55 / 90
54.ウーロの跳躍
しおりを挟むウーロの動きは速い。飛ぶ前に体がさらに平たくなり、空中で体をぐぐっとくねらせる。その方が滑空には有利なのだとゾーエンが言う。当然、背に乗っている方はぶんぶんっと振り回される形になる。
俺の後ろに座ったゾーエンは、俺を半ば抱え込むようにして体を低い状態に保った。
びゅんびゅんと耳元で風がうなり、振り回された挙句に下降しながら飛んでいく。
「むむむ無理! 無理だって! しんじゃああああああッ――――――!!」
「ユウ殿! しゃべらないで! 舌を噛みますよ。ああ、ちょっと失礼しますね!」
思わず手を離しそうになった俺を見て、ゾーエンはすぐに魔力を使った。目の端を金色の光が掠めたかと思うと、俺の両手はウーロの鱗に張り付き、上下の唇がぴたりとくっつく。
「拘束魔法を使います! しばらく我慢してください!」
「ンン――ッ!!」
心の中に、俺の悲鳴だけが響く。
目の前に青空が広がり、次の瞬間に体がねじ曲がり、目指す木の枝へと突っ込んでいく。枝に移った時はドン! と体に衝撃が走った。これを何度も繰り返す。
体と共に胃がねじれ、耳がおかしくなり、途中からは意識が朦朧とする。
――誰だよ、魔林に行きたいなんて言ったの……。バズアをちょっと見るだけなんて無理だわ。あの日の俺を殴りたい……。
ウーロは俺の心なんて全く気にもせず、アクロバティックな跳躍を魔林の空に繰り広げた。
「……どの。ユウ殿!」
目を開けると、ゾーエンが心配そうに俺を覗き込んでいた。
周りが揺れていない。手を伸ばすと乾いた草の感触があり、俺は地上に寝ていた。
「大丈夫ですか? 若いウーロだったので、思ったよりも速く飛び続けてしまいました。かなり辛かったでしょう?」
「う……ん。ウーロは……」
「あそこに」
少し上の木の枝に、蛍光グリーンの鮮やかな体が巻きついている。ウーロも疲れているのか、動きがゆっくりになっている。
「今日はここまでです。おかげでかなりの距離を移動できました」
ゾーエンが動けない俺の側で状況を話してくれる。ウーロの滑空距離はかなり長く、順調に第三騎士団の駐留地に向かっている。ウーロの背でとうとう気を失った俺が樹上で寝るのはきついだろうから、下まで降りてきたのだと言う。
「ここ……、だいじょ……ぶ?」
「とりあえず、近くに魔獣の気配はないですね。いざとなったら、また樹上まで登りましょう」
俺たちは大きな木の根元にいた。周りが揺れないってすごいことだ。
ゾーエンが手のひらほどの大きさの果実を幾つも手にしている。皮を剥いて食べると、水分がとれるという。魔林の中で人が食べられるものは貴重らしくて、ナイフで切ってもらったものをありがたく受け取った。少しずつ口にすると、水気が多くてほんのりと甘い。
「おいしい。すごく楽になる……」
「ずっと何も召し上がってなかったでしょう? これは地上に降りる時にウーロが見つけてくれたんですよ」
ウーロは普段、植物型の魔獣や果実を食べる。滑空を止めた後に、俺たちを乗せたまま果実を探しに行ったらしい。
「おかげで助かりました。食料もですが、水の代わりになるものは大事です」
魔林の中で水や食べ物はどうするのかと思ったが、手持ちの食料が尽きれば自力で探すしかない。大事なのは水だが、水のある場所には危険も多い。魔獣たちに水が常に必要なわけではないけれど、水のある場所で育つ魔獣もいるからだ。
「少し離れた場所に湧き水を見つけました」
にっこり笑うゾーエンに、ほっとする。彼に会えなければ、俺はあのまま茸に喰われていた。
そうだ、喰われていた、といえば。
「……ゾーエン。テオたちは、大丈夫かな」
「殿下たちが連れ去られた相手は、ミウドールですね」
「うん。確か、怖いこと言ってた」
蜂型のミウドールは、獲物に卵を産みつけて餌にすると言う。巣に運ばれて餌にされてしまったらどうしよう。テオも心配だけど、レトはもっと心配だ。それに、ジードだって。たった一人で、この魔林の中をさ迷っているんだろうか。考えているうちに、どんどん不安でいっぱいになってくる。
「はい! そこまで!」
俺をじっと見つめながら、ゾーエンがぱん! と両手を鳴らす。
「ユウ殿、殿下たちのことは応援部隊も探しているでしょう。何とか逃れてくださっていることを祈るばかりです。それに」
――魔林に来た以上、まず自分が生き延びること。それぞれが、今できることをするしかないのです。
ゾーエンの言葉は、ひどく心に響いた。
32
お気に入りに追加
782
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
異世界転移した男子高校生だけど、騎士団長と王子に溺愛されて板挟みになってます
彩月野生
BL
陰キャ男子高校生のシンヤは、寝て起きたら異世界の騎士団長の寝台に寝ていた。
騎士団長ブライアンに求婚され、強制的に妻にされてしまったが、ある日王太子が訪ねて来て、秘密の交流が始まり……騎士団長と王子の執着と溺愛にシンヤは翻弄される。ダークエルフの王にまで好かれて、嫉妬に狂った二人にさらにとろとろに愛されるように。
後に男性妊娠、出産展開がありますのでご注意を。
※が性描写あり。
(誤字脱字報告には返信しておりませんご了承下さい)
【完結】Ωの王子はαのドS執事と絶倫騎士に啼かされる~生意気な王子でごめんなさい~
碓氷唯
BL
社畜の久実崎蒼はメヴィーサ王国の王太子、アルマに転生する。この世界には第二の性があり、姉がよく布教してきたオメガバースが存在する世界だと知ったアルマは、自分が次期国王になる王族だということからαに違いないと感じる。成人式の儀式で第二の性が分かるこの国で、アルマは成人する前から自分はαだと思い込み、執事のカルヴェと自分を護衛している近衛騎士団団長のグランにワガママ言いたい放題。しかし、成人式を迎えたアルマの性別検査で、Ωということがわかって…… 執事α&絶倫騎士α×平凡鈍感王子Ω。
【完結・R18】28歳の俺は異世界で保育士の仕事引き受けましたが、何やらおかしな事になりそうです。
カヨワイさつき
BL
憧れの職業(保育士)の資格を取得し、目指すは認可の保育園での保育士!!現実は厳しく、居酒屋のバイトのツテで、念願の保育士になれたのだった。
無認可の24時間保育施設で夜勤担当の俺、朝の引き継ぎを終え帰宅途中に揉め事に巻き込まれ死亡?!
泣いてる赤ちゃんの声に目覚めると、なぜか馬車の中?!アレ、ここどこ?まさか異世界?
その赤ちゃんをあやしていると、キレイなお母さんに褒められ、目的地まで雇いたいと言われたので、即オッケーしたのだが……馬車が、ガケから落ちてしまった…?!これってまた、絶対絶命?
俺のピンチを救ってくれたのは……。
無自覚、不器用なイケメン総帥と平凡な俺との約束。流されやすい主人公の恋の行方は、ハッピーなのか?!
自作の"ショウドウ⁈異世界にさらわれちゃったよー!お兄さんは静かに眠りたい。"のカズミ編。
予告なしに、無意識、イチャラブ入ります。
第二章完結。
異世界でチートをお願いしたら、代わりにショタ化しました!?
ミクリ21
BL
39歳の冴えないおっちゃんである相馬は、ある日上司に無理矢理苦手な酒を飲まされアル中で天に召されてしまった。
哀れに思った神様が、何か願いはあるかと聞くから「異世界でチートがほしい」と言った。
すると、神様は一つの条件付きで願いを叶えてくれた。
その条件とは………相馬のショタ化であった!
【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話
匠野ワカ
BL
日本画家を目指していた清野優希はある冬の日、海に身を投じた。
目覚めた時は見知らぬ砂漠。――異世界だった。
獣人、魔法使い、魔人、精霊、あらゆる種類の生き物がアーキュス神の慈悲のもと暮らすオアシス。
年間10人ほどの地球人がこぼれ落ちてくるらしい。
親切な獣人に助けられ、連れて行かれた地球人保護施設で渡されたのは、いまいち使えない魔法の本で――!?
言葉の通じない異世界で、本と赤ペンを握りしめ、二度目の人生を始めます。
入水自殺スタートですが、異世界で大切にされて愛されて、いっぱい幸せになるお話です。
胸キュン、ちょっと泣けて、ハッピーエンド。
本編、完結しました!!
小話番外編を投稿しました!
かまどの神様は子だくさん
尾高志咲/しさ
BL
「かまどの神様は子だくさんで、お里帰りも出来ない」村の子どもたちに笑われるほど、竈神の家は貧乏だ。男神なのに8人の子を産んだおかげで神力も弱ってしまったが、力を分けてくれた夫は帰らない。困り果てたところに、幼馴染みの神がやってくる──郷里に共に帰ろうと言われても、俺はあいつを待ちたいんだ。
貧乏だけど頑張る神様の話。
🌟素敵な表紙はimoooさんが描いてくださいました。ありがとうございました!
怜くん、ごめんね!親衛隊長も楽じゃないんだ!
楢山幕府
BL
主人公は前世の記憶を取り戻し、現実を知った。
自分たちの通う学園が、BL恋愛シミュレーションゲームの舞台だということに。
自分が、そこに登場する性悪の親衛隊長であることに。
そして彼は決意する。
好きな人――推し――のために、悪役になると。
「イエスッ、クールビューティー怜様!」
「黙れ」
「痛い、痛いっ!? アイアンクローは痛いよ、怜くん!」
けれど前世の記憶のせいか、食い違うことも多くて――?
甘々エッチだけどすれ違い。
王道学園ものの親衛隊長へ転生したちょっとおバカな主人公(受)と、不憫な生徒会長(攻)のお話。
登場人物が多いので、人物紹介をご参照ください。
完結しました。※印は、えっちぃ回です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる