが、俺の最近の楽しみだ。
ジードと竜は互いに魔力を介した思念で会話をしているらしいが、傍目には見つめあっているようにしか見えない。彼らの姿は朝の空気の中で、まるで一枚の絵のようだった。
「おはよう、ユウ」
ジードは見惚れている俺に気づくと、いつも優しく微笑んでくれる。そして、俺を抱きしめてキスをする。その温もりを感じると、じんわりと体に力が溢れて、今日一日頑張ろうと思う。困るのは、思わず口元が緩んでしまうことだ。もっと、しっかりしなきゃと思うのに。
「どうした?」
「いや、ジードを見ると顔が緩んで困るな、って」
ぺちぺちと自分の顔を叩いていたら、ジードが小さく笑う。
「ん? んん――っ!」
いきなり強く抱きしめられて、唇の合間から舌が入ってくる。ちょっと待って! と言おうにも体に力が入らない。散々唇を貪られて、頬も体も熱い。ふうと息をつくと、さらに強く抱きしめられる。ジードの体温を感じて、もっと体が熱くなる。
……熱くなるはず、なのに。……あれ?
ぶるりと体が震えた。顔を上げると、ジードも怪訝な顔をして眉を顰めている。
「……さ、寒い?」
「何だ、これは」
周りの温度が一気に下がった気がした。思わず空を見ると、晴れ渡った空に、黒雲のようなものが見える。一瞬、蜂型魔獣のミウドールかと思ってぎょっとしたが、大きさも形も違う。もっと大きな魔獣の群れだ。
すぐ隣にいた氷竜が咆哮を上げた。その声に呼応するかのように、群れの動きが早くなり、寒さが急激に増す。
「まさか、あれは……」
――……竜?
近づいて来る個体は竜だった。一際大きな竜がまっしぐらに降りてくる。砂埃と一緒に吹雪が辺りに巻き起こった。俺はジードにしがみつき、ジードがしっかりと俺を腕の中に抱え込む。
大地が大きく揺れて、暗青色の竜が薄氷色の竜の元に舞い降りた。二頭の竜はすぐに鼻先を擦り合わせる。薄氷色の竜が聞いたこともないような甘い鳴き声を上げると、暗青色の竜は翼を何度か広げた。まるで薄氷色の竜を包み込もうとするかのような仕草だ。
次々に他の竜も飛来して大騒ぎになった。騎士たちがテントから飛び出してくる。なにしろ寒いのだ。魔林のある南部一帯は真夏の気候なのに、突然、真冬がやってきた。流石の騎士たちも震えるしかない。
炎と熱の魔力を持つ騎士たちが、キャンプファイヤーのように大地に大きな炎を作り上げる。炎を囲むように周りで皆が体を温めていた。あまり体調のよくないテオもテントを出て加わっている。
俺はジードに温熱魔法をかけてもらいながら、竜たちを見ていた。
「彼らは氷竜の中でもレシオンという種族だ。王を中心に常に群れで行動するが、今回は王の番を探しに来たそうだ」
「番?」
「そうだ。突然の揺れの後に、群れの中から王の番が姿を消した。伴侶を見失った王が半狂乱になったらしい」
ジードの説明を聞いて、皆で思わず二頭の竜を見た。
王のいなくなった伴侶が、あの薄氷色の竜だったらしい。竜は時折、咆哮をあげていたが、あれは伴侶を呼ぶ声だったそうだ。犬の遠吠えみたいなものかと思っていた。
薄氷色の竜の隣に、ずっと大きい暗青色の竜がいる。あれが王なのだろう。鼻先を触れ合わせて、二頭の竜は何度も互いを舐め合っている。見るからにラブラブだった。特に王の方は、べろべろと番を舐めまくっている。
「それで、王様は北から群れを率いて飛んできたの?」
「王が飛べば、群れは自ずと後をついていく。レシオンは王のいるところが自分たちの居場所だからな。王は番と離れられないから、どんなに離れていても探し出すんだ。今回は番の出す僅かな魔力を辿って、一月近くかけてやってきたそうだ」
「そんなに……」
生涯連れ添う生き物がいるって聞くけど、竜もそうなんだ。
俺は何度も体を擦り合わせて、互いの存在をを確かめ合う二頭に感動して目が離せなかった。
「すごいね、ジード!」
「本当だな。それに、こんなに多くの氷竜を見たのは初めてだ」
うんうん、と頷きながら、何かが頭の中に引っかかる。
――たくさんの、氷竜。たくさんの……。
はっとしてジードを見れば、ジードも目を見開いてこちらを見ていた。
「ジード! 氷竜たちとは意思が通じるんだよね?」
「ああ! 大丈夫だ」
「皆で北から必死で飛んできたんだから、絶対お腹がすいてるよね! 彼らほどの数がいれば」
「そうだ。しばらく魔林にいてもらったらそれだけで!」
俺たちは、テオと騎士団長たちの方を見た。騎士団長が目を輝かせて立ち上がる。
「バズアが大量に減るはずだ!!」
ジードが必死に薄氷色の竜にバズアのことを伝えると、薄氷色の竜は番である王を優しく舐めた。人間など目にも入っていなかった王竜が、金色の瞳をきらめかせる。王の地を揺るがす咆哮の元に、群れの氷竜たちは一斉に魔林へと飛び立った。残っているのは王と番の竜だけだ。
呆然と見送っていると、ジードが薄氷色の竜の背に乗った。王である竜の目がぎろりと光ってものすごく怖い。宥めるように薄氷色の竜が王に鼻先をすりよせると、金色の瞳が細められて怒気が収まった。
……ああ、あの王様、番にベタぼれなんだなあ。
感心して眺めていると、ジードの声が響いた。
「ユウ! 待っていてくれ。すぐに戻る」
「へッ? ジード?」
薄氷色の竜が羽ばたくと同時に、暗青色の竜も飛び立った。凄まじい冷気が吹きつけた後に、彼らは魔林へと連れ立って飛んでいく。
「な、何でジードも一緒に行ったの?」
「魔林の様子を確かめに行ったのではないかと。我々も偵察に参ります」
そう言いながら、エリクや騎士団長はすぐに偵察部隊を先導する。多くの騎士たちが、氷竜たちの後を追って魔林へと向かった。
56
あなたにおすすめの小説
勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
オレの番になって──異世界に行って愛猫の番にされる話
まめ
BL
不慮の事故により、異世界に転移することになった神木周。
心残りは、唯一の家族だった愛猫・ネロのことだけだった。
──目覚めた草原で再会したのは、見覚えのある大きな黒い獣。ネロが追いかけてきてくれたのだ。
わからないことばかりの異世界だけど、ネロがいるからきっと大丈夫。
少しずつ心をほどき、神に招かれた世界で穏やかな毎日を楽しむ周たち。
しかし、そんな彼らに不穏な気配が忍び寄る――
一人と一匹がいちゃいちゃしながら紡ぐ、ほのぼの異世界BLファンタジー。
こんにちは異世界編 1-9 話
不穏の足音編 10-18話
首都編 19-28話
番──つがい編 29話以降
全32話
執着溺愛猫獣人×気弱男子
他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる