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65.氷竜の番(つがい)

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 第三騎士団の駐留地で過ごして二週間が経った。

 俺は朝起きてすぐに、連なるテントの端に向かう。そこには、薄氷色の氷竜がいる。氷竜はジードと行動を共にしていて、背に乗せるのはジードだけ。夜明けすぎに、ジードが氷竜に話しかけているのを見るのが、俺の最近の楽しみだ。
 ジードと竜は互いに魔力を介した思念で会話をしているらしいが、傍目には見つめあっているようにしか見えない。彼らの姿は朝の空気の中で、まるで一枚の絵のようだった。

「おはよう、ユウ」

 ジードは見惚れている俺に気づくと、いつも優しく微笑んでくれる。そして、俺を抱きしめてキスをする。その温もりを感じると、じんわりと体に力が溢れて、今日一日頑張ろうと思う。困るのは、思わず口元が緩んでしまうことだ。もっと、しっかりしなきゃと思うのに。

「どうした?」
「いや、ジードを見ると顔が緩んで困るな、って」
 
 ぺちぺちと自分の顔を叩いていたら、ジードが小さく笑う。

「ん? んん――っ!」

 いきなり強く抱きしめられて、唇の合間から舌が入ってくる。ちょっと待って! と言おうにも体に力が入らない。散々唇を貪られて、頬も体も熱い。ふうと息をつくと、さらに強く抱きしめられる。ジードの体温を感じて、もっと体が熱くなる。

 ……熱くなるはず、なのに。……あれ?

 ぶるりと体が震えた。顔を上げると、ジードも怪訝な顔をして眉をひそめている。

「……さ、寒い?」
「何だ、これは」
 
 周りの温度が一気に下がった気がした。思わず空を見ると、晴れ渡った空に、黒雲のようなものが見える。一瞬、蜂型魔獣のミウドールかと思ってぎょっとしたが、大きさも形も違う。もっと大きな魔獣の群れだ。
 すぐ隣にいた氷竜が咆哮を上げた。その声に呼応するかのように、群れの動きが早くなり、寒さが急激に増す。

「まさか、あれは……」

 ――……竜?

 近づいて来る個体は竜だった。一際大きな竜がまっしぐらに降りてくる。砂埃と一緒に吹雪が辺りに巻き起こった。俺はジードにしがみつき、ジードがしっかりと俺を腕の中に抱え込む。
 大地が大きく揺れて、暗青色の竜が薄氷色の竜の元に舞い降りた。二頭の竜はすぐに鼻先を擦り合わせる。薄氷色の竜が聞いたこともないような甘い鳴き声を上げると、暗青色の竜は翼を何度か広げた。まるで薄氷色の竜を包み込もうとするかのような仕草だ。

 次々に他の竜も飛来して大騒ぎになった。騎士たちがテントから飛び出してくる。なにしろ寒いのだ。魔林のある南部一帯は真夏の気候なのに、突然、真冬がやってきた。流石の騎士たちも震えるしかない。

 炎と熱の魔力を持つ騎士たちが、キャンプファイヤーのように大地に大きな炎を作り上げる。炎を囲むように周りで皆が体を温めていた。あまり体調のよくないテオもテントを出て加わっている。
 俺はジードに温熱魔法をかけてもらいながら、竜たちを見ていた。

「彼らは氷竜の中でもレシオンという種族だ。王を中心に常に群れで行動するが、今回は王のつがいを探しに来たそうだ」
「番?」
「そうだ。突然の揺れの後に、群れの中から王の番が姿を消した。伴侶を見失った王が半狂乱になったらしい」

 ジードの説明を聞いて、皆で思わず二頭の竜を見た。
 
 王のいなくなった伴侶が、あの薄氷色の竜だったらしい。竜は時折、咆哮をあげていたが、あれは伴侶を呼ぶ声だったそうだ。犬の遠吠えみたいなものかと思っていた。
 薄氷色の竜の隣に、ずっと大きい暗青色の竜がいる。あれが王なのだろう。鼻先を触れ合わせて、二頭の竜は何度も互いを舐め合っている。見るからにラブラブだった。特に王の方は、べろべろと番を舐めまくっている。

「それで、王様は北から群れを率いて飛んできたの?」
「王が飛べば、群れは自ずと後をついていく。レシオンは王のいるところが自分たちの居場所だからな。王は番と離れられないから、どんなに離れていても探し出すんだ。今回は番の出す僅かな魔力を辿って、一月近くかけてやってきたそうだ」
「そんなに……」

 生涯連れ添う生き物がいるって聞くけど、竜もそうなんだ。
 俺は何度も体を擦り合わせて、互いの存在をを確かめ合う二頭に感動して目が離せなかった。

「すごいね、ジード!」
「本当だな。それに、こんなに多くの氷竜を見たのは初めてだ」

 うんうん、と頷きながら、何かが頭の中に引っかかる。

 ――たくさんの、氷竜。たくさんの……。

 はっとしてジードを見れば、ジードも目を見開いてこちらを見ていた。

「ジード! 氷竜たちとは意思が通じるんだよね?」
「ああ! 大丈夫だ」
「皆で北から必死で飛んできたんだから、絶対お腹がすいてるよね! 彼らほどの数がいれば」
「そうだ。しばらく魔林にいてもらったらそれだけで!」

 俺たちは、テオと騎士団長たちの方を見た。騎士団長が目を輝かせて立ち上がる。

「バズアが大量に減るはずだ!!」

 ジードが必死に薄氷色の竜にバズアのことを伝えると、薄氷色の竜は番である王を優しく舐めた。人間など目にも入っていなかった王竜が、金色の瞳をきらめかせる。王の地を揺るがす咆哮の元に、群れの氷竜たちは一斉に魔林へと飛び立った。残っているのは王と番の竜だけだ。

 呆然と見送っていると、ジードが薄氷色の竜の背に乗った。王である竜の目がぎろりと光ってものすごく怖い。宥めるように薄氷色の竜が王に鼻先をすりよせると、金色の瞳が細められて怒気が収まった。

 ……ああ、あの王様、番にベタぼれなんだなあ。

 感心して眺めていると、ジードの声が響いた。

「ユウ! 待っていてくれ。すぐに戻る」
「へッ? ジード?」

 薄氷色の竜が羽ばたくと同時に、暗青色の竜も飛び立った。凄まじい冷気が吹きつけた後に、彼らは魔林へと連れ立って飛んでいく。

「な、何でジードも一緒に行ったの?」
「魔林の様子を確かめに行ったのではないかと。我々も偵察に参ります」

 そう言いながら、エリクや騎士団長はすぐに偵察部隊を先導する。多くの騎士たちが、氷竜たちの後を追って魔林へと向かった。
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